Soccer Life STAGE--26
皆から遅れるようにして練習場にやってきた暁斗。
その視界に移ったのは、何故か走らされているらしい藤代と風祭の姿だった。
自主的に走っている様子はなく、明らかに罰則と言った雰囲気。
何の罰かと言うと、昨晩ふざけて建物内でサッカーをしてしまったのだ。
最大の不幸は、最後のシュートが尾花沢の顔面を直撃してしまった事だろう。
他にも参加していた輩はいたのだが、皆逃げ足が速かった。
結果として、乗り遅れた二人が監督の大目玉を食らった、と言うわけだ。
尤も、長電話を楽しんでいた暁斗がそれを知っているはずもないのだが。
「よく走らされる奴だなぁ、あいつも」
一定のペースで前を通っていった風祭の背中を見つめ、彼女は苦笑した。
それから暁斗は、思い出したように玲の姿を探す。
今日の予定は一応頭に入っているものの、具体的に何をさせられるのかは聞いていない。
ぐるりと練習場を見回せば、彼女の姿はすぐに見つけることが出来た。
すぐにそちらへと足を向け、暁斗はある程度近づいた所で口を開く。
「西園寺監督。今日の予―――」
「うわ、誰、この美人な子は!」
マネージャー!?と喜び溢れる声が聞こえ、暁斗は思わず眉を寄せる。
玲に声を掛けたはずなのに、返事の前に声を上げたのは彼女の傍らに居たガタイの良い男。
確か、名前は鳴海…だったか。
昨晩電話の後に参加者の資料に目を通していた為に、何となくだが覚えていた。
彼の持ち味であるパワープレイは暁斗の不得意とするところで、こいつは受かるだろうなと思ったのを覚えている。
とりあえず軟派男に用はない、とばかりのその存在そのものを無視する形で玲に向き直る。
「私は監督じゃないわよ。嬉しいけれど」
「失礼、コーチでしたね。それより、今日の予定―――」
「ちょっと、無視すんなって。今日の予定なんかより、今後の予定が聞きたいな。ついでに携帯のアドレスも」
玲との間に割って入り、会話にも割って入り。
二重で邪魔された暁斗は、冷めた目で鳴海を一瞥し、軽く拳を握る。
「雪耶、やめておきなさい」
ピタリ、と動きを止めた。
玲が声を掛けなければ、暁斗の拳は寸分狂う事無く鳴海の鳩尾に沈んでいただろう。
やり場のない苛立ちは矛先を失って彷徨う。
暁斗はそれを吐き出すように長く溜め息をつくと、握った拳を解いて前髪を掻き揚げた。
「男に軟派される趣味はねぇよ、そこのデカイの。気色悪ぃ」
最大限の嫌悪を込めてそう言い捨てる。
玲に感謝しろよ、と言う言葉は何とか飲み込んだ。
鳴海は暁斗の返事に目が零れ落ちそうなほどに驚き、傍らに居た藤代を振り向く。
「マジで男!?こんな綺麗な顔してんのに!?」
「あぁ。暁斗は桜上水に通ってるぜ、学ランで。
っつーか、知らないのかよ。雪耶暁斗って言えば、ユースでも有名だろ」
「こいつがあの雪耶暁斗!?こんな、ぶつかられたら吹き飛びそうな奴だったのかよ!」
ブチッと堪忍袋の尾が切れる音が聞こえたような気がした。
もちろん人間の構造上それはまず有り得ないのだが、感覚的な意味で、だ。
再び拳を握り締めた暁斗に、玲は「落ち着け」とばかりにその肩を叩く。
だが、彼女の笑顔もどこか薄ら寒いものがあり、暁斗を馬鹿にしたその口調が引っかかっているようだ。
「玲さん、止めて欲しくない」
「駄目よ。ここで喧嘩をすれば、折角の合格がパァになるかもしれないじゃない」
「でも、あんな馬鹿にして…っ」
未だ暁斗を自分が聞いて想像していた「雪耶暁斗」だと納得できないらしい鳴海。
失礼この上ない事を言い続けている彼に、暁斗は怒りを抑え込むのに必死だった。
玲の言っている事は正しい。
しかし、今までこう言う喧嘩を売られた状況で耐えたことなんて数えるほど。
いつだって成樹と一緒になって倍返しが現状だった為に、己の感情の高ぶりを持て余す。
「鳴海君、それくらいにして準備を始めて頂戴。
昨日練習に参加できなかったのは仕方がないけれど、今日はその分をしっかり頑張ってもらうんだからね」
「は~い」
どこか間延びした声にさえ苛立つ。
鳴海は去り際に暁斗に向けて明らかに嘲るような視線を向けてきた。
鳴海が立ち去った後、残ったメンバーは暁斗に近寄れずに居た。
良くも悪くも目立つ彼が騒げば、参加者も何事かと視線を向ける。
そんな中でも、暁斗が関わっていると知って自然と集まった顔馴染みのメンバー。
彼らでさえ、近寄りがたい空気が今の暁斗に漂っている。
「暁斗…大丈夫か…?」
控えめに、すごく控えめに。
勇気ある若菜が、そう声を掛けた。
その声に僅かに肩を揺らした暁斗は、静かに息を吐き出す。
「(落ち着け…こんな所で問題を起こすわけにはいかない…)」
学校帰りの喧嘩とは訳が違うのだ。
問題を起こせば、やっと開けた未来が闇に閉ざされる可能性だってある。
好きなように喧嘩を買っていた学校生活と同じようにしていては駄目だ。
言い聞かせるように何度も頭の中で繰り返す。
そうして、漸く冷静な思考が帰ってきてくれた。
「…悪いな。もう大丈夫だ」
「お、おう。鳴海は暁斗のことを知らねぇんだから、気にすんなよ?」
「そうだよ。暁斗は胸を張ってればいい」
「…だな。絶対、あいつよりも暁斗の方が上手いし」
ユースの雪耶暁斗に対する勝手な想像が、暁斗を苛立たせる原因だった。
だからこそ、若菜・郭・真田の三人が先陣を切って暁斗の元へとやってきたのだ。
彼らにとって暁斗は良き仲間で、暁斗にとってもまた、彼らは良き仲間で、そして良き理解者。
それぞれの言葉に、ささくれ立った心が穏やかになるのを感じる。
「それにしても、珍しいね」
「確かに。暁斗って気が長いイメージがあるよな」
「こんな不良なナリで気が長い?一馬も思い切ったイメージを持つなぁ」
そう言って笑えば、真田は「別にいいだろ!」と顔を逸らしてしまう。
だが、完全に気を悪くしたわけではないと言う事は、その横顔から明らかだった。
「まぁ、そうそう怒る事はないな。
売られた喧嘩は基本的に買ってたけど…前にこんな感じになった時は、後から救急車を呼ぶ羽目になったっけ」
よく覚えてないけどなー。
そう言って、思い出すようにサラッと紡がれた言葉に、周囲でそれを聞いたものは皆顔色を青くした。
自分で病院行きにしておきながら、自分で救急車を呼んだらしい。
そのまま放置されるのと、喧嘩相手にご丁寧に病院を手配されるのとどちらが嫌だろうか。
そんな状況になった事はないので想像も出来ない。
態と地雷を踏んだのか、気付かないうちに踏んでいたのかはわからない。
だが、暁斗をそこまで怒らせたらしい奴に、思わず同情したくなった。
触らぬ神に祟りなしと言うが、暁斗の逆鱗もその部類なのかもしれない。
改めて暁斗の喧嘩の強さを認識したメンバーだった。
Rewrite 07.04.08