Soccer Life STAGE--12
日曜日の国部二中との試合は、3対2と桜上水の勝利で終わる。
合宿の成果を存分に発揮出来た試合だった。
途中、天城と言うFWにより形勢が危うくなるも、それを乗り越えた上でのこのチームでの初勝利。
歓喜に沸く彼らに、暁斗自身も自然と笑みを深めたものだ。
それから数日後。
この所、どこからか連れて来たご老人との試合がなど、普通ならば思いつかないような練習をこなしてきた。
そうして、飽きと言うものが来ない、と喜んでいたのは暁斗だけではないだろう。
そんな、大会前のとある放課後のことだ。
「成樹ー。俺、先に行ってるぞ」
ひょいと鞄を肩に担ぎ、未だ準備できていない成樹にそう声を掛ける。
彼は最後の授業で先生の呼ばれていて、まだもう少し時間が掛かりそうだったからだ。
本人もそれを分かっているのか、軽く腕を上げて答える。
「雪耶くん部活頑張ってね!」
「おう!ありがとな!」
クラスメイトにそんな風にして送り出されるのも、いつもの事だ。
ニッと笑ってそう答えれば、声を掛けた女子が軽く頬を染めて手を振ってくる。
彼女に手を振り替えし、暁斗は教室を後にした。
玄関までの廊下の一部に、グラウンドの見える所がある。
いつもそこからの風景を見つつ横切るのだが、今日に限ってはその風景が少しばかり違っていた。
「ん?誰だあいつ」
視力は悪くないが、この位置から人間を判断するのは難しい。
ただ、見覚えがあるかないかの判断になってくるわけだが―――今回は、後者だった。
「どっかで見たシルエットだなぁ…」
こんな廊下の片隅で足を止める事などそうないが、暁斗は窓の方へと歩み寄ってその進行を中断する。
ガラス越しに見ているその人物には、やはり見覚えがあった。
人物に、と言うよりも、寧ろそのフォームに、だ。
「最近…見たような…気がするんだけどな」
どうも、思い出せない。
うーん、と頭を捻りつつも、答えが見つからない事を悟ると玄関への足を速める。
分からないなら、分かる位置まで行けばいいのだ。
「お?」
「“お”?あ!!暁斗ー!!」
玄関で靴を履き替え、テコテコとグラウンドへと向かう。
その道中で、暁斗は漸くそのいつもとは違う風景を作り出していた人物の正体を知った。
思わず発した声と言うか単語に、その人は耳ざとく反応する。
そうして、元気よくこちらに向けて「自分はここだ」とばかりに手を振ってきた。
耳や尾が見える気がする、と言ったのは誰だったか。
「藤代じゃん」
「暁斗久しぶりー!!!あ、不破、ちょっとタイムな」
今まさに蹴ろうとしていた状況で、藤代は暁斗の元へと駆けて来る。
不破に対して一言声を掛ける余裕があっただけでも十分なのかもしれない。
すぐ傍らに駆け寄ってきた彼は、飛びつかんばかりの勢いで口を開いた。
それがある程度治まってきた所で、暁斗が口を開く。
「で、お前どうしたわけ?」
「敵情視察」
「ふぅん…武蔵森のお眼鏡にかなうチームだとは思わねぇけどなぁ」
「桜上水は十分強いって!それより、暁斗もやろうぜ!」
そう言って、駆け寄ってくる際に一緒に連れてきていたサッカーボールを暁斗の足元へと蹴る。
ポンッとそれを足首で受け止めると、暁斗は肩を竦めた。
「また制服から着替えてもねぇっつーのに」
「いいからいいから。俺も制服!」
やれやれ、と肩を竦めつつも、暁斗は鞄を邪魔にならない場所へと放り投げて歩き出す。
それでも準備運動を忘れない辺りは、流石スポーツマンと言ったところだろう。
「1対1で、先にゴールに入れた方が勝ちな。不破、OK?」
「あぁ。今日こそ止めるぞ、雪耶」
「止めれるもんなら止めてみな」
まるで挑発するようにクイッと指を折る暁斗。
すでに据え置き状態になっている藤代が「俺も居る!」と声を上げれば、暁斗はわかっているとばかりに笑みを浮かべた。
「んじゃ、公平に…。3・2・1・GO!」
3メートルほどの距離を開けて立ち、暁斗は足元のボールを蹴り出す。
丁度二人の真ん中に落ちるように頭上に蹴り上げたそれを、同時に見上げた。
