Soccer Life STAGE--28
鳴海との一勝負以来、暁斗は周囲から一目置かれる存在となった。
ユースでの活躍も手伝って、彼女のコーチ補佐としての合格に反対の声を上げる者はない。
漸く周囲が落ち着きを取り戻した三日目。
合宿はいよいよ選考へと歩を進めていた。
快晴の青空に見守られ、始まりのホイッスルが高らかに鳴り響く。
補佐、とは言えスタッフの仲間入りをしている暁斗は、今回の試合には参加しない。
元々選考を兼ねた試合なのだ。
合格が決まっている彼女が参加する必要はないのは当然のことでもある。
「ゆっくりと見ていなさい」
微笑みと共に玲からそう告げられた暁斗は、ありがたくその言葉に甘える。
見ているよりも参加したいというのが彼女の本音。
だが、見る事もまた己の力になる。
右へ左へ、忙しなく動く黒と白の球を追いつつ、フィールド全体を見回した。
「(ボールがないからって安心してるな…)」
激しく繰り広げられる攻防に足が竦んでしまっているのか、動かない選手もちらほらと見える。
参加しているメンバーの中には、高校を卒業すればすぐにでもプロとして活躍できそうな者まで居るのだ。
その気持ちも分からないではないが…と思う。
いかに自分の印象を監督やコーチなど選考員に残すかが大切なのだから、彼は駄目だろう。
自分もそう思っているのだから、隣に立つ彼女がそれに気づかないとは思わない。
チラリと横目に彼女の持つファイルを見れば、一つの名前の横に評価の数字が書き加えられた。
「こっちを見ていると見逃してしまうわよ?」
「そんなヘマはしないんでご安心を」
こうして即座に切り返すことの出来る回転のよさは彼女のプレーの持ち味でもある。
監督の指示を待たずとも、最良の道が見えるのだ。
そして、それを実現させるだけの実力もある。
選ぶ側からすれば、暁斗ほどに魅力的な選手はそうそう居ないだろう。
「あー…見てると参加したくなる」
「…でしょうね。足が動きたくて仕方がないみたいよ?」
玲はそう言ってクスリと笑った。
暁斗はそんな彼女に肩を竦めて見せ、再びフィールドへとその意識を戻す。
丁度、ボールを受け取った水野が風祭と対峙する所だった。
「おぉ。仲間内の対決」
ぽそり、とそう呟く。
部活の最中の練習試合では何度もこんな光景を目にしてきた。
だが、その時とは比べ物にならない緊張感の元での対峙。
二人の表情は真剣だけれどとても楽しげで、暁斗も自然と口角を持ち上げる。
「一抜け方式とは…意地悪な作戦ですね」
「あら、そう?」
「そうですよ。どこのどなたの発案かは…知りませんけどね」
交代を言い渡され、フィールドから出てきた水野を見て、暁斗は隣の彼女に聞こえるような音量でそう紡ぐ。
その言葉は予想通りだったのか、彼女はにっこりと笑って首を傾げて見せた。
どこのどなたの発案か…などと言っているが、それを玲に向けて言っている時点で、発案者は分かっているのだ。
もう一度「意地悪だなぁ」と心の中で呟いてから、暁斗はタオルが積んである籠の方へと歩いていく。
その山の中から一枚を持ち上げると、その足でベンチに座る水野の方へと向かった。
「お疲れさん」
俯いて足元を見つめる彼に、白いタオルを差し出しながらそう声を掛ける。
無反応が返って来るという事はもちろん予想通り。
暁斗はあえて彼の視界を邪魔するようにタオルを動かす。
流石にそれを無視できなくなったのか、水野はやや乱暴にそれを受け取った。
「(竜也はプライド高いしなぁ…ここで声を掛けるのは逆効果か…。成樹なら遠慮なく喋りかけるんだろうけど)」
その光景がありありと浮かんできて、思わずふっと笑みを零す。
それが彼流の優しさや計らいなのだということをわかった上での笑いだ。
