Soccer Life   STAGE--34

「高校生を相手にするようになって、際立ってきたんじゃないですか?」
「…何の事かしら?」
「それで惚けてるつもりなら大した役者だ。ガキだって納得しねぇよ、西園寺監督?」

ニッとその口角を持ち上げた暁斗に、お手上げとばかりに玲が両手を肩ほどに立てる。
それから、これまでの試合の記録を開きつつ、彼女へと差し出した。

「うっわー…見事な数字で」

そこに並んでいるのは、明らかに連携ミスと思しきプレーの集計だ。
すでに二桁に突入して、一番大きいくらいの数字を三つほど動かしてしまっている事に、呆れの声を漏らす。

「何て言うか…我の強い連中ばっかりですからね」
「あなたの苦労がよーくわかるわ」
「分かってもらえるなら嬉しいですよ」

そう言って暁斗はふと遠い目を見せる。
とりあえず試合結果に黒星をつけていないのは、暁斗の努力が大きいのだ。
連携のなっていない箇所に積極的に身を投じ、仲間と仲間の間を繋ぐ。
双方に気づかせる事なくそれをやってのけるのは暁斗くらいのものだろう。

「個人のスキルは高いのになぁ。勿体ねぇ」
「…まぁ、その内に勝手に衝突するでしょう。あなたには迷惑を掛けるかもしれないけれど、もう少し頑張ってもらうわ」
「はいはい。玲監督の手足となって働きますとも。あー…自由に動きたい」

ベンチに四肢を投げ出して伸びる暁斗に、玲は苦笑を浮かべた。
確かに最近の彼女はフォローばかりで自分の思うようにプレーが出来ていない。
それでも苛立ちを気付かせないのだから、大した人間だ。
これ以上引き伸ばせば、彼女のプレーを損なってしまうかもしれないな―――玲はそう思う。

「わかったわ。次の試合で気付いてもらいましょう」
「次…?」
「次の相手は洛葉中よ。そして、あなたには私の補佐に集中してもらう」
「つまり、俺はベンチ?」
「ベンチでじっとしている暇は作らせないけれど…そうなるわね」

ベンチ、と聞かされた暁斗はがっくりと肩を落とす。
どんなに自由でなかろうとも、プレーすることこそが自分の本望なのだ。
ベンチ入りは正直好ましい結果ではない。
だが…これ以上長引くことを思えば、一回の試合をベンチで過ごす事くらい耐えられそうだ。
脳内の天秤が確かに傾くのを確認して、暁斗は頷いた。

「次の試合で絶対解決しますよね?」
「もちろん。彼らが救いのない程の馬鹿じゃなければ、だけれど」
「はは!じゃあ、大丈夫だ。あいつら、頭は悪い奴は居るけど、馬鹿じゃないから」

笑う暁斗に、玲は微笑ましそうに目を細める。
彼女の言動からは仲間を大事に思い、そして理解しているという事がありありと分かる。
だからこそ、良い仲間に巡りあえた事を喜ばずにはいられない。
願わくは、彼女が真実を告げられる日が一日でも早く来るように。
暁斗の頭にポンとバインダーを乗せると「練習に戻るわよ」と声を掛ける。
洛葉戦は、二週間後。

















「ったく…何やってんだか」

呆れた声が零れるグラウンド。
その声が届く範囲といえばしれていて、何とかその範囲に入っていた玲は苦笑いを零す。
今現在の心境を口に出せば、自分も同じようなものなのかもしれない。
ベンチに腰掛けたまま長い溜め息を零す暁斗に、玲は口を開いた。

「身体が疼いているみたいね?」
「俺が居ればあんな小学生みたいな初歩的なミスしねぇもん。カザですら気付いてんのにさぁ…」

気付かないのは、彼らの小さなプライドが邪魔をしているのだと分かっている。
小さな…けれども、選手として自分が今までやってきた事の集大成ともいえるプライド。
それに目隠しをされるようにして、周りが見えていないのだ。

「やっぱ、馬鹿だったかも」

今自分が疑問に思っていることを、素直に受け入れてしまえば楽なのだ。
ほんの少しだけ周りに目を向けるだけで見えるものがあるのだから、それを視界の中に収めさえすればいい。
ただそれだけの事が、こんなにも難しい。
思春期ならではの問題なのかもしれないな、とどこか大人びた考えを浮かべる。

