Soccer Life   STAGE--17

暁斗が抜けてから、まぁ色々とあって…結果は、2-1で桜上水の勝利。
暁斗にとっては、対戦相手であった飛葉中に顔見知りがあるということも手伝って、嬉しいばかりの勝ちではない。
それでも、この場合は素直に勝ちを喜ばない事は相手に対し失礼だとは分かっている。
一列に並び、互いに頭を下げあう際にはその最大の敬意を表するように、深く腰を折った。

「成樹」

挨拶が終わって一同が散り始めると、暁斗は真っ先に成樹の元へと歩いた。
そして静かにその名を呼べば、呼ばれた彼はへらりと笑みを浮かべて振り向く。
何を言われるかは分かっているのだろう。

「呆れた奴だな、お前も…。途中で抜ければいいのに」
「まぁまぁ。折角の試合や。最後までおりたいやん」
「…途中で抜けた事を責めてんのかよ?」

言外にそれが含まれているような気がして、暁斗は僅かに笑みを浮かべてそう問いかける。
その表情からお互いにシリアスな空気ではない事は明らか。
成樹は肩を竦めながら、促されるままに椅子に座る。

「まさか。責めるはずあらへんやん。ちゃっかり点は取って出てったんやし」

暁斗は彼が椅子に座ったと同時に、すでに救急箱から取り出してあった包帯で彼の肩を固定していく。
服の上からそれを巻いていったのは、恐らくTシャツを脱ぐのも痛いだろう、と言う暁斗なりの気遣いだ。
スポーツマンたるもの、普通に人生を過ごすよりは怪我が多い。
自分に覚える姿勢さえあれば、自然と捻挫や脱臼などの知識は備わっていくものだ。
そうして慣れた様子で固定し終えると、暁斗は最後にそれをぽんと叩く。
衝撃が肩を襲い、先ほどまでは話していた成樹が声を殺して呻いた。

「黙ってたお前が悪い」

にっこりとそう言われれば、文句を言えるはずも無かった。






成樹の肩の応急処置を終えた暁斗は、彼と共に解散までの時間を過ごす。
そこからの帰りは自由帰宅となり、部員がコーチの挨拶の後に各々のペースで帰路へと着いた。
そうして、暁斗もまた彼らに倣うように帰路へと着こうとしたところで、前を塞ぐ人物に気付く。

「雪耶くん、少し構わないかしら?」

傍から見れば優しい笑み、暁斗からすれば有無を言わせぬ笑み。
そんな笑みを浮かべ、彼女、西園寺玲は暁斗を呼び止めた。

「悪い、先に帰ってくれ」
「了解。ほな、また明日な」

そう言って成樹が歩いていくのを見送って、暁斗は彼女に向き直る。
彼女の方も彼が去るのを待っていたのか、ほぼ同時に暁斗の方に顔を動かしていた。

「場所を変えましょうか」

彼女にそう告げられ、暁斗はコクリと頷く。
















飛葉中からはそう遠くはない喫茶店。
出来るなら早く家に帰って疲れた身体を休めたいのだが、そうも言っていられない。
何しろ、自分は彼女に引きとめられてしまったのだから。

「私はアイスコーヒーを。あなたはどうする?」
「じゃあ、レモンティーを」

メニューを見ることもなく、暁斗はさっさとそう答えた。
喫茶店と銘打っているからには、その程度のレギュラーメニューは揃っている筈だ。
その考えは間違ってはいなかったらしく、アイスかホットかと問われてそれに答えればウエイトレスは引き上げていく。
注文を受けてくれる前に差し出されていた透明のグラスに入った水の中で、氷がカランと音を立てた。

「―――で、ご用件を聞かせていただけますか、西園寺監督?」
「あら、そんな他人行儀な呼び方をしなくてもいいじゃない?ここには誰もいないわよ?」

終始笑顔でそう言われ、暁斗は喫茶店内に視線を巡らせる。
ごく自然に彷徨わせたその視界に見慣れた人の姿を捉える事はなかった。

「…わかったよ―――玲さん」

肩を竦め、背もたれに背中を預けきる。
そうして告げた呼び方に、玲が満足げに微笑んだ。

「久しぶりね、紅」
「ごめん。流石にそれは危ないんでやめてもらえる?」

壁に耳あり障子に目あり。
古人がそう言ったように、どこで聞かれているか分かったものではない。
自分にとってのトップシークレット故に、暁斗は慎重だった。

「あぁ、そうね。じゃあ…暁斗で構わないかしら?」
「うん。で、用件は?」
「とりあえず…今日はおめでとう」

笑顔でそう言われて悪い気はしない。
暁斗はふっとその表情を穏やかにして、ありがとう、と答える。

「桜上水の彼らはいい動きを見せてくれたけれど…中でも、一際光っていたわよ」
「玲さんにそう言ってもらえると素直に嬉しいな。俺の憧れの人だし?」

少し茶化すようにそう言っているが、暁斗自身の言葉が本気である事はよくわかっている。
暁斗と玲の関係を言葉で表すならば、知人だろう。
彼女は暁斗の母親の後輩で、今でも週に何度も電話をするくらいに仲が良い。
その年齢の差を考えれば学校での後輩ではないだろう。
ならば、一体どこで出会ったのだ?と疑問に思い、一度だけ尋ねたことがあった。
しかし、返って来たのは―――

