Soccer Life   STAGE--36

最早恒例となっている玲との打ち合わせ。
これが何度目なのか―――確か、5度目を数えた所でそれ以上を諦めた。
別にその数がどうだという事はない。
ただ、彼女と話を重ね、その思想を知る事により自身を磨く。
そういう時間にするように努力はしているつもりだ。
彼女は女性と言うだけで若干眉を顰められる世界の中で、それに臆する事無く己の力を尽くしている。
その姿勢は紅にとっても酷く尊敬できるものだった。
だからこそ、玲の計画には出来る限り乗りたい。
しかし、やはりそれがどうしても不可能だという事も、もちろんある。

「―――韓国?」

鸚鵡返しにそう紡げば、目の前で満足げに目を細める玲。
暁斗はもう一度脳内で「韓国」と呟いてから、そのお国柄を脳裏に浮かべた。
まず一番に地図が浮かんで、それからは王道とも言える食べ物。
いや、それは関係ないだろう、と自分自身で思わずそう心中で呟いてから、玲の方を向いた。

「それほど驚く事でもないでしょう?早いうちから世界を知る事は大事な事よ」
「はぁ、まぁ…」
「それに、あなたは何度も海外に行っているんだし」
「それはそうだけど…韓国って、親善試合で済みますか?」

言外に「済みませんよね」と含ませる。
表層に見えてなくても、両国の間に横たわる亀裂の根は深い。
完全に拭い去る事は出来ておらず、それはスポーツに於いてもまた然り。

「さぁ、どうかしらね。でも、きっとあの子達のためになる」

彼女の自信に満ちた言葉に、暁斗は確かに、と思った。
海外チームと試合を行なうという事は、選手を殻から出す良い機会になるだろう。
況してや、それがアウェーとなれば更に。
もちろん暁斗に異論はない。
尤も、異論があったところで、監督の決定が覆るわけではない。

「で、その日程は?」

鞄から律儀にも持ち歩いているカレンダー手帳を取り出す。
パラパラ…とそれを捲りながら、玲が告げる日付を目で追った。
そして、その日付の枠内に書き記されていた単語に、彼女は口元を引きつらせる。

「うわぉ、ドンピシャ」
「どうかしたの?」
「その日、俺、無理」

一言ずつそう区切りながら答えた暁斗に、玲が目を瞬かせる。
そして、彼女の持つ手帳を前から覗き込んだ。
机の上に開かれた白い紙の上に書かれた彼女の字。
見慣れたそれが記していた内容は―――

「フランス遠征…?」

疑問系になってしまったのは、逆からその文字を読んだ所為だ。
もちろん、読み間違えるようなものではなかったのだから疑問符は必要ないようにも思える。
こくりと頷いた暁斗に、玲は暫し黙り込む。

「日程はもう決まってしまっているの」
「…だろうな」
「………あなただけ残るって事は…」
「向こうで父さんの対戦相手のチームのコーチに世話になる約束なんだ」

一週間、と答えた暁斗を前に、彼女はもう一度手帳を見た。
確かに、彼女の言葉通りに『フランス遠征』と書かれた文字の後ろから伸びた矢印は一週間後まで続いている。

「結構有名なコーチで、父さんが俺のことを話したら、会ってくれるらしくて」
「あら、凄いじゃない」
「だろ?」

パッと表情を輝かせる暁斗。
彼女自身も楽しみで仕方がないのだろう。
そんな表情を見てしまえば、選抜の方を優先しろとは言えない。
すでに海外チームとの試合も経験済みの彼女の場合は、きっとフランス遠征についていく方が為になる。
受け入れない理由はなかった。

「もう一度作戦を立て直さなきゃならないわね」

クスリと笑った玲の言葉は、暁斗が韓国との試合に出られない事を了承するものであった。
申し訳ないと思わないわけではないけれど、自分にとっても譲れない部分。

「すみません、迷惑お掛けします」
「別に構わないわ。あの子達は少しあなたに頼りすぎている部分があるから…いい薬になるでしょう」
「そう…か?」

自分ではよく分からん、と前髪を掻き揚げる。
そんな彼女を見ながら、玲は心中で「そうよ」と肯定した。
良くも悪くも目立つ暁斗は、その実力故にチームの中心となるには最適な人物だ。
純真無垢な努力家である風祭とは違った意味で。
彼がチームを動かす存在ならば、暁斗はチームを引っ張っていくような存在だ。
しかも、それを本人だけでなく仲間にも気づかせる事なくやってのける。
これだけを見ていると、試合の際には暁斗にばかりボールが集まりそうなものだ。
だが、現実は違う。
彼女はその広い視野で試合の流れを読み取り、予測し、そして穴となる場所に動く。
それは己がボールを取りに行く動きではなく、チームに出来た隙を埋めるようなそれだ。
誰か一人がミスしたとしても、必ずフォローにまわることのできる絶妙な位置を保つ。
そして、チームの動きに翳りが見え始めた瞬間を見逃す事無く、攻めへと転じる切り替えの速さ。
一体、何人くらいがそれに気づいているだろうか。

「ねぇ、暁斗」
「うん?」
「あなたは、ファンタジスタの存在を信じている?」

突拍子もない玲の質問に、暁斗はお茶を口に含んでから暫し首を傾げる。
そうして数秒の沈黙を保ってから、漸く口を開いた。

「…信じたい、かな。実際にそんな目を奪われるようなプレーヤーに出会った事はないけど」

会えたらいいよな、なんて笑った彼女に、玲は僅かに目を細めた。
玲は、目の前に座る彼女こそ、それになり得る存在であると思っている。
応援しているが故の贔屓目ではなく、客観的に見たとしても。
それは天性の才能だと思った。

「そうね、出会えたら…素敵ね」

口元に笑みを携えながら、そう呟く。
願わくは、彼女の才能が消え失せてしまわないように。
彼女の才能が、最良の場所で活かせるように。
現実問題としては酷く厳しいけれど、その為に努力する価値はあると思う。
玲は、暁斗に自分の監督生命をかけているといっても過言ではない。
彼女を高みまで運ぶためならば、どんな努力でも惜しまないだろう。

「フランスで沢山学んできなさい」
「?言われなくても、全部吸収してくるよ」

態々そう言ってくる玲に首を傾げつつも、暁斗は強く頷く。
大きな事を言っていても、それを実行できるのが彼女だ。
フランスから帰ってきた彼女を見るのが楽しみだな、とあまりにも早すぎる考えを抱く。

「アウェーを体験して一皮向けたあいつらと一緒にやれるのを楽しみにしてるよ」

そう告げる暁斗に、早すぎるのは自分だけではないな、と笑う玲だった。

Rewrite 07.06.25