Soccer Life STAGE--31
「で、結果は?」
ベンチに腰掛けてシューズの調整をする暁斗の前に集まる部員の誰かが、勇敢にもそう問いかける。
因みに、その全員が正座しているという、何とも不思議な光景だ。
グラウンドに直で正座は結構辛いものと思われる。
だが、先ほどの笑顔に逆らうのは難しそうだった。
たとえ、水野たち選抜参加メンバーから同情、そして一人逃れている成樹の大笑いを前にしたとしても。
「もちろん、合格したぜ。選手兼コーチ補佐って事で」
「コーチ!?」
「いや、コーチ補佐」
「どっちでもあんまり変わらないだろ!すげぇ!!」
ただ合格するだけではなく、補佐と言う地位まで勝ち取ってきた暁斗に、部員達は次第に興奮してくる。
まるで自分の事のように喜びが伝染していくのを見ながら、暁斗は苦笑した。
いつの間にか、正座を忘れているのだが…まぁ、いいだろう。
喜んでもらえる事は嬉しいものだ。
「因みに暁斗は合宿一日目に合格したぞ」
水野の一言により、興奮はピークに達する。
すげぇ、すげぇ、とそんな言葉ばかりが飛び交った。
何だか、本人を取り残して周囲が暴走しているように思えないでもない。
シューズの調整を終えた暁斗がさっさとその場を去っても、彼らは誰一人として気付かなかった。
「どうも、コーチ」
騒ぎを離れ、暁斗はこちらに歩いてきていた松下の元へと向かう。
彼は暁斗の向こうで騒ぐ連中を見て笑みを浮かべ、それから暁斗に向き直った。
「その様子だと、合宿はいい結果だったみたいだな」
「はい。と言っても…心配なんて、してなかったんでしょう?」
「あぁ。お前に関しては、な」
そう言って彼の大きな手が頭に降って来る。
子ども扱いされているようで嫌だったけれど、でもどこか嬉しかった。
照れ隠しのようにその手を退けると、部員達を振り向いて口を開く。
「他のメンバーの結果は…本人に聞きますよね」
「いや、もう聞いた後だ」
「あ、そっか。俺、ちょっと遅れましたからね」
先についていた彼らの報告はすでに受けていたらしい。
松下の言葉に、暁斗はなるほど、と頷きながらそう答えた。
あれから数日が経過したある日。
暁斗は、部活中何気なく見上げた時計が示す時刻に軽く青褪める。
「暁斗?何や顔色悪いで?」
「やっべー!!」
突然の叫び声に、ABに分かれて試合中だった部員が一斉に暁斗を振り向く。
因みに暁斗と成樹、他数名は今しがた入れ替わって休憩を取っていたところ。
「やばいやばいやばい!!」
「だから、何がやばいん?」
「今日ミーティング!すっっっっっっっっかり忘れてた!!」
暁斗にしてはありえないほどの狼狽振りに、部員の視線は彼女に固定されている。
成樹以外は、声をかけることすら忘れているようだ。
「松下コーチ!すんません!早退!!」
ビシッとその場で挙手した暁斗は、すでに自分のバッグを肩に提げている。
問答無用で帰るつもりの彼女に、松下は苦笑しながら頷いた。
「ちなみに何時からやー?」
駆け出した暁斗に向かって、成樹がそう問いかける。
無視されるだろう、と部員の多くはそう思った。
しかし、暁斗は彼の言葉だけは無視しないのだと知っている部員は、返って来る返事を待つ。
「2時半!!」
やはり、答えは返ってきた。
それを聞くなり、校門の方へと走っていく暁斗を見ていた全員の視線が校舎に掛かった時計へと向けられる。
現在時刻―――2時15分。
思わず「うわぁ…」と心の中で呟いたのは何人くらいだろうか。
どれだけ急いでも、そのミーティングが校内で行われていない限りは遅刻だろう。
暁斗があれほどに怯える人物―――部員達の心の中には、様々な人間像が浮かび上がっていた。
そんな中、暁斗の言う人物を正しく思い浮かべる事ができていたのは水野、風祭、そして不破。
「暁斗くん…忘れてたんだね」
「…らしい。そう言えば昨日はコーチとミーティングがあるから早退するって聞いてたな」
すっかり忘れていた、と水野は苦笑する。
まぁ、ここからは本人に頑張ってもらうしかなさそうだ。
急いで家まで帰って、そこから母親に頼んで飛葉まで車を出してもらう。
近くまで辿り着いた所で彼女に礼を言って別れ、そこから家探し。
漸く教えられた住所に着いた暁斗の前には『椎名』と言う表札。
「…椎名…椎名…。誰だっけ?」
どっかで聞いた名前なんだよなぁ…と暁斗は頭を捻る。
結局思い出せない上に、それを悩んで貴重な2分を無駄に使ってしまった。
ハッと我に返った暁斗は慌てて呼び鈴を鳴らす。
「いらっしゃい、暁斗。遅かったわね?」
どうやら家主は不在らしく、迎えてくれたのは素晴らしい笑顔を浮かべた玲だった。
「すみません!」
応接間のような部屋に案内された暁斗は、茶を運んできた玲に第一声でそう謝る。
当然といえば当然だが、すでに約束の2時半を15分経過していた。
久しぶりの練習試合で、すっかりと抜け落ちてしまっていた―――それは事実だけれど、所詮は言い訳。
暁斗はただ頭を下げ、あえて理由は話さなかった。
「どうせ、貴方の事だから…練習試合でもあったんでしょう?」
「さすが玲さん」
全くもってその通り、と苦く笑う。
自分でも馬鹿だとは思う。
大事な用件を忘れてしまうなど、普段ではありえなかった。
ただ…ここ数日、里帰りするからと東京を離れていた所為で、思うようにサッカーが出来なかったのだ。
その反動が今になってやってきた…それが、いつも以上に集中してしまった理由だろう。
「まぁ、先輩から話は聞いているわ。恐らく今日は遅刻すると思うって笑っていたけれど…現実になったわね」
「…返す言葉もございません。ってか、母さんすげぇ」
分かってたんだ、と呆気に取られる暁斗に、玲は「当然でしょう」と笑う。
母親と言うのは、そう言うものだ。
「さて…打ち合わせを始めましょうか。誰かさんのおかげで少しずれてしまったけど」
どこか言葉に棘を感じるが、嫌な棘ではない。
彼女自身もからかっているだけなのは明らかだった。
もう一度だけ、「ごめんなさい」と告げれば、玲の表情は穏やかなものへと変わる
初めから気にしていなかったのだろうけれど。
「まず…暁斗には、全員のデータの整理をお願いしたいの」
「うわ、行き成り面倒な…」
「本来なら監督自らしてもらうのが一番だけれど…あの監督には任せられないでしょう?」
「…確かに。アナログっぽいですね、あの人」
ふと尾花沢を思い浮かべ、暁斗は苦笑する。
あの監督に任せたら、都選抜練習初日に間に合わないだろう。
かといって、手書きで作成された日には、素晴らしいミミズ文字の解読に一晩は掛かる。
本来の字が汚かろうが、誰であっても同じように美しい字体でプリントアウトされるパソコンは偉大だ。
「私が整理しても良いんだけど…色々と、考えたいことがあるの」
「でも…作戦とか練習方法は、データを整理した後の方が良くない?」
「一応、私の視点での整理は終わってるのよ。だから、後は暁斗なりの視点で整理して欲しいの」
「なるほどね…。わかりました。頼まれますよ、その仕事」
そう答えた暁斗に、彼女はありがとうと微笑んだ。
Rewrite 07.05.04