Soccer Life STAGE--20
50メートル走で武蔵森エースと謳われる藤代を軽々と破った暁斗。
自然とその身に参加者の注目を集めつつ、次なるテストへと向かった。
暁斗が目指したのはキックターゲット。
ゴールの前に立てられた板にはいくつかの穴が開いていて、その間を通して得点を得ると言うものだ。
「そこの籠からボールを出して、自分のタイミングで蹴りなさい。ただし、持ち時間は3分」
簡略と言えば簡略な説明。
だが、テストを受けるにはそれで十分だろう。
要するに、3分以内に全部の穴に入れてしまえばいいのだ。
コントロールを要するテストゆえに、緊張などから不必要に時間を費やしている参加者が多い。
そんな中、暁斗の順番が来て「次!」と声を掛けられた。
前の者ががっくりと肩を落としていくのを見ながら、暁斗はスタッフに向かって声を上げる。
「初めにボールを並べても構いませんか?」
「構わない。ただし、その白いラインより前には置かないように」
指示されたラインを確認してから「ありがとうございます」と答える。
そうして、板に開いた穴と同じ数のボールを籠から取り出してきて、ラインより10センチほど後ろに並べる。
一列に並んだそれらに、後の参加者達だけでなくすでに終わっている彼らの視線が集まっていた。
「雪耶暁斗。始めます」
始める前に自分の名前。
それはどのテストにも共通している事だ。
そして、今回はそれに加えて自分のタイミングで時計を動かす合図を送らなければならない。
ピッという笛の音が聞こえて、スタッフの持っているストップウォッチが動き出す。
暁斗は一番右に置いたボールの前に立つと、そこから二歩だけ後ろに下がる。
そして、トンと芝生を蹴って一つ目のボールを送り出した。
高すぎない弧を描いたそれは、フレームに掠める事無く穴のど真ん中を通過する。
綺麗なフォームと危なげないシュートに、おぉ、と歓声が上がった。
しかし、そうしている間にもう一つのボールがその隣の穴を通過。
今までにない1球と1球との間の短さに、ゴールに視線を向けていた一同のそれは大急ぎで暁斗へと戻る。
そうしている間にも、もう1球が穴を通過した。
暁斗は一つを蹴り出すと同時に隣に移動し、先ほど蹴ったボールが穴を通過する頃には次を蹴り出していたのだ。
シュートコースの修正や、体勢を整える暇すら用意していない。
一定の間隔でそれを蹴り、かつフレームに掠めずにシュート。
レベルの高いキックターゲットはものの20秒で終わった。
最後の1球がフレームを抜け、バスンとゴールネットを揺らす。
シュートの姿勢のまま片足を上げていた暁斗は、それを見届け、ふぅ、と息を吐き出した。
「絶好調、だな」
「腕前は相変わらず一級品だな」
ポン、と頭の上に手を乗せられる。
暁斗は覚えのある声に、そちらを振り向いた。
ニヒルな笑みを浮かべる彼、三上は暁斗の視線によりその笑みを深める。
「よぉ、暁斗」
「ども、亮センパイ?」
「お前にセンパイって呼ばれんのは気色悪ぃな。何より、棘を感じる」
「一応敬ってやったってのに失礼な言い分だなぁ、おい」
そう言っている時点ですでに敬っていないのだと言う自覚はあるだろう。
だが、三上はそれに怒る事無く、寧ろガシガシと暁斗の髪を掻き混ぜた。
「二人とも…じゃれ合うのは構わないが、次の人に迷惑だろう?」
場所を変えたらどうだ、と進言してきたのは、三上と同じ武蔵森サッカー部であり、それを率いる渋沢だ。
さっきからやたらと武蔵森連中と会うなぁ、と思いながら、暁斗は移動しつつ彼に向けて片手を上げた。
「渋沢さんも久しぶりで」
「この前の試合以来だな。元気だったか?」
「やだなぁ、サッカー以外はそれしか自慢できる所ないってのに。それまでなくなったらただのサッカー馬鹿だぜ?」
