Soccer Life   STAGE--35

「そこの兄ちゃん、もうかってまっか?」

生徒の少なくなった放課後の廊下に、そんな声が聞こえた。
その声に対して足を止めたのはただ一人。
顔を上げた水野の視線の先には、笑みを浮かべて手を振る成樹の姿があった。

「「ボチボチでんな」って言わせたいのか?」
「不景気なツラしとったから、声かけな思ってな」
「悪かったな、不景気なツラで」

ふい、と顔を逸らしつつ答えた水野。
彼に対し、成樹は一度目を瞬かせ、恐らくは間違っていないであろう原因を口に出す。

「選抜うまくいっとらんの?」

一瞬の沈黙。

「別に」

まったく、不器用な男だと思う。
これではその問いが肯定であると態度で示しているようなものだ。
分かり易過ぎてからかう気も削がれた成樹は、やれやれと肩を竦めた。

「そーゆーお前はどうなんだよ?」
「俺?」
「週末になるとどっかに出かけてるみたいじゃないか」

話題を変えようとしたのだろうか。
水野の問いに、彼はニッと口角を持ち上げた。

「なんや、気になるん?」

こんなからかう気満々の表情でそう問われれば、よほど素直な人間じゃなければ否と答えるだろう。
もちろん、彼の隣にいる水野と言う男は素直とは程遠い人間だ。

「別に」

短くそう答えた彼が歩き出すのに続き、成樹も足を進める。
そうして人も疎らになった廊下を進みながら、彼は先ほどの問いに答えるように口を開いた。

「これや、これ」

そう言って、彼はピンと小指を立てる。
他の指を下して、Goodサインとは真逆のポーズをとってみせた。
その意味は、お分かりの通りだ。

「最近これんとこ通ってんや、俺」

水野はその言葉と小指のサインに、その意味を悟った。
それから頬を真っ赤にして顔を逸らす。

「暁斗とつるむようになってから、そう言うのは止めたんじゃなかったのかっ?」
「だって、暁斗選抜忙しくて俺のこと構ってくれへんねんもん」
「男が“もん”とか言うな!気色悪い!」

照れに身を任せてズンズンと突き進んでいく水野に、成樹は心中で笑い転げながらも付いていく。
そうしてまるで競歩の如くスピードで歩いていく二人。
人の目が少なかった事は幸いと言うのだろうか。

「暁斗に愛想を尽かされてもしらないからな」
「暁斗はそんな事くらいで愛想を尽かしたりせーへんよ。理解あるし」

成樹のケロッとした言葉に、水野は「確かに」と思ってしまった。
暁斗と言う人間は、何でも受け入れてくれるような懐の広さを見せる。
当然のことながら同年代の異性には酷く人気で、交際の申し込みも告白も後を絶たないのが現状だ。
しかしながら、来る者拒まず、と言う事はない。

「俺、多分君と付き合ってても、ほったらかしにしちまうと思うんだ」

だから、ごめんな。
そう言って断っていたのを聞いた事がある。
それでも構わない、と言う女子もいた。
けれど、そんな相手に暁斗はこう返すのだ。

「俺が嫌だよ。そう言うのはちゃんとしたいんだ」

中学生の交際とは言え、それを軽んじない誠実な態度で断る暁斗は、そうして回を重ねるごとに人気を高めている。
しかし、暁斗は自分がそうだからと言って、それを他人に押し付けるような事はしない。
成樹が女性のところへ通い詰めている気持ちが本気であろうがなかろうが、止める事はないのだろう。
そんな行動も含めて、彼を友人として受け入れるのが暁斗なのだ。

「馬鹿みたいにいい奴だよな…」
「何や、タツボン。黙り込んだかと思えば、今度は独り言?」
「!?な、何でもない!!」
「…さよか。そないに必死になって否定せんでもええで?」














それから一頻り話をして、水野と成樹は別れた。
そして、成樹は玄関の所で壁にもたれて自分を待っていた暁斗と合流する。
彼は水野の様子を見に行く、と言って暁斗とは別行動を取っていたのだ。

「待たせたな」
「別にいいって。竜也、調子悪そうだろ」
「あぁ。あれは重症やわ。選抜はそないに辛いんか?」
「………さぁ?」

どうだろうな、と暁斗は肩を竦めた。
そして、準備が整ったらしい成樹を横目に、背中を壁から離す。

「俺にはいい所なんだけどなー…お前が居ない以外は」
「嬉しい事言うてくれるやん。ま、その言葉には俺も同感や」
「だろうな。お前以上にあう奴なんて、そう居ないもんだ」

暁斗の言葉に、成樹も大きく頷いた。
アイコンタクトなど、比ではない。
お互いが離れていても次にどう動くかが分かって、的確なフォローが出来る。
本当に理解しあっていて、そしてそれに伴う実力がなければ不可能だった。
だからこそ、そう言うパートナーを得る確率は本当に低い。
幸運だった―――その一言に尽きるだろう。

「ところで…竜也に本当のことを話さないんだな」
「…せやなぁ…」

どうしようか、なんて悩むような素振りを見せるが、彼が悩んでいない事は明白だ。
その楽しげに持ち上げられた口角が、それを物語っている。

「ったく…。お前が楽しんで黙ってれば、その分だけばれた時の反動が大きくなるぞ?」
「タツボンかて、いくらなんでもその程度で壊れるような奴ちゃうやろ」
「いや、それについては断言できないな。あいつ、見た目通りに神経質だし」
「見た目通りって…毒吐くなぁ、自分」

確かに、そう思うところはなきにしもあらず…と言うよりも、成樹自身も肯定以外の答えを返せない。
だが、はっきりと見た目通り、と言う暁斗には、彼ですらも苦笑が零れた。

「自分の殻に篭りすぎなんだよ、あいつは。もう少しはっちゃけてもいいと思うんだよなー…」
「はっちゃけるタツボン……」

成樹があまりにも心を込めて呟くものだから、暁斗までそれにつられて想像してしまった。
はっちゃける水野の図が、二人の中で浮かび上がる。

「……………………………」
「……………………………」
「………………………微妙だな」
「………………………何や、笑いを通り越して切なくなってくる光景やわ」

ある意味では、それを浮かべられた事自体も奇跡のようだ。
自分の想像力も捨てたものではないと思う。

「変な想像させるな、馬鹿野郎」
「暁斗の言葉の所為やん」
「あー…何か妙に哀しくなってきた」

この天気の所為だ、と八つ当たりのように空を見上げる。
自分たちの真上にどんよりと浮かぶ雲は分厚く、太陽の光も殆ど届かない。
辛うじて薄くなっている部分から差し込んだ光が、筋をなして地上へと降りてきていた。

Rewrite 07.06.20