Soccer Life STAGE--11
「ほい、終了。お疲れさん」
ポンと肩を叩き、暁斗はハサミを置いた。
そして、手をこちらに戻すついでに脇においてあった鏡を手に取る。
それを小島の前へと差し出した。
「す、ごい…」
「だろ?手先の器用さには自信あり」
彼女の持つ鏡に映る位置でVサインを見せる暁斗に、彼女は笑った。
そうしてありがとう、とお礼を言う。
見るも無残なことになっていた髪形は、暁斗の手によって綺麗に整えられていた。
裾の方に向けて軽く段がつけてあるのか、重い雰囲気を感じさせず、スッキリとした纏まりだ。
その辺にあった事務用のハサミでこれだけのことをやってのける暁斗には、最早感嘆の声しか漏れない。
「流石雪耶くんね!!凄いわ!!ありがとう!」
「どういたしまして。これに懲りたら、人の髪は触らないことですよ、香取センセ?」
「う…。肝に銘じておきます」
原因である香取はしゅんと肩を落としてそう答えた。
まぁ、失敗した後に自分で何とかしようとせずに暁斗を呼んだという点は正しい行動だっただろう。
「それにしても…器用ね…。どこでこんなの覚えたの?」
「んー…妹の髪を俺が切ってやってるから、かな」
「雪耶が!?あ、でも、これだけ上手いなら納得かも…」
「美容院に行きゃいいんだけどさ…。あいつ、人に髪を触られんのが嫌いなんだ」
前に無理やりに連れて行った時には、美容師にその小さな拳に全体重をかけたパンチを食らわせて帰ってきた。
下手をすれば営業妨害だろう、と思えるところだ。
それに関しては、元モデルと言う無駄に良い容姿を持つ母のお蔭で事なきを得た。
仕方なく家族総出でハサミを持ってみたところ、一番上手かったのが暁斗だった、と言うわけだ。
それ以後何度か回数を重ねる事により上手くなっていき、今では自分の髪も切ってしまう上達振りを見せている。
「サッカーじゃなくても生きていけるわね」
「…生憎、俺はそれ以外で食ってく気はサラサラねぇけどな」
意図せずに、少しだけ声が低くなってしまう。
サッカーに縋りつく必要などないじゃないか、と言われた気がした。
暁斗の微妙な変化に気付いたのか、小島はハッとした表情で首を振る。
「ごめん!そんなつもりじゃなくて…」
「分かってるって。んじゃ、小島もセンセも…早く寝た方がいいぜ。あぁ、後片付けが残って―――」
「あ、大丈夫。私達がしておくから。雪耶はもう休んで」
「そうか?なら…そろそろ失礼するよ。こんな夜更けに女子の部屋に居るもんじゃねぇからな」
見つかればあいつらが煩そうだ、と口角を持ち上げると、暁斗はドアに向かって歩いていく。
そうしてそれを閉じる直前に二人を振り向き、おやすみ、と言い残した。
パタンと閉じされるそれを見つめる小島と香取。
「先生…雪耶って、人気があっても仕方がないと思いません?」
「そ、そうね。嫌だわ、雪耶くんを見てると、危険な恋に足を踏み入れちゃいそう」
「………」
明らかに呆れた、と言う風な視線にも気付かず、香取は赤らんだ頬を手で挟みこんだ。
「えらい帰りが遅い思ったら…女ん所やったとはなぁ。流石のシゲちゃんも予想外やわ」
背後からの声に、暁斗ははぁと溜め息を吐き出した。
よく知りすぎている声の持ち主は、妬んでいる訳ではない。
寧ろ、暁斗の現状を楽しんでいる筈だ。
「成樹…相変わらず目ざとい奴だな」
「そうか?偶々宿直室から出てくる暁斗を見つけただけやねんけど」
「それが目ざといっつーんだよ。普通、こんな廊下通らねぇだろ」
この分だと、宿直室に入るときから目を付けられていたのだろう。
飄々とした態度を崩さない彼に、暁斗は肩を竦めて歩き出す。
そうすれば、その二歩ほど後ろを同じく足音が追って来た。
