Soccer Life STAGE--33
東京都選抜初の招集日。
カッと照りつける太陽は、夏真っ盛りを思わせる。
まだ初夏と呼んでも差し障りない時期のはずなのだが。
「暑ぃ…」
Tシャツの襟元を指先でパタパタと広げながら、暁斗はベンチにだれた。
落ちたスライムがそのまま垂れたような、そんな感じだ。
暑さに溶けていると言っても過言ではない彼女の様子に、傍らに居た飛葉中メンバーが苦笑を浮かべる。
そんな中、苦笑だけでは済ませてくれないのが、彼らのキャプテン、椎名翼だった。
「何だれてんだよ。これから練習が始まるってのに、コーチがそんなんでいいわけ?」
「コーチじゃねー」
「補佐もコーチも変わらないよ。ほら、さっさと立てば?」
「大丈夫。まだ時間は…」
ある、と答えようとした暁斗の声を遮るように、ピーと言う笛の音が聞こえてくる。
どうやら、選手に向けられた集合の合図らしく、凛とした女性の「集合」と言う声が笛の音に続く。
「…時間、ある?」
「…ないな」
はぁ、と溜め息を吐き出しつつ、暁斗はその身体を起こす。
顔に掛けていたタオルをベンチに残し、かなりのんびりしたペースで立ち上がった。
苛立った翼に腕を引かれるまで、その速度を保った暁斗はある意味では大物と言えるだろう。
あー…などと気の抜ける声に、翼の長い溜め息が重なった。
暁斗は知っていたことなのだが、監督である尾花沢が入院した。
当然、選抜の監督を務めることなど出来ず、コーチである玲がその任につくこととなる。
それを説明するなり、メンバーの中には動揺の波が広がった。
そんな中、暁斗はふぁ、と欠伸をしながら心の中でカウントダウンを行なう。
「(3・2・1…)」
「ちょっと待ったあっ!」
「(ゼロ。うっわー…我ながらナイスなタイミング)」
思わず拍手したくなったのだが、今はそんな事をしている場合ではない。
話が長くてそろそろだるくなってきた、などと思いつつ、監督となった玲に食らい付いていく鳴海を見た。
その眼差しに呆れの色が含まれているのは、きっと気のせいではない。
「32勝5敗5引き分け。これが何の数字かわかるかしら?」
女の監督の下で選抜の練習に励むことなど出来ない。
そう言った鳴海に対し、玲はこう切り替えした。
彼女の述べた数字の指す意味を理解できず、一同の中に困惑の色が浮かぶ。
そんな彼らの中でただ一人、暁斗は「監督」と挙手と共に声を掛けた。
「32勝じゃなくて31勝っすよ。因みに、同時訂正で5敗じゃなくて6敗」
「あら、そうだったかしら?」
「そうだった?じゃないっス。忘れないでくださいよ」
こっちが損するじゃないですか、と口を尖らせた彼女に、玲はごめんなさいねと軽く謝る。
尤も、暁斗とて本気で拗ねたわけでも怒ったわけでもない。
そんな二人の遣り取りは、彼らの一部には十分なヒントとなったようだ。
「…暁斗との勝負?」
「ピンポーン。翼、大正解」
おめでとうございまーす、なんてふざける暁斗。
どうやら、暑さと眠気でかなり投げやりになっているようだ。
そろそろ話を終わらせないと、彼女の限界が来そうだと心中で僅かに焦る玲。
限界を迎えた暁斗ほどに面倒なものはない。
「あの暁斗との勝負に勝ってるんだ…」
そんな声がどこからか上がる。
しかし、それを聞いたからと言って引き下がれないのが、このプライドの高い鳴海と言う男だ。
「そ、そんなの実際に見たわけじゃねぇんだから信用できねぇ!」
「ほぉ…そうかそうか。鳴海は俺の言う事も信用できないっつーんだな?」
にっこりと笑う。
徐々にスイッチが入ってきているらしい暁斗に、玲ははぁ、と息を吐き出した。
普段はあんなにも好青年だと言うのに、何故こうも暑さと眠気に弱いのか…。
尤も、元は女性なのだから、好青年と言う言葉はおかしいかもしれないけれど。
「暁斗、やめなさい。それから…いいわ。口で言ってもわからないなら、試してみなさい」
「何?」
「相手になると言っているのよ。私に監督としての実力があるかどうか―――あなた自身で確かめてみなさい!」
玲の言葉に、暁斗は邪魔しない程度の音量で口笛を吹いた。
そして、ぺろりと舌を出す。
「玲さんの、久しぶり」
思わぬところで、玲がサッカーをする姿を見ることが出来そうだ。
喜ぶ暁斗を他所に、話は進んでいく。
「俺に勝てねぇ奴が監督に勝とうなんざ、100飛んで1000年早ぇよ」
今しがた監督として認められたばかりの玲。
そんな彼女を眺めつつクソッと拳を地面にたたきつけた鳴海に、暁斗は遠慮なくそう言った。
古傷…どころか、まだ出来たばかりの傷に塩をすり込むような言葉だ。
「うるせぇよ」
「ま、勝てねぇのは当然だけどな。それだけの練習と経験を積んだ結果に、今のあの人があるんだ」
まだ中学生の自分たちがいいように遊ばれてしまうのは、当たり前のこと。
年の差の分だけ、彼女は努力を重ねたのだ。
「悔しさは大いに結構。その悔しさはお前の力になるだろうよ」
そう言ってポンと肩を叩いてから、暁斗は玲の元へと歩いていく。
座り込んだままその背中を見送った鳴海は、チッと小さく舌を打った。
プライドが勝ってしまって、まるで子供のように悔しがってみた。
だが、心中ではあまりにも簡単に負けてしまったことに苛立ちがたまっていたのだ。
恐らく、暁斗は敏感にもそれに気づいたのだろう。
つくづく嫌な奴だ!と心中で毒づきながらも、心が軽くなっていることを否定出来そうにはない。
「おめでとうさん、西園寺監督」
「今回の勝負はどうだった?」
「んー…45点ってトコだな」
「厳しいわね」
「50点満点だぜ?」
そんな風に軽口を叩きながら、暁斗は玲の元へと歩み寄る。
彼女の歩み寄りを当たり前のように受け入れ、玲もまた、軽い口調を返した。
「是非とも減点箇所を聞きたいわね?」
「相手が下手すぎる。…今は、だけどな」
「仮にも監督よ?実力に差がなければ無理でしょう」
「…ま、それも一理ある。鍛えていく楽しみってのもあるんだろうしな」
そう言ってニッと口角を持ち上げる暁斗に、玲はやれやれと肩を竦める。
それから、相手が暁斗だったならば、今回の勝敗はどうなっただろうかと考えた。
最近は中々纏まった時間を取る事が出来ず、暁斗の相手をする機会がない。
もちろん彼女のほうもそれを分かっているからこそ、無理に相手を頼んだりはしない。
代わりに色々な選手と会い、知識と経験を深めているようだが…。
「暁斗はムラがあるからね…」
すでに仲間の元へと去っていった暁斗を見ながら、玲はぽつりと呟いた。
彼女のプレーは、ある意味ではそのムラこそが醍醐味なのかもしれない。
Rewrite 07.06.07