Soccer Life STAGE--13
合宿の成果も現れ、順調に駒を進める桜上水サッカー部。
「次の対戦相手は?」
対戦カードを見ている水野の傍らで、暁斗はひょいとそれを覗き込んで問いかける。
そんな暁斗に見やすいようにと、彼はそのプリントを傾けてくれた。
「国部二中か…飛葉中だな。聞いたことのない名前だ。きっと、天城の居る国部二中だろう」
「…へぇ、飛葉中…ね」
何かを含ませた暁斗の物言いに、水野は心中で首を傾げる。
しかし、いつもの気まぐれだろうと追求はしなかった。
暁斗はすでに相手は国部二中だろうと考えている彼に、クッと口角を持ち上げる。
「天城一人でどうなる相手じゃない。飛葉中は強敵だぜ、キャプテン…?」
すでに去った水野に向けて、暁斗はそう笑った。
その脳裏に浮かべられている人物は、数ヶ月前からフットサル場にて付き合いのある彼らだ。
香取によって、サッカー部全員のテストの点数を平均以上にしなければならなくなった。
内容は話すと長くなるので割愛しておく。
ただお叱りだけならば問題はないのだが、一人でも平均以下が居た場合には試合に出られないらしい。
その日は私用で部活に参加していなかった暁斗がそれを聞いたのは、翌日の事だった。
「それはまた…冒険しましたね、香取先生…」
呆れを含ませた声色とその表情に、彼女の肩が縮んでいく。
そんな反応に満足すると、珍しくも教科書やノートを持ち出している部員を見た。
「すっげ。珍しい光景だな」
思わずそう笑ってしまえば、部員からの必死な視線が暁斗へ突き刺さる。
その中には少なからず妬みのそれも含まれていた。
「いいよなー。暁斗は学年トップなんだから、関係ねーんだし」
「風祭に負けず劣らずサッカー尽くしの生活をしてて、何で成績が落ちないんだよ」
「それに、いつもサボってるのにな」
焦りや妬みと言った負の感情は、時として思わぬ凶器をその唇から吐き出させる。
そのことを理解しているし、告げられた内容もさして気になるものでもない。
暁斗はそれらを一蹴するかのごとく、クッと笑って見せた。
「人を妬んでる暇があったら、単語の一つでも覚えろよ。その方が為になるぜ?」
ここで説明を加えておくならば、暁斗は初めから勉強が出来たわけではない。
寸暇を惜しむその努力によって今の順位は保たれているのだ。
勉強はテスト前に詰め込むのではなく、日々少しずつ続けていく。
予習と復習さえきちんとこなしていれば、そうそう悪い順位など出ないものなのだ。
「誰も妬んでなんか…!」
「あ、そういう事言うんだ?教えてやろうかと思ったのに」
ニッと愉快そうに持ち上げられた口角に、暁斗に突っかかっていた全員が静止する。
貝の如く口を閉ざすには理由があった。
教師の授業が分からないから、テストが出来ない。
そんな方程式のもとに今の順位を築いている彼らにとって、暁斗はまさに天からの助け。
以前気まぐれに教えた時には、教えた全員の順位が少しずつ上がるという好成績を収めたのだ。
それを理解しているからこそ、暁斗に「教えない」と言われるわけには行かない。
況してや、今回は試合への出場が掛かっているのだ。
「雪耶様!!」
「勉強教えてください!!」
素晴らしい勢いですがり付いてくる彼らに、暁斗は思わず苦笑した。
まぁ、今回何も手を出さずに平均以下の部員が出れば、自分にも被害が及ぶ。
答えなど初めから決まっていたのだが―――それは、教えてやらない。
「仕方ねぇなぁ…。俺も、折角の試合を辞退するなんて御免だし…教えてやるよ」
「本当か!?」
「特別料金で」
にっこりと笑えば、彼らは面白いほどに固まった。
「何や、暁斗。こんな時に荒稼ぎか?」
「こんな時だからこそ、だぜ」
背後からにゅっと伸びてきた腕に首を取られつつ、暁斗はそう答える。
成樹はそんな暁斗の返事に口角を持ち上げた。
「大変そうやなぁ。まぁ、俺らが試合で活躍できるように頑張ったってや」
「雪耶はともかく、シゲ!お前は俺達側だろうが!」
彼らの言う「自分達側」と言うのは、落ち零れ組みということだろう。
しかし、成樹の反応は彼らの予想外のものだった。
「暁斗、俺まで平均危ないと思われてんねんけど…どない思う?」
「…ありえないな、とでも答えておくか」
暁斗の答えに驚くのはもちろん彼ら。
校内だけではなく、全国模試でもかなりの好成績を残している暁斗はまだしも、成樹だ。
いつもサボっているし、授業に参加していても机に突っ伏しているし―――絶対に、自分達側だと思っていたのに。
驚いて言葉も無い彼らに、暁斗と成樹は顔を見合わせて苦笑した。
「暁斗」
「んあ?竜也、どうした?」
放課後、風祭の家へと押しかけたサッカー部一行。
教えてくれ、教えてやるよ。
そんな遣り取りをしたのが今日の朝練の時だ。
宣言通り、暁斗は彼らの質問に丁寧に答え、今は問題を解かせている真っ最中。
そんな中、水野からの声に暁斗は首をそちらへと向けた。
「悪かったな、付き合わせて…」
「あぁ、別にいいって。俺だって、試合には出たいし」
次の対戦相手は十中八九彼らなのだから、この試合を辞退すれば後々愚痴を聞かされることになる。
尤も、『彼』にはまだ自分の学校を教えてはいないけれど。
「ま、俺が教えるんだから…平均以下は取らせねぇよ。安心しろ」
まだどこか不安そうな水野に、暁斗は安心させるように笑った。
そして彼の肩をポンと叩けば、漸くその表情が和らぐ。
勉強の出来る彼にとっては、平均以下と言う成績は想像も出来ない領域なのだろう。
かといって、自分は人に教えるようなタイプの人間ではない。
きっと悩んでいたのだろう、と暁斗は思った。
「所で、シゲはどこに行ったんだ?」
「あれ」
くい、とリビングの方を指す暁斗の親指につられ、そちらを向く。
金髪の流れる背中が見え、それがどこに向いているのかを理解した。
それと同時に、水野ははぁと短く溜め息を吐き出す。
彼が大人しく勉強してくれるような人間だとは思っていないが、皆が勉強している部屋でサッカーを観るとは…。
呆れて物も言えない、と言う状況を体験している水野に、その心中を悟った暁斗は苦く微笑んだ。
「ま、成樹は大丈夫だから…放っておけよ。煩くされるよりはマシだろ?」
要は、背中を向けている「勉強組み」がそれに気づかなければ問題ない。
流石の彼も音量はかなり絞っているらしく、今しがた入ったゴールに対する声援も本当に小さくしか聞こえない。
他のメンバーの邪魔をされるよりは…と思ったのか、水野は素直に頷いた。
「暁斗くん、この問題なんだけど…」
「どれ?」
脇から控えめにそう声を掛けられ、暁斗は風祭の方へと向き直る。
問題を読み取るなり、その解き方教えだす暁斗を見ながら、水野は自分も勉強する姿勢へと戻った。
Rewrite 07.01.21