Soccer Life   STAGE--24

携帯電話というものが普及している今、人の電話番号を覚える機会と言うのは少ない。
一度アドレス帳に登録さえしてしまえば、何度だってその番号を呼び出すことが出来るからだ。
にも拘らず、空で一字一句間違えずに紡ぐ事のできる番号。
いつもはアドレス帳から呼び出すのに、今日は気がつけば指がその番号を順番に押していた。
11桁の数字が並び、発信中と言う単語がディスプレイの中で踊る。
それを見届けた上で、携帯を耳元へと運んだ。
1、2、3、4…コール音が次々と回数を重ねるが、不思議と嫌気は差してこない。
心中で次を数えようとしたその時、6度聞いたコール音がプツリと途絶えた。

『暁斗か、どないしたん?』
「…成樹?」

相手に間違いが無い事は、自分の押した番号と今の声からわかっている。
けれど、そう確認してしまうのは電話と言うものの性なのだろうか。
確認するような声色のそれが漏れてしまえば、機械越しの声が笑うのがわかった。

『何や。わからんと掛けて来たんか?寝ぼけとるん?』
「いや、別に」
『せやなぁ。声は寝とるっちゅー感じやあらへんわ』

何がツボに入ったのか、クツクツと笑い続ける電話の先に居る成樹。
いつになったら止まるかなぁ、なんて人事のように考えながら、暁斗はポツリと零した。

「合格した」
『大体暁斗が寝ぼけるなんて…………は?』
「だから…選抜。合格したんだ」

沈黙。
暁斗はあえて成樹の反応を待ち、成樹は暁斗の言う事を理解しかねている。
そうして片手の指では足りない程度の無言の時を過ごした後、口を開いたのは彼だった。

『とりあえず…おめでとうさん?』
「いや、何で疑問?」
『せやかて…まだ、一日目やと思うんやけど?
それとも、アレか。暁斗が居らん時間が寂しゅうて、いつの間にか三日目に!?』
「んー…とりあえず、落ち着け?」

冷静なのは声だけらしい。
確かに今現在は、選抜のための合宿の一日目を1時間ほど残した時刻。
普通ならば、まだ合格が発表される事は無い筈。
現に、自分だってそう思っていた。

『え…ホンマにホンマなん?』
「…多分。明日からは、コーチの補佐だってさ」

これがあの人のドッキリだったら話は別だけどな。
そんな風に茶化すようにして、暁斗はそう笑った。
けれど、これに関して玲がふざけるとは思っていない。
サッカーを愛しているといっても過言ではない玲が、そんな性質の悪い冗談を言う筈がない。
自分の合格は、彼女がその唇でもって「合格」を宣下した時点で確定なのだ。

『なら、改めて…。おめでとうさん』
「…どーも」
『なんや…しっくりせぇへんけど…ピンでもキリでも合格は合格や。めでたい事に変わりはあらへんな』

そう言っていつものように笑い声を上げた後、彼は一日目の練習について尋ね出した。
やはり、彼も興味があるのだろう。
況してや、暁斗は成樹とは別の選抜チーム。
監督一人が変わるだけで、チームは大きく変化する。
それを理解しているからこその純粋な興味が、彼の口を軽くしていたのかもしれない。

『それにしても…合格第一号か。また、ええ数字やなぁ』
「そうか?狙えば取れる数字じゃん」
『それ、世の中の努力しても報われん奴にとっては仇みたいな台詞やで』

何でもそれなりにそつなく…と言うレベルではなく、人よりの頭一つ分ほど飛びぬけて出来る暁斗。
一番と言う数字を狙うというのは、そういう人だからこそ出来る事だ。
普通は狙って取れる数字ではない。

「俺からすれば、もっと…7とか13とかの方が取り甲斐があるんだけどなー」
『暁斗。ええか?それはわがままっちゅー奴や』
「うん。自分でも自覚してるから大丈夫」

他所でも平気でこんな事を言ってのけるような人間ならば、暁斗には敵ばかりだっただろう。
暁斗はちゃんと言葉を紡ぐべき場所を選んでいる。
成樹にならば、本音で話しても大丈夫。
その自覚があるからこそ、の行動なのだ。
そして彼もまた、暁斗のそんな心中を正しく理解していた。
自分だけの特権と言ってしまうと少し大げさかもしれないが、事実。
暁斗がこんなわがままみたいな台詞を吐くのは自分だけ。
そんな嬉しくも擽ったい状況に、彼は電話なのだから見えないにも拘らず緩んだ口元を手で隠した。

『…何にせよ。ホンマ、おめでとうさん』
「おう。さんきゅ」
『俺もうかうかしとられへんなぁ…』
「だな。ま、お前の事は心配してないよ。トップで合格、ってのも簡単だろ?」

見えていないけれど、お互いの表情が手に取るようにわかる。
シニカルな笑みを浮かべているであろう暁斗を脳裏に浮かべ、成樹は口元を持ち上げる。
簡単、と言ってしまうのは難しいかもしれない。
けれど、自分が合格できないとは思わない。
何より、心配していないという暁斗の言葉だけで、合格できるような気がした。

『百人力…やなぁ…』
「ん?ごめん、聞こえなかった」
『気にせんでええよ。それより、そろそろ寝た方がええんちゃうの?』

明日も早いんやろ?と言う言葉に、暁斗は室内に置かれた時計を見た。
確かに、そろそろ就寝すべき時間だ。
彼と話していると軽く興奮状態になるので、すぐには眠れないだろうけれど―――寝る真似くらいはするべきだろう。

『まぁ、明日から二日間…雑用頑張りや』
「雑用って言うな」
『せやかて、コーチの手伝いなんて…雑用と変わらんやん』
「…まぁ、否定はしない。さて。そろそろ寝るかー…」

ごろんとベッドの上に身体を投げ出して、暁斗は携帯を握りなおした。
すでに話を切る姿勢になっているのか、成樹の方も新たな話題を振ろうとはしない。

「んじゃ、また二日後にな」
『おー。何か面白い事あったらいつでも連絡したってや』
「ラジャ。じゃ、おやすみ」

彼の方からも、イントネーションは違えど、自分の言った言葉と同じそれが返って来る。
そして、プツリと通話は切れた。
こちらが切ったのが早かったか、向こうが切ったのが早かったかはわからない。
ただ、切れたということだけが事実だ。
携帯でアラームをセットしてからベッド脇のテーブルに載せる。
それから、下敷きになっている髪を拭いたタオルを同じくテーブルの遠い所に放り投げて、目を腕で覆った。

「やっぱ…嬉しいなぁ…」

誰かに「おめでとう」と言ってもらえて、実感が湧いてきたらしい。
自然と緩んでいく頬の動きを止める事は難しそうだった。

Rewrite 07.03.28