いつもつるんでいるからと言って、彼と同じ行動をとる必要はどこにもない。
自分には自分のやり方がある―――そう心の中で呟き、水野の隣に腰を下ろした。
彼は今、自分が不合格だから交代を言い渡されたのだと思っている。
何故、そんな想いが脳内を占めていることだろう。
恐らく今は誰にも近づいて欲しくないだろうが…暁斗はちゃんと理由をもってここに残った。
その代わり、何も言わない。
まるで貝の如く口を噤み、意識の9割をフィールドの中で変化する試合状況へと向ける。
水野に続き、翼、藤代が交代を言い渡される。
思ったことを口にせずにはいられない自信家の藤代は、己の交代に黙ってはいなかった。
自分を交代させるのは間違っている、はっきりとそう断言した彼に、暁斗は思わずぷっと吹き出してしまう。
声を上げて笑わなかっただけでも褒めてもらいたいものだ。
だが、彼のお蔭でこの選考のシステムが玲の口により明らかにされた。
一抜け方式―――つまり、交代を言い渡された者は合格。
今現在フィールドの中に入っていない者は、より一層焦る。
選手達の戸惑いを横目に、暁斗は呆然と玲の言葉を聞いていた水野の肘を突いた。
「おめでと、キャプテン」
「あ、あぁ…。………知ってたのか?」
「いや、竜也が交代になった時点で気付いた。お前、もう少し自信を持っていいよ」
あれだけいい動きをしていて不合格なわけないだろ?
そう言ってパチッと片目を閉じてみせる。
その姿が酷く様になっていて、女子が騒ぐのも分かるな…と場違いな感想を抱く彼。
ベンチから立ち上がって歩いていく背中に、小さく「ありがとう」と声を掛けた。
届いたかどうかは分からないけれど…暁斗ならば、不器用な心を正しく読み取ってくれるだろう。
「お疲れさん、それからおめでとう」
今しがたフィールドから出てきた翼にそう声を掛ける。
彼は暁斗からタオルを受け取りながら、ニッとその口角を持ち上げて見せた。
「ありがと。まったく…やってくれるね。暁斗も一枚噛んでるの?」
「いや、俺も騙されてた口。さすが、はとこ。玲さんが発案者って気付いたのか」
「玲のやりそうな事だからね」
そんな翼の言葉に、暁斗は確かに、と頷いた。
何と言うか…彼女らしくて、彼女以外が発案者だとは思えないのだ。
ただでさえ緊張する選考の場で、更に緊張を重ねるなど…意地悪を通り越しているかもしれない。
この程度で参るようでは世界で通用しない、と言う部分はその通りなのだが。
「風祭はどうだと思う?」
「将?俺が心配してると思うの?」
「翼の中では合格でも…監督の目は厳しそうだぜ」
「…ま、その辺はアイツが自力で何とかするしかないね」
といいつつも、その表情に不安がない事は明らかだ。
何を基準に彼は大丈夫と思っているのかは分かりかねる。
だが、暁斗自身もまた、不思議な安心感のようなものを風祭の中に覚えていたのだ。
「合格を掴めるかどうかは………ホント、本人次第だよなぁ…」
出来るならば、合格して欲しいとは思う。
努力は一種の才能だ。
誰でも出来る事だけれど、逆風に負ける事無く続けるのは難しい。
だからこそ、それを自然に行なう事のできる彼は、これからどんどん成長していくだろう。
こんな所で、こんな人数の人間の目によって決められた枠により未来を阻まれるには惜しい人材だ。
「まだアイツが出てきてないしね…」
「アイツ?」
「暁斗に喧嘩を売った奴だよ」
「………あぁ、鳴海か、あー…そう言えば」
「昨日も散々突っかかってたからね。今日に限って無視…なんて事はないと思うよ」
「…だろうな」
大変だー、とまるで人事のように肩を竦める暁斗。
確かに人事なのだが…それが嫌味に聞こえないのは、彼女だからなのだろう。
こうして、選考試合は進んでいく。
Rewrite 07.04.16