Soccer Life   STAGE--38

ピリリリリリ、ピリリリリリ―――

玲の携帯が電子音を奏でる。
風呂から出たばかりで湯気立つ肩に、髪の水気をふき取ったタオルをかけつつ、それを手に取った。
着信であると気付くなり、玲はそれを耳に添える途中で通話ボタンを押す。

「珍しいわね。こんな時間にかけてくるなんて」

どうかした?
そう問いかける彼女に対し、電話口の相手は沈黙する。

『西園寺監督…報告しなければならない事が、あります』

やがて、ゆっくりと言葉を紡ぎ出された内容に、彼女はその表情を翳らせる事となった。
















ナショナルトレセンへの道中、バス内はこれからの話で賑わっていた。
サッカー好きが集まっているので自然と会話はトレセンの事になっていく。
後方で騒がしく飛び交う話題に、暁斗は笑みを浮かべた。

「楽しそうですね、彼ら」
「本当ね。あなたも混ざってくれば?」
「あはは…俺はここで監督達と話しているだけで十分ですよ。朝が早くてあんなにはしゃぐ元気もありませんし」
「年寄りくさいぞ、雪耶」
「………松下コーチに言われたくないと思いません?」

暁斗が隣に座る玲にそう問いかける。
玲は笑みを浮かべるものの、何も言わなかった。
それは十分肯定と取る事ができる笑み。

「まったく…お前も相変わらずだな」
「そんなコロコロ人間が変わるわけないじゃないですか。毎日って言うくらい部活で会ってるんですから」

クスクスと笑いながら、暁斗は玲の向こうに座る松下を見る。

「あ、松下コーチ」
「ん?」
「トレセン中はコーチの補佐にまわる事になってるんで。よろしくお願いしますね」

暁斗がそう言うと、松下は少しだけ驚いたような表情を見せた。
そして、その視線を玲に向ける。

「もう…折角秘密にしておいたのに…」
「そうだったんですか?すみません。てっきり話してると思ってましたから…」

どうやら指導者講習会の間に紹介するつもりだったらしい。
そうとは知らなかった暁斗。
玲の言葉を聞くと素直に謝った。

「別にいいわよ。でも、皆にはまだ内緒だからね?」
「了解です」

そう答えて、横目で後ろの選抜選手を見る。
が、誰一人として暁斗たちの話を聞いている者は居なかったようだ。
ほっと安堵の溜め息を漏らして、暁斗は窓の外へと視線を向けた。
過ぎていく風景を見つめる暁斗の目には、どこか儚さの色が映っていた。










Jヴィレッジに着くと、すでにいくつかの地区は到着していた。

「東京選抜!5時の夕食まで自由時間とします。7時から開会式、続いてガイダンスが始まりますから。時間厳守のこと」

玲の言葉に、選抜一同が返事を返した。
部屋割りを聞くと、皆それぞれ自分の部屋に荷物を置きに入っていった。

「暁斗」
「あーはい」

玲に呼び止められた暁斗は、そのまま玲の後に続く。
皆の部屋の二つ上の階まで階段を上り…その先にある部屋。
その部屋に玲が入って暁斗を招き入れた。
暁斗は玲に続いて中に入る。

「ここが暁斗の部屋よ。隣は私。本当は私とツインの部屋の予定だったんだけど…。さすがに今は男だからね」

その言葉に笑顔を返すと、暁斗はベッドの脇に荷物を下ろした。

「…あなたの仕事は電話でも話した通りよ。松下さんの下に付いてもらって、彼のサポートに回ってもらうわ」
「わかりました」
「大した運動にはならないでしょうから…大丈夫だとは思うんだけど」

「それくらいならOKですよ。トレーニングを減らしさえすれば……後は試合を我慢するだけで大丈夫なんです」

そう言った暁斗の表情は、心からの笑顔、と言うわけではなかった。
それに気づいた玲は、辛そうに眉を寄せる。
あの日の電話は、暁斗…いや、紅からのものだった。

『トレセン…選手として、出られなくなりました』

そう告げた彼女の声は、僅かに震えていたような気がする。
玲はその言葉に返すそれを失い、続きを待つように沈黙した。

『今までのトレーニングがきつ過ぎて、筋肉や関節に負荷が掛かってるらしいんです。それも、相当の』

無理をすれば将来が危険らしい、と続けた彼女。
そこで、今まで沈黙していた玲が口を開く。

『参加を強制するつもりはないわ。別に、選手としてじゃなくても問題はないはずよ』

そして、玲は紅に向けて提案する。
突然前に聳えた壁に、その未来すらも霞がかってしまった紅。
そんな彼女の気持ちが分かるからこそ、ここで立ち止まらせたく無いと言う思いが駆り立てる。
玲の提案に、紅は静かに耳を傾けた。

そして―――










「…そんな顔しないでくださいよ、玲さん。私は大丈夫です。ここまで連れて来てもらえて…本当に幸せですから」
「紅…」
「それに!今ちょっと我慢すれば将来は大丈夫なんですし!」

空元気だとはわかっていても、紅は笑顔を絶やさなかった。

「そうね。色々な選手が見れるんだから…あなたの勉強にもなるかしら」
「なりますって!あーここかなりフィールドが見やすいですね」

大き目の窓へと近づくと、暁斗は眼下に広がるフィールドに視線を向ける。
楽しそうな暁斗の様子を見て、玲は笑みを浮かべた。

「4時の指導者講習会まではあなたも自由よ。
講習会で他の選抜の監督やコーチに紹介するから…30分前にはこの部屋で待機。私が迎えに来るわ」
「了解でーす」

ヒラヒラと手を振って返事をする暁斗。
ふと、一つのフィールドに目をやって―――

「ちょっ…!暁斗!?」

暁斗は勢いよく部屋を飛び出した。

「自分の部屋の鍵も持たずに出て行くなんて…」

一人部屋に残された玲が、呆れたように溜め息をついた。
そして、部屋の中に置いてあった鍵を持つと、暁斗の部屋に鍵を閉めて自分の部屋に向かった。

Rewrite 07.07.10