「なら、うずうずしてじっと見ていられない暁斗に、これをお願いしようかしら」
「見ていられなくても見ますけどね。………個人弱点?」

渡されたファイルを受け取って目を通せば、その見出しとなっている文字に自然と目を取られる。
正しく読み上げた暁斗に、玲は頷いた。

「人数分用意してあるから、宜しくね?」
「人数分って…面倒…」
「これをしていれば少しは気が紛れるでしょう?」

わがままを言わないの、と窘められ、暁斗は肩を竦めた。
そして、ファイルに取り付けられていたシャーペンを指先で拾い上げ、手の上でくるりと回してみせる。

「んじゃ、厳しーく採点と行きましょうかね」

浮かんだ表情は先ほどまでのふざけた様子を取り払ったもの。
玲は彼女の真剣そのものであるその表情に、僅かに感心したように目を見開いた。

「(ここまで目つきを変えられるなんて…立派なものね)」

片っ端から数字を書き込んでいく暁斗を横目に、彼女も自身の役目を果たすべく試合へと目を向けた。








試合が進んでいくうちに、誰もが予想だにしなかった出来事に遭遇する。
途中から水野と交代で入った補欠の風祭の蹴ったボールが、鳴海の急所を直撃したのだ。
この痛みは、残念ながら女性には分からない代物。
ただ、蹲る鳴海を見つめる周囲の選手らの表情が青褪めていて、その痛みの酷さを知る。
だが、それで笑いを堪えられるような暁斗ではない。

「あれは避けられない方が悪い」

きっぱりとそう宣言した彼女は、悪びれた様子もなく盛大に爆笑していた。
それこそ息が切れ、腹筋が変になりそうなほどに。
尤も、この場合はこうして笑い飛ばされた方が、恥ずかしさが半減するのかもしれない。
何とも言えない同情の目を異性から向けられるよりは、ずっとマシなのではないだろうか。
そうして多少のハプニングはあった物の、試合は無事終了。
課題となっていた連携の問題も、無事に解決されたようだ。

「結局の所、連携がなっていないことに気付いていたのは暁斗だけって事だね」

今回の試合を振り返る中、郭が溜め息と共にそう告げた。
自分も気付いていなかった一人なのだから、大きな事は言えないけれど。

「雪耶が気付いてたって?んな馬鹿な!」
「馬鹿はお前だよ。これだけチームワークが悪いのに今まで白星が続いていたこと自体がおかしいんだよ。
最近の暁斗のシュート数を見れば、自ずと結論は出るよ。
初めから気付いていた暁斗がフォローに回って、全然思うように動けてなかったって事」

淀みなく紡がれる翼の言葉に口を挟む暇は用意されていない。
言われてみれば確かに…と反省の色を見せる面々の元へ、話題の人物が近づいてきた。

「や、皆さんお疲れ様。その様子だと無事に気付いてもらえたみたいだな」

嬉しいよ、と暁斗は満面の笑みと共にそう言った。
満面の笑みの筈なのに、どこか薄ら寒さを感じさせるのは何故だろうか。

「ったく。遅いぜ、お前ら。勉強が出来る面子だって居るはずなのに」

肩を竦める暁斗に「勉強が出来る面子」は何となく視線を逃がす。
何とも耳が痛いお言葉だ。

「そのくらいにして置きなさいね、雪耶。でも…少しは身に染みたかしら?」

ポンと玲の手が暁斗の肩に乗る。
彼女の言葉にメンバーは図星を指されて黙り込んだ。
それに満足したのか、彼女は解散を口にしてからその場を去る。

「あ、そうそう。キャプテンを次の時までに決めといてね。私が指名してもいいんだけど、大丈夫?」

笑顔でそう問いかければ、是の答えがそれぞれの反応と共に返って来る。
クスクスと笑いながら去る玲を見送り、メンバーは頭を付き合わせる。
一方、暁斗は一旦玲を追ってきていた。

「監督、お疲れ様です」
「ええ。お疲れ様。例のレポートだけど…今月中にお願いできるかしら?」
「余裕ですよ。次の試合で完成させますから」
「心強い返事をありがとう。頼んだわね」



戻ってきた暁斗の存在に気付いたメンバーの視線が彼女へと集中する。
その目が語る言葉に気付いたのか、暁斗は軽く眉間に皺を寄せて首を振った。

「俺は嫌だからな。お前らみたいに我の強いメンバーを纏めんのは面倒そうだ」

必死に首を振る彼女に、暁斗をキャプテンに…と纏まりそうだった話が止まってしまう。
その後はまるで子供のような低レベルな争いを経て、渋沢へと落ち着いた。

Rewrite 07.06.14