Soccer Life STAGE--25
翌日、合宿の二日目はミーティングから始まった。
本日の予定を確認した後、解散の前に一つ付け加えられる。
それは、暁斗が新たにコーチ補佐としてスタッフ陣に参加すると言うものだった。
「昨日は一緒にテストを受けてもらった雪耶暁斗くんには、今日からコーチ補佐を務めてもらう」
監督の言葉に、当然のことながら参加者達はざわめいた。
昨日、自分達と同じようにスタートラインから出発した筈の彼が、何故コーチの補佐を務めるのか。
彼らの疑問は尤もだった。
「選抜はどうなるんですか?」
誰かからそう声が上がる。
監督はそれに対して頷くと、視線を玲へと向けた。
彼女はその視線に微笑みを返し、その唇を開く。
「審議の結果、雪耶は選抜合格者第一号になりました」
ざわり。
再びミーティングルームが揺れた。
「今後は合格者として、主に私の補佐をしてもらいます」
「認められません」
玲の声を追うようにして、そんな声が上がった。
そうだそうだ、と頷く数人。
納得していない者の鋭いと呼べる視線を受けても、暁斗は臆する事無く玲の傍らに控えていた。
「納得できないなら、試せばいいわ。雪耶には了承を貰っています」
「試すって?」
「試合よ。1対1でもいいし、少人数制のゲーム形式もOK。要は、あなた達が自分が納得できる方法で挑めばいいのよ」
もちろん、本人に許可は貰ってあるから。
玲は室内の全員を見回し、一人ひとりに語りかけるようにそう告げる。
最後に暁斗へと視線を向け、頷くのを見て自分も満足げに微笑んだ。
「あ、そうそう。スポーツマンが集まっているんだから、そんな事はないと思うけれど…。
間違っても、サッカー以外の方法で挑まないようにね。特に実力行使なんてもってのほかよ。
彼は空手の有段者を伸すくらいの実力の持ち主だから…怪我する前に、言っておくわね」
まさかそんな奴は居ないだろう、と半ば呆れて彼らを見回す暁斗。
あからさまなほどに不自然に視線を逸らす人物を見つけ、静かに溜め息を吐いた。
なるほど、一瞬であれ考えてしまった者はいるらしい。
情けない事だが「思春期だからなぁ」なんて人事のように考えている暁斗も暁斗だろう。
「雪耶、一言挨拶しておく?」
そう問いかけられ、暁斗はハッと我に返る。
あくまで本人の意思を尊重するような問いかけではあった物の、しなさいと言う本心が見え隠れしていた。
それを肌で感じ取った暁斗は、やれやれと思いつつもそれを顔には出さずに一歩だけ前に進み出る。
「雪耶暁斗。自分でも予想外に早い合格だが…まぁ、それは別にいいや。
今後は西園寺コーチの補佐として自分の役目を果たすんで、どうぞよろしく。…以上」
やる気があるのか無いのか微妙な挨拶だ。
暁斗をよく知る者は彼らしいと苦笑し、またよく知らぬ者は僅かに眉を寄せる。
だが、流石に暁斗の存在を知らない者はこの場には居なかった。
昨日の暁斗は、それだけ目立つ存在だったと言う事だ。
玲の思惑通りだなぁ、と改めて感じる暁斗。
刺すような嫉妬の視線を向けられている事に気付くが、視線を返す事は無い。
ただ、これから相手をしなければならないのは面倒だ…と心中で溜め息を漏らした。
暁斗の簡略極まりない挨拶の後、監督が二・三注意事項を繰り返す。
それから一同は解散となり、AとBがそれぞれ別の動きを始めた。
そんな彼らを見送ろうと視線を向けてから、暁斗は玲を振り向く。
そう言えば、今からの予定を聞いていない。
練習内容は知っているけれど、主にどんな補佐をしなければならないのか。
その辺の所を聞いておこう、と口を開いた所で、背中に衝撃を受ける。
「っ…!体当たりするな!それからドサクサに紛れて抱きつくな!」
「暁斗すっげー!!一番乗り!!」
「…人の話を聞け」
後ろから体当たりと変わらない力で抱きつかれて、暁斗は軽くよろめく。
性別を偽るようになってから一年以上。
流石にこの程度のスキンシップで思わず身を硬くするような事は無くなった。
まるで子供が腰にぎゅっと抱きつくように、暁斗に纏わり付いているのは言わずもがな若菜だ。
「暁斗おめでとう!!」
「お前もか、藤代!」
背中やや右側よりさっきと似たような衝撃を受け、この野郎、とばかりに呻く。
鍛えていなければ、第二段で押しつぶされていた所だ。
床と仲良くならなくて良かった、と重石二つを腰に纏わり付けながら思う。
「重いから放せって」
いい加減にしろ、とばかりにゴンと肘鉄を二人の頭に落とした。
綺麗に入ったのか、呻くようにしてしゃがみこむ二人。
寧ろこっちの方が痛い。
そう思いながら、暁斗は衝撃を受ける時に傾いだままだった体勢を戻す。
「そうなるってわかってるのに、何で飛びつくかな…」
「学習能力が無いんだよ、結人は」
呆れた風にそう言いながら、真田と郭が若菜の傍らへと歩み寄ってきた。
ユースの練習の時にはよく見る光景で、二人も心配したりはしない。
暁斗は、間違っても若菜に怪我をさせたりはしない。
それがわかっているからこそ、うー、と呻く彼を無視して暁斗に向き直る事が出来るのだ。
「何か、滅茶苦茶だけど…おめでとう、だよな」
「合格には違いないからね。…おめでとう」
「おう。サンキュ」
この二人が暁斗の合格を素直に受け入れられたのは、何度も味方として共にフィールドに立っているからだ。
この合宿場という場所において、暁斗の実力を一番よく理解しているのがこの三人。
暁斗自身の合格は確定、と考えていた彼らが、少し早いとは言えそれを受け入れられない筈がない。
わかっていたけれど、やはりそう言ってもらえるのは嬉しい。
ニッと笑った暁斗に、彼らもまた笑みを浮かべた。
漸く復活した若菜も先ほど肘鉄を食らった事など忘れてしまったとばかりに笑い、暁斗を祝う。
三人は暁斗に一声かけられれば満足だったようだ。
すでにAのメンバーは殆どがミーティングルームを後にしていて、そんな彼らに続くように三人も歩き出す。
彼らの背中を見送った所で、暁斗はふぅ、と息を吐いてから立ち上がった藤代を見た。
「暁斗の馬鹿力ー…」
「…まだ居たのか、藤代」
「酷っ!」
悲壮な声でそう答えた彼に、半分は冗談だ、と笑う。
と言う事は半分本気なのだが…彼は満足したらしい。
「それにしても、選考前に合格なんて芸当をやってのけるのは暁斗くらいだよな!」
「そうか?」
全く有り得ないと言う事はなさそうだけど…と思う。
けれど、よくよく考えれば選考は明日のAB対抗試合の時だ。
確かに、選考すらなく監督その他スタッフによる審議のみ、と言うのは珍しいかもしれない。
この反応も無理はないか、と心中で溜め息を吐いた。
朝だけで、一体何度溜め息を吐けばいいのだろうか。
溜め息を吐くと幸せが逃げると言われるが…そんな事で逃げられるならば、暁斗の未来に光はないものと思われる。
一向に練習に向かおうとしない藤代の背中を押しながら、暁斗はそんな事を考えた。
Rewrite 07.04.01