Soccer Life STAGE--15
空は快晴。
一つだけぽっかりと浮かんだ雲が青に良く映える。
風も気になるほどではなく、まさに絶好の試合日和だった。
「おー。皆、早いな」
足音を忍ばせてメンバーの下へと歩いた暁斗は、行き成りそう声をかけた。
ビクリと肩を揺らして振り向いた彼らは、暁斗の姿を捉えるなり各々に反応する。
「暁斗!!遅刻寸前だぞ!!」
「竜也、おはようさん。悪かったな、冷や冷やさせて」
「べ、別に冷や冷やなんか…!」
「こっちにも色々と事情があってさ。ま、来ちまえばどれも一緒なんだけど」
文句を言われる時間は短いに越した事はないよなー。
などと言う暁斗に、水野は訳がわからないと言った風に眉を寄せる。
そんな彼に、背後からその背中に圧し掛かるようにして声を掛けたのは、金髪を靡かせる成樹だった。
「タツボーン。来たんやから、お咎め無しでええやん」
「シ、ゲ!!重い!!」
「あぁ、暁斗。楽しげにタツボンの反応を見とるとこ悪いけど…姫さんがえらい顔で睨んどるで」
あっち、と彼が指差した先には、それこそ穴が開きそうなほどに暁斗の事を見ている翼が居た。
見ている、と言うよりは成樹の言うように睨んでいるに近い。
彼の傍らのメンバーも、こればかりはどうしようもないとばかりに肩を竦めるだけだ。
そんな彼らに苦笑し、暁斗は水野に向けて声を発する。
「悪い、竜也。ちょっと出てくるな」
「試合はすぐだぞ!」
「分かってるって。向こうさんに挨拶に行くだけだよ」
そう言って背中に掛かった引き止めるような声を無視して、暁斗は桜上水側から飛葉側へと歩いていく。
暁斗を知らぬ者は相手チームが何をしに来たんだ、とでも言いたげな目。
知る者は、翼を何とかしろ、と目が語る。
それぞれの視線に苦笑し、暁斗は前方から突き刺さる視線にも怯まずに歩く。
そして、彼の前に立った。
「どうも、飛葉中キャプテン。今日はいい試合をしましょう?」
挨拶と言ってきたからには、それらしい事をしてみよう。
少しばかり悪戯心が含まれていたことも否めないが、暁斗はそう言って手を差し出した。
今の今まで睨みつけていた彼は、その手を見て同性であっても一瞬は目を奪われそうな笑顔を浮かべる。
「よろしく。桜上水のキャプテン…なんて事はないよね?」
「はは、流石にそこまでドッキリをやるつもりはないよ。………ところで、そろそろ骨が軋んでいるんですけど?」
傍から見れば和やかに握手を交わす光景。
しかし、彼らの手元に着目していただきたい。
暁斗の手は、あらん限りの力をこめて翼に握られていた。
ギリギリギリ…と言う音でも聞こえてきそうなほどに、強く。
「学校を黙ってただけで十分だよ。まったく…何で、この間言わないわけ?」
フンッと勢いよく暁斗の手を払うと、翼はそう口を尖らせた。
予想通りの反応に、暁斗の笑みが深まる。
「いや、黙ってた方が面白いし。それに…俺対策の練習を強化されても困るし」
いつものフットサルメンバーが本気で抑えに来てしまえば、流石の暁斗でも彼らを抜くのは骨が折れる。
況してや、それに飛葉の他の部員まで加われば…正直な所、抜けるとは言えない。
まぁ、FWは自分だけではないのだからそれはそれで問題ないと言えば問題ないのだが。
「本音は半分、ってね。もう他に隠してる事はないんだろうね?」
「…秘密がある方が格好いいだろ?」
「何言ってんの。女じゃないんだから…」
いや、女ですから。
そう答える事もできないので、そこは曖昧に笑っておく。
現在進行形で、隠し事はある。
これは翼だけではなく、桜上水のメンバーにも秘密にしてあることだ。
事実を知るのは、このグラウンド内では成樹と…そして、もう一人。
先ほどからサングラス越しに自身に視線を向けてくる彼女だ。
今視線に気付いた振りをして彼女を見れば、その口角が持ち上げられる。
「間もなく試合を開始します。各校、中央へ!」
ピピーというホイッスルのあと、審判からの声がグラウンドに響く。
ろくな話は出来なかったなぁと思いつつ、自身の仲間の元へと歩き出す。