駆け出す藤代にやや遅れつつ、暁斗もボールに追いつく。
「本気出せよ、暁斗!」
「えー?本気出したら一瞬だけど…それでいいわけ?」
ゴール前を競り合いつつ、そんな言葉を交わす。
「そんな事ないって!」
「だって、俺負けないし」
そんな言葉と同時に、彼の足元にあったボールをひょいと脇に抜き取る。
そうして自身の足元へとそれを絡めれば、悔しそうな声が追ってきた。
「不破覚悟!」
ちょっと雰囲気を出す為にそう言ってみれば、いつの間にか集まっていたギャラリーから声が上がる。
それを聞きつつ、ギリギリまで粘ってからボールを蹴り出す。
不破の股を抜けたそれがゴールネットを揺らせば、先ほどとは比にならない歓声があがった。
その声の高さから、女性層が多いということがよくわかる。
「上手い事抜いたなぁ、流石暁斗や」
そんな声に、暁斗は振り向いた。
そこに居たのは予想と違わない人物で、自然とその口角を持ち上げる。
「見てたのか?」
「丁度な」
準備を終わらせて先に来ているはずの親友を追って、足を急がせた。
いざグラウンドに足を踏み入れてみれば、周囲にはいつも以上のギャラリー。
不思議に思って部員である事を理由に人の壁の中を通り、その原因を知った、と言うわけだ。
尤も、ギャラリーの殆どが女子生徒で、一度は練習を見に来ていたような顔ぶれだったので予想は付いていたが。
「面白い事しとるやん」
「まぁな。俺の圧勝だけど」
そう言って楽しそうに聞こえるように言ってみれば、藤代から悔しそうな声が上がる。
こう言う反応が返ってくるから面白いんだよ、と思いつつ、直されても困るのであえて教えてやらない。
先輩達にもからかわれているんだろうなぁ。
そんな事を思っていると、すでに彼の興味は成樹と一緒に来ていた風祭の方へと向かったらしい。
陣中見舞いという名の大量のお菓子を貰い、再会を懐かしんでいると、漸くコーチがやってきた。
藤代は松下のファンらしく、彼が来るなり興奮を露に駆け寄っていく。
あぁ、また尾が見える。
そう思ったのは、果たして暁斗だけだろうか。
「さっき、楽しそうだったな」
「はい?」
交代でフィールドを離れた暁斗は、部員の動きを見ていた。
合宿以来それなりに身体の動かし方を覚えつつあり、部活サッカーとしては十分に機能してきている。
そんな暁斗に、松下が掛けた言葉は、暁斗にとっては予想外のもの。
思わず間の抜けた返事を返してから、先ほどの藤代との一勝負のことだと気付いた。
「見てたんですか?」
「偶然な」
「そうですか。…まぁ、楽しいですよ。上手い奴と勝負するのは」
弱い奴との勝負がつまらないとは言わない。
それでも、やはり自分と同等かそれ以上の人とのそれは、興奮や快感と言った感情を覚える。
見る人が見れば、その変化は一目瞭然なのだろう。
しかし、それに気付かれたという事は、同時に―――
「俺、部活サッカーがつまらないとは思ってませんよ?」
一応、そう釘を刺しておく。
暁斗の言葉に彼はきょとんと見つめ返し、そして煙草を唇で噛んだまま笑った。
「君は、いつも楽しそうにプレーしてるよ。つまらない顔なんて、一度も見ていない」
「…そうですか。安心しました。仲間にまでそう思われてるのかと思って、ちょっと焦りました」
「彼との時は、何て言うか…好敵手に対するような、そんな楽しそうな顔だったよ」
思い出しているのか、喉で笑いながらそういった彼に、暁斗は少しばかり驚く。
この人は、部員の事をよく見ている。
自分が目立たない部員だとは言わないが、それでもしっかりと見ていなければこんな事を断言は出来ないだろう。
良いコーチに巡り合えたと思う。
「コーチと勝負しても、きっとそんな表情になりますよ」
どうですか?今度一勝負。と問いかければ、彼は曖昧に笑った。
体力の点で無理だ、と断るが、頼めばきっと一度くらいならばしてくれるだろう。
それを想像して笑い、丁度聞こえてきた自分を誘う声に、暁斗はまたフィールドへと舞い戻った。
Rewrite 07.01.19