『女の人はね。秘密を抱えて美しく咲くものなのよ』

なんて、今時二流ドラマでも言わないような台詞だった。
母の言葉に絶句して、今後それに関しての質問はやめようと心に誓ったのは小学校の中学年の頃だ。
今となっては良い思い出―――なんて言えるほど、生憎暁斗自身はまだ大人ではない。
あの日の誓いは、今も暁斗の胸にしっかりと残っている。

「暫く見ないうちに、随分といいプレーになったわね。あなたを変えたのは何かしら?環境?それとも…」

さっきの彼?と問いかける玲。
そんな彼女に、暁斗は慣れた様子で笑みを返す。

「もちろん、両方だよ。あいつは日常生活でもフィールドでもイイ相棒だからな」

そう答えた所で、先ほどのウエイトレスが注文した商品を運んでくる。
角砂糖を一粒だけ落とし、スプーンでクルリと掻き混ぜる。
そうして自分好みの味に仕上がったレモンティーを口に含み、玲の言葉を待った。

「信頼できるパートナーを見つけるのはいいことだわ。…翼を選んでくれたらもっと嬉しかったけれど」
「翼も信頼できる仲間だよ」
「それじゃあ親戚にはなれないわ。そうでしょう?」

自分に何と答えて欲しいんだ、と思いつつも、そうだな、と返す。
こう言った遣り取りは彼女と顔を合わせれば日常的なことなので、あまり深くは考えていない。
どうやら自分は結構彼女に気に入られているらしく、事あるごとに関係を深めようと策を練ってくれるのだ。
その最終地点が翼とのゴールインらしいのだが…残念だが、それは天地がひっくり返ってもありえないだろう。
親戚と言う位置に着かずとも、自分が彼女を慕っていることに変わりはないのだが、いくら伝えても分かってもらえない。
いや、彼女の場合は分かっていて、からかいも含めてそう言っているのだが。

「それより…本題に入ったら?こんな雑談の為に呼び止めたとは到底思えないんだけど」
「…相変わらずね」

そう言って微笑み、彼女はティースプーンで黒い液体をクルリとかき回す。
ブラックで飲む彼女にその行動は無意味の筈だが…まぁ、一種の癖なのだろう。

「今度、都内の選抜合宿が行われる事は知っている?」
「いや…初耳」
「でしょうね。とにかく…そのメンバーの招集を担当してるの」
「へぇ、ご苦労様」
「真面目に聞いて頂戴」

軽い調子で返してくる暁斗に、玲が少しばかり声を低くしてそういった。
何も全てを聞き流しているとは思わないが、自分が話そうとしている事は暁斗にとって大事なことなのだ。
真剣な態度で聞いて欲しい、と言う彼女の思いを悟ったのか、暁斗は姿勢を正した。

「私は、あなたも合宿に参加してもらいたいと思っているの」
「…その評価は素直に喜べますね」
「問題は―――わかるわね?」

言葉を濁した彼女に、暁斗は強く頷く。

「性別の問題…ですね」
「その通りよ。練習だって今よりもずっと厳しいけど…それは、心配していないの。ただ、そこだけが問題で…」

でも、暁斗を参加させないとなれば、選抜に関係しているメンバー全員から疑問の声が上がる。
暁斗は桜上水と言うネームバリューも何もない学校に通っているが、それだけではない。
U-14でも目覚しい活躍を見せる暁斗は、すでに大人たちの期待だった。
暁斗の参加は当然、そういう流れで話が進んでいる中、どうしようと悩んだのは真実を知っている玲だ。
ここは本人に尋ねるしかない―――そう判断して、暁斗を引き止めて今に至るのである。

「もちろん、参加するよ。その程度で怯むようなら、初めからこんな危ない賭けに出たりしない」
「そう…言うと思っていたわ。でも、あなたの口から聞いておきたかったの」
「チャンスは一つだって無駄には出来ない。評価してくれてる玲さんの為にも、参加するからには絶対合格するよ」

ニッと口角を持ち上げてそういった暁斗に、玲はどこか安心したように微笑んだ。

Rewrite 07.02.06