まぁ、こうなるようにあえて遅刻ギリギリにやってきたのだが。
翼の説教は始まると長い、それをよく理解している暁斗のささやかな悪知恵だ。
「飛葉中のキャプテンとは知り合いなのか?」
「あぁ、フットサル仲間だよ」
「だからあの時…」
フットサル仲間、と言う事は、お互いの実力もわかっていると言う事だ。
国部二中とも対戦している暁斗だからこそ、勝敗が分かっていたのだろう。
次の対戦相手を問われた時の暁斗の反応の意味を、今になって漸く理解した。
「強敵だな」
「うん?竜也も知ってんのか?」
「この間の短縮の放課後に、フットサル場で会ったんだ」
「…。(うわぉ、ニアミス。俺が帰ってからコイツらが行ったんだな)」
何とも素晴らしい偶然だ。
あの日は夕方から用事があったために、二試合ほど彼らと楽しんでから帰宅した。
ばったり顔を合わせていれば、今回のサプライズは成功しなかったなぁと思う。
そうしている間にメンバーが整列し、飛葉と桜上水は二列になって向き合った。
試合開始のホイッスルがグラウンドに響く。
暁斗はその昂りを現すようにトントンと地面を蹴っていた。
スターティングメンバーとして参加するのは久しぶりのような気がする。
一人でも点を稼ぐことの出来る暁斗は、部員が徐々に疲れてくる後半からの参加が多かった。
それも作戦のうちとは分かっているが、やはりこのホイッスルを聞き0点同士のスタートを切るのは訳が違う。
「いつも以上に楽しそうやなぁ、暁斗?」
「フットサルじゃなくてサッカーでお前らと対戦するのは、本当に久しぶりだからな」
自分のマークについているらしい直樹にそう笑みを返す。
屈託のない、と形容できるであろうそれに、彼は毒気を抜かれたように肩を竦めた。
「自分も大概サッカー馬鹿やわ」
「お前らに言われたくないなぁ」
「…それよか、暁斗。シゲとはえらい仲ええみたいやなぁ」
「おう。前から話してた、俺の親友」
以後お見知りおきを、とふざける暁斗に、直樹はぽかんと口を開く。
その間抜けな表情と言ったら、他のものに例えるもの難しいほどだ。
「暁斗…俺、前に話したよな?京都から逃げられたシゲを追ってるっちゅーて…」
「おう。聞いたぜ。あいつからも、サルの話は聞いたしな」
「せやったら教えてくれたってええやん!ずっと探しとったのに!」
「探しもんは自分で見つけねぇとな」
肩を落とした様子の直樹に、ポンとそれを叩いて声を掛ける。
そして、暁斗は手を離すなり走り出した。
「直樹!!何やってんだ!マーク!!」
「え?あー!!」
翼の声が飛んできて、初めて気付く。
すでに走り出していた暁斗の足元には白と黒のボールがあって、吸い付いているようにその足に絡んでいた。
「油断大敵!んじゃな!」
直樹にそう残して、暁斗は前線へと走り出ていった。
悔しそうにキーと声を発しながらも、直樹は遅れを取り戻すように猛烈な追い上げを見せる。
このまま逃せば、試合後と言わずにハーフタイムに翼の雷が落ちかねない。
「おぉ、いつにない猛ダッシュだな、直樹」
「当たり前や!逃がさへんで!!」
「んー…悪いけど」
ピタッと足を止められれば、暁斗の横を自分の限界速度一歩手前で駆けていた直樹は遅れを取る。
止まる事すら間々ならない彼ににっこりと笑みを返し、ポンとボールを成樹に回した。
その後はお役御免とばかりにさっさとポジションに引き下がる。
何ともあっさりした幕引きに、直樹は成樹を追うことも忘れてしまっていた。
「…暁斗の奴…」
「アレは、完全に遊んでるよな」
「何て言うか…楽しそうだね」
「ポチー!折角暁斗が穴作ってくれとんのに、しっかり動かんかい!」
「うぁ!!す、すみません!!」
「ちょっと。真面目に試合する気あるわけ?」
「え?何で俺に言うの、翼」
「暁斗が中心だからに決まってるでしょ」
「酷いなぁ…俺は普通にやってるだけだぜ?」
「どうだか、ね!」
「…流石に翼を直樹と同じ方法で抜こうってのは無理か」
そんな空気の中、試合は進む。
Rewrite 07.01.25