元気っすよー、と手をひらひらと振ってみる。
そんな暁斗の様子に、渋沢はそれもそうだな、と笑った。
確かに、暁斗が元気じゃない姿など、少し想像が難しい。
暁斗が自慢できる所はサッカーと元気だけではないだろうけれど。
「それにしても、綺麗なフォームは健在だな」
「ども」
「この間の試合は残念だった。今度練習試合でも組まないか?」
「おぉ、それは光栄。だけど、俺んとこはまだまだ成長途中でヒヨッコだぜ?」
「その差はお前一人で十分埋まるだろうが」
ずしりと頭の上に乗ってきた腕に、暁斗はむっと眉を寄せる。
重いわけではないけれど、何だか嫌だ。
退けようとするもより一層体重を掛けられるだけに終わり、最終手段として脇腹に肘鉄一回。
伊達に喧嘩慣れしているわけではない暁斗の一撃は痛い。
思わずそこを押さえて腰を折った三上に、渋沢はやれやれと頭を掻いた。
「練習試合の話は、また考えておいてくれ。この合宿が終わればお互い忙しくなるだろうしな」
「わかった。キャプテンに伝えとくよ」
「返事はいつでも構わない。あぁ、でも…出来れば、俺達がまだ引退していない間に頼む」
「そっか。二人とも今年で引退か…」
お疲れさん、と紡げば、二人はそれぞれの反応を返した。
武蔵森の来年は大変だなぁ、と心中で思う。
エースと呼ばれる藤代はまだ二年生だから引退は来年だ。
しかし、渋沢や三上と言った要となる選手も多く抜けるだろう。
特に、あの個性的なメンバーを纏められるキャプテンが抜ける事は、武蔵森には結構な痛手の筈。
それを考えれば、あと一年かけてじっくりと力を蓄えられる自分達は恵まれているだろうか。
「…そうでもないか」
「何だよ?」
「いや、こっちの話」
どちらが恵まれている、などと考えるだけ時間が無駄だ。
それぞれに個性的で、それぞれに適した環境がある、ただそれだけの事。
「俺の希望が通るかはわかんねぇけど………通すよ、俺も渋沢さんたちとやりたいし」
通るかわからない、と言っているにも拘らず、そう断言する暁斗。
何かおかしいだろうとは思うけれど、それが何とも暁斗らしかった。
「返り討ちにしてやるよ」
「それはこっちの台詞。試合で負けても勝負で勝てばそれで満足だからな、俺は」
つまりは、一対一で対峙した際に勝てばそれでよし、と言う事。
それを理解した三上はニッとその口角を持ち上げた。
「何なら、賭けるか?」
「んじゃ、武蔵森の近くにあったケーキ屋。あそこのケーキバイキングな」
「…いい度胸だな、てめぇ。俺には勝っても負けても地獄じゃねェか」
ちなみに三上は甘いものが「苦手」ではなく、嫌いなのだ。
勝てばケーキを奢られ、負ければケーキを奢らされる。
確かに、どちらに転んでも地獄だと言えよう。
そんな彼の反応が予想通りだったのか、暁斗は腹を抱えて笑っていた。
「いーよ。じゃあ、亮が勝てば、100円寿司な。上限はバイキングと同じ1000円で」
「その言葉、忘れんなよ」
恐らく、この場に両者のファンが居たならば、黄色い声が飛び交っていたのだろう。
それほどに清々しく、けれどもどこか勝気な笑みを浮かべあう二人。
すでに決まってしまったらしい話を聞いていた渋沢は、一人溜め息を吐き出した。
サッカーの試合を賭け事にするなと思うのだが…まぁ、この二人だ。
今回ばかりは大目に見るか、と心中で諦めと言う名の呟きを零した。
後でこの賭けの話を聞きつけた藤代が「ずるい」と言って酷く騒いだらしい。
しかし、指導と言う名の愛の拳が三上より与えられ、二人に仲間入りする事無く地面に沈んだ。
暁斗がそんな話を聞き苦笑を浮かべたのは、翌日の練習中のひと時だった。
Rewrite 07.03.08