Soccer Life   STAGE--18

荷物の最終チェックは昨日の夜に済ませてある。
焦るでもなく、寧ろ準備が整った時には出発時間まではかなり余裕があった。
他の桜上水メンバーとは、現地で落ち合うことになっている。

「さて、と…。そろそろ行くか?」
「うん。そうするよ。運転お願いします」

疲れてるのにありがとう、と苦笑を浮かべながらの言葉に、父は気にするなと笑った。
可愛い娘の為だ、そう言って車のキーを指先でクルリと回し、暁斗の荷物を肩に担いで先に玄関を出て行く。
慌てて後を追おうとした暁斗は、靴を履いた時点で振り向いた。

「じゃあ、行って来ます」
「怪我だけは気をつけなさいね」

リビングから顔を覗かせた母の言葉にしっかりと頷き、まだ今の時間ならば寝ているであろう妹の存在を思い出す。
結構なお姉ちゃんっ子の彼女は、暁斗が出かけるとなれば瞳を潤ませる。
寝ている間に出発すると泣かせるかなぁ、などと思い、苦笑した。

「聖に関してなら、安心しなさい。昨日の夜によく言い聞かせてあるわ」
「助かるよ、母さん」
「それにしても…そう言う格好だと、本当に男の子を生んだ気分だわ」

複雑ねぇ、と、全くそんな事を思っていない声色で紡ぐ。
返事に困る暁斗の耳に、車のクラクションが届いた。
玄関の靴箱の上に置かれた写真型の時計を見れば、すでに出発予定時間一分前。

「うっわ!んじゃ、行って来ます!」
「はいはい。行ってらっしゃい」

半ば飛び出していった暁斗に、その姿が玄関の扉に隠されるまで手を振り続ける彼女。
バタン、とそれが閉じるとゆっくりと腕を下ろす。

「頑張ってきなさいね、紅」

母親の表情を見せながら呟かれた言葉は、残念ながら本人には届かなかった。
















普通に学生として生活していれば、芝生のフィールドにお目にかかることなどまずない。
ユースの練習時以外は学生として生活している暁斗もまた同じで、久々の芝生に軽い興奮を覚えていた。
もちろんそれを表情に出すような性格ではないので、周りから見れば平常と変わらない。
同年代でその変化が分かるのは…そう、この場には居ない、暁斗の親友だけだろう。

「芝生だ!キレーだなー」

入り口の所で待ち合わせていた一人、風祭がそうして感動の声を上げながら短く整えられたその上に転がる。
同年齢だけれど、どうかすると年下にも見えるその行動に、暁斗や水野は顔を見合わせて笑った。
彼らしい、とその言葉で片付ける事ができるのは、彼の性格ならではだろう。
風祭に続くように、その隣に寝転がった糸目の少年。
名前は知らないけれど、すでに和んでいる様子の二人に、暁斗はとうとう笑いを堪える事に限界を感じた。
丁度そんな時だ。

「見ろよ、あれ」

聞きおぼえのある声が耳に届き、笑いの発作は一時的とは言え引っ込んでいく。
そちらに視線を向ければ、予想通りの人物が、予想通りの人数の仲間と共にこちらを見ていた。
更に続く、冷やかしの声に、暁斗はやれやれと肩を竦める。
暁斗自身は慣れた事なので深くは考えないし、別段気に留めることでもない。
しかし、初対面の人はどう思うか…そんな事を考えながら、冷やかされた本人である風祭らの方を向く。

「(…心配無用、か。)」

冷やかしも、相手に理解してもらえなければ意味はない。
見事なまでの天然で、無意識のうちにそれを乗り切っていた彼に、思わず拍手したくなった。
そうしていると、冷やかした彼ら…そのうちの一人が、ふと暁斗を視界に捉える。

「あ、暁斗じゃん!!なぁ、英士、一馬!暁斗!」
「騒がなくても見れば分かるよ」
「…って言うか、初めから居たよな」

意外と冷静だったらしい後の二人の言葉に軽く頭を打たれるも、彼、若菜はそんな事ではめげない。
即座に復活を果たすと、ややオーバーなリアクションで暁斗を手招きした。
それに疑問符を浮かべたのは、もちろん桜上水メンバー+糸目の彼。

「悪い。あれ、俺の知り合いなんだ」
「…暁斗に向けてのアクションか、あれは」

さっきまでとは打って変わって友好的なそれに戸惑っていたらしい。
納得、と言った様子の水野の声に後押しされるように、暁斗は彼らの方へと歩き出した。

「将と…そっちの糸目くん。ごめんな。悪い奴らじゃないんだけどさ…ちょっと性格曲がってるトコがあってさ」

それは悪い奴、とは言わないのだろうかと一瞬思う。
しかし、確かに性格の一部が曲がっているくらいでそう決めるのはおかしいのかもしれない。
代わりに謝罪していく暁斗に免じて許す、と言うのが出来ないほど頭にきたわけでもない。
と言うよりも、風祭にいたってはその謝罪すらよく理解できていない様子だった。
糸目の彼は暁斗の言葉に「気にしてないよ」と首を振る。
いい性格だな、と思いつつもそれを口には出さず、暁斗は「さんきゅ」と笑った。

