Soccer Life STAGE--41
「玲さーん」
前方を進む玲を呼び止めたのは、今回のトレセンのコーチ補佐を努める雪耶暁斗。
自分を呼ぶ声に、玲が振り向く。
「暁斗。偵察はどうだった?」
「上々ですよ。トップバッター関東選抜のデータです」
ノートに挟んでいた紙切れを何枚か玲に手渡す。
そこには、所狭しと書き込まれた関東選抜のデータ
「約束は守ってくださいね」
「ええ、もちろんよ。彼らにはこのノートの存在すら教えないわ。もちろん、作戦を立てるのには使わせてもらうけど」
「それさえ守ってもらえるなら、玲さんのお好きなように」
笑いながらそう答える暁斗。
彼女に笑い返すと、玲は思い出したように「そういえば」と声を上げた。
「松下コーチが呼んでたわよ。グラウンド練習の補佐じゃないかしら」
「わかりました。松下コーチっすね。行ってきます」
わざわざ名前を確認したのは、午前中の練習の間に色々なコーチに補佐を頼まれたからだ。
経験をさせてやってくれ、と言う玲の口添えと、暁斗の今までの活躍のなせる業だ。
こんなにも短期間で、補佐としての任を確かな物にできるとは、玲自身も思っていなかった。
すぐにでも向かおうと踵を返す彼女に、玲は慌てて声を掛ける。
「暁斗。無理な運動は駄目よ!」
向けられた背中にそう声を上げれば、首だけ振り向いた暁斗は一瞬きょとんとした表情を見せ、次に微笑を見せる。
「大丈夫ですよ、玲さん」
そう答えると、暁斗はグラウンドへと走っていく。
ガイダンスの時には、まだ少し表情が硬いと感じていた。
それなのに、今の彼女にはそれがない。
「表情が柔らかくなったわね、紅」
紅の先ほどの笑みを見て、玲はそう漏らした。
自分が追い続けた夢を、目の前で追う紅。
そんな紅を、玲が応援していないはずがなかった。
そして……紅の今の状況を、心配していないはずもないのだ。
「松下コーチ、お呼びで?」
「ああ、来たな」
グラウンドで次の練習の準備をしている松下に声をかける。
暁斗は足元に転がっていたボールを器用に浮かせて背中へと飛ばし、片足の踵の上で遊ばせた。
一定のリズムで交互に足を入れ替え、ボールを地面に落さない。
その状態のまま、コーンを置く松下の傍へと移動する。
「何かするんですか?」
「ワンタッチの練習だな。意外に出来ていない奴が多そうだ」
「へぇー…」
なおも踵の上で交互にボールを跳ねさせながら、暁斗が感心したような声を出す。
奇抜なリフティングは、トレセン参加者の視線を徐々に集めていた。
「んで、俺は何をすればいいんでしょう?」
「最初に見本を見せてもらう」
コーンを設置し終えると、松下は暁斗の傍まで歩いて来る。
そして、コーンの中を指差し、位置を確認させた。
「マークは二人。フェイントではなくワンタッチでボールをコントロールしてシュート。説明はこれでいいか?」
「まぁ、大体はわかりました。要はフェイントさえ使わずにシュートすればいいんですね?」
「ああ、雪耶は元々ワンタッチコントロールが出来ているからな。特に意識する必要はないだろう」
「ありがとうございます」
「ちなみに、マークの一人は俺だ」
「コーチ自らですか。それは面白そうっすね」
不敵に口元を上げる暁斗。
一際高くボールを上げると、そのまま地面に落とした。
寸分の狂いもなく、ボールはライン上に制止する。
「いつこっちの練習に?」
「ああ、基礎練習が終わってから………終わったみたいだな」
言葉の途中でぞろぞろと移動してくる集団を視界に捉え、松下がそう言った。
それならば配置に付こうと、暁斗も歩き出す。
「俺はこの位置から。もう一人はあそこだ。スタッフの一人が出すボールを受けると同時にスタート。わかったか?」
「了解です」
頷いてスタート地点に着いた。
「実際にやってみせた方が早いな。今から雪耶に見本をやってもらう。雪耶!準備は言いか?」
「いつでもOKっす」
返事と共に軽く手を上げる暁斗。
松下の指示を受けて、スタッフがボールを出した。
スタッフのボールを、暁斗が足元の低い位置で受ける。
暁斗の左前方から詰めてきていたコーチ。
彼の右を抜けるようにボールをふわりと浮かせると、暁斗自身は彼の左を抜ける。
慌てて身体を反転させるも、暁斗がボールに触れる方が早かった。
松下を抜くと、暁斗は速度を上げる。
もう一人のDFギリギリでボールを軽く上げると、ヒールで弾く。
弾かれたボールはDFの上を抜けて、すでにその場所にいた暁斗の足元へ。
GKを左に振って、ボールを右へと押し込んだ。
ゴールに吸い込まれたボールは、ネットを軽く揺らして地面へと落ちる。
「―――…ふぅ…これでいいですか、コーチ?」
落ちてきた前髪を掻き揚げつつ、暁斗が松下に問いかけた。
その顔には不敵な笑みが浮かぶ。
「ああ、皆もわかっただろう?さぁ、順番に始めようか」
暁斗が場所を移すと、練習が再開された。
もっとも、先ほどの暁斗の見本で怖気づいた選手も少なくはなかったが。
それほどまでに、目を惹く光景だったのだ。
柔らかく日の光を反射させる銀色の髪。
コーチすらも翻弄する技術。
しなやかなフォームと、確かな実力。
暁斗の実力を疑うまでもなかった。
暁斗以降、見事に二人のマークを抜けてシュートを決める選手はいない。
並んで待機中の選手の視線は、嫌でも暁斗に集まった。
「あー…そんなに見るほどのもんかね?」
苦笑交じりにそう呟きながら、暁斗は邪魔にならない場所まで移動する。
その時、眼に飛び込んできた見慣れた金髪に、思わず笑みを浮かべた。
「成樹は次の次か」
そう呟くと同時に、計ったように振り向く成樹。
目が合うと、お互いに口の端をあげる。
『ナリだけじゃねぇことを見せてやれ』
口だけを動かしてそう言った。
やや長い文章だったけれど、彼にはちゃんと伝わっただろう。
了承の代わりに、彼は軽く片手を挙げて見せるのと同じくらいに、丁度成樹の番が回って来る。
「お手やわらかに頼んまっさ」
成樹の言葉に、暁斗が笑みを深めた。
「さぁ、どんな動きをしてくれんのかな、あいつは」
Rewrite 07.08.01