「俺、一旦あいつらと合流するわ。ミーティングで会おう」
「あぁ。また後でな」

彼の答えに片腕を上げて答えると、三日分の荷物の入ったバッグの重さを感じさせぬ軽やかな足取りで走る。
暁斗が仲間に別れを告げている間も、三人はその場を動いてはいなかった。
合流を果たした暁斗と出会いの挨拶やら近況報告やらを済ませ、一行は建物へと歩き出す。









「えー!?暁斗って一人部屋!?何か、めちゃくちゃ特別扱いじゃん!!」
「馬鹿野郎。そんなわけねぇだろ。特別扱いと言う名の下僕だ」
「それにしても…こんな時に手伝いを頼まれる関係なんだ?そのコーチとは」
「母親の後輩で…とにかく、ガキの頃からよく知ってる人なんだ」

お蔭で弱みを握られまくり、と肩を竦める暁斗に、三人は苦笑する。
ご愁傷様、と言うのは少し違うかもしれないが…幼少時代を知る人には、頭が上がらない事もあるものだ。

「どの人?」
「あーっと…あの人。ほら、美人の。ってか、女の人って一人だし…間違えねぇだろ?」

真田にそう尋ねられた暁斗は、丁度ホールで集まっているスタッフらを一瞥する。
その中から一際存在感のある彼女を見つけ出し、指差した。
彼女が前に居れば「人を指で指すな」と言われそうだが、遠いからと言う事で勘弁してもらおう。

「じゃあ、夜もあんまり遊べないんだな」
「あぁ。多分。夜は体力テストのデータ洗い出しになるだろうし…」
「…それって、普通スタッフがやるものでしょ。何で合宿参加者の暁斗がそんな事するわけ?」
「………ま、俺の合格は確実だし?」

そう言って、ニッと口角を持ち上げてみる。
その勝気な言葉と表情が癇に障らないのは、それが事実であるのと、暁斗の性格ゆえだろう。
ユースで共にフィールドを駆ける彼らは、恐らくこの場に居る誰よりも暁斗の実力を理解している。
だからこそ、それに対する否定など、爪の先ほども浮かばないのだ。

「まぁ、暁斗に限って落ちるなんて有り得ないしなー…」
「使うって言えば、暁斗だよな。何気にパソコン得意だし」

若菜、真田と続く言葉に郭が頷く。
アウトドア派なので霞んでしまいがちだが、暁斗は事務処理能力もそれなりにある。
専門的な知識の方は皆無だが、データを纏めたりすることに関しては特にぴか一だ。
何故三人がそれを知っているか、と言う事になると話が長くなるので、今はとりあえず置いておこう。

「っと。お前らの部屋ここじゃねぇの?」

最後尾、と言っても十数センチの差だが、とにかく一番後ろに居た暁斗が声を上げる。
前を歩いていた三人がその声に反応して部屋の前に掲げられた名前を読み取った。
確かに、自分たち三人のそれが並べられている。

「んじゃ、俺は自分の部屋探しを続行するよ」
「あ、ミーティング、一緒に行こうぜ!」

若菜の言葉に暁斗は少しだけ悩んだ後、OKと返事をする。
丁度壁に掛けられていた時計を見上げ、ミーティングまでは50分ほどあることがわかった。

「じゃあ、30分後に…さっき見た自販機の前で」

暁斗の提案に彼らが頷き、そして部屋の中に入っていく。
そんな彼らを見送ると、暁斗は前もって教えられていた部屋へと足を進めた。











「…でか」

思わず、そんな声が漏れる。
合宿だって一緒だったから、別に男子と一緒でも構わないと言ったのだ。
それに断固拒否したのは、他でもない玲本人。

「狼の中に可愛い紅を放り込めるわけがないでしょう?私に任せておきなさい」

そう笑顔で告げられれば、それ以上に二の句は継げなかった。
その場は頷いて事を終え、一週間前に連絡を受ける。
すでに部屋割りは決まった、との連絡で、自分が一人部屋であることを知った。
理由がなければおかしいだろうから、と己の手伝いをするよう告げられる。
そうして今に至るわけだが…。

「一人部屋って意外に広いんだな…」

シャワールーム完備の室内を歩き回り、暁斗は小さく呟いた。
これを周りが納得したと言う事は、自分にはそれだけの評価があるということだ。

「これは…トップで合格するくらいの意気込みが要りそうだな」

ドサッと荷物を降ろし、改めてそう自身に言い聞かせる。
そして、気合を入れる意味もこめてその頬をパンッと叩いた。

Rewrite 07.02.24