薄暗い廊下はシンと静まり返っていて、二人の足音が嫌に響く。
付いてきているのが成樹だという実感がなければ、思わず背筋を震わせるような状況だ。
尤も、ホラーなど全く恐くない暁斗がそうなるかは分からないが。
天井にぶら下げるようにして取り付けられている時計を見れば、すでに12時を回っている。
いつの間に日付が変更したんだろう…と思いながら、暁斗は窓の外を見た。
生憎、晴天とは言えず、雲によってあちらこちらの星が隠されている。
「宿直室で何しとったん?」
「んー?明日になればわかるよ」
「教えてくれへんの?ケチやなぁ」
「明日まで待てねぇの?短気だなぁ」
同じような調子で返せば、相手も自分も、笑いがこみ上げてくる。
まだ寝てはいないだろうが、すでに就寝準備に入っているのか体育館の方も静かだ。
出来るだけ廊下に響かせないように笑い声を堪えつつ、二人は各々の肩を震わせる。
「しゃーないなぁ。明日まで待ったるわ。シゲちゃんは短気ちゃうからな」
「はいはい。さっさと寝ようぜ。どうせ明日も早いんだしな」
「…それにしても…本来宿直室で寝るべき自分が堂々と体育館に向かってるんは何とも不思議な……っと。何すんねん」
男前に磨きが掛かるやないか、と言いながら暁斗が繰り出した拳を片手で受け止める成樹。
彼は、自分の言葉の途中で暁斗が拳を握った事に気付いていた。
その時に見逃していれば…今頃、彼の頬にそれが埋まっていただろう。
今までの経験から知っていることだが、暁斗のパンチは容赦ない。
翌日まで腫れる事は間違いなかった、と心中で冷や汗を流した。
「誰が聞いてるかわからん所でふざけた事ぬかすな?」
「…り、了解や。頼むからもう片方は握らんといて」
よく見れば、今自分が受け止めている拳は暁斗の利き腕とは逆だ。
なるほど、相棒としてある程度は優遇されていたらしい。
にっこりと笑ってもう片方をチラつかせた暁斗に、成樹は口元を引きつらせて答える。
「ったく…。別に、雑魚寝に関しちゃ気にしてねぇよ。今更だしな」
「まぁ、確かに二晩寝てんねんから今更やけど…」
「この道を選んだ時点で覚悟済み。わかったらさっさと行くぞ」
思春期の男女としては些か問題があるだろう。
しかし、それに文句を出す事は出来ない。
暁斗は男としてこの学校に通い、サッカー部に所属しているのだ。
下手をすれば自分の性別を忘れてしまいそうなほどに馴染んでいる暁斗。
いっそ、男に生まれれば…そう思った事は数知れず、けれど、今はこんな人生も悪くはないと思っている。
綱渡り人生、と言っても過言ではないけれど、自分なりに中々気に入っているのだ。
この、何とも言えないスリルは、試合とは一風違った感覚を暁斗にもたらしてくれる。
「途中下車は趣味じゃねぇしな」
「何や?」
「何でもねぇよ。それより、試合は俺出んのかなぁ」
クッと口角を持ち上げると、暁斗は試合の事に話題を変える。
それに食いついた成樹は、すぐさま答えた。
「そら、出るやろ。フォーメーションは暁斗を入れての3トップやで?」
「でも…俺が出ると、カザの出番がなぁ」
「…自分、試合に出番も何もあらへんやろ…」
「成長途中の奴の邪魔をするのはどうも気が引けるんでね」
「自分はもう成長途中ちゃうん?」
大げさに驚いた風な表情を見せる彼に、暁斗はまさかと答える。
すでに全盛期だと過信する事無く、いつだって、自分は成長途中だと思っている。
「この合宿の成果はどう出るか…楽しみだな。ポジションも色々変わったし」
「せやな。俺と暁斗が11人居れば完璧なチームが出来るけど…そういう訳にもいかんし」
「はは!何を馬鹿なことを…。そんなチーム、すぐに潰れるさ。一人一人が違うから面白いんだよ、サッカーは」
「…よぅわかっとるな、暁斗」
「当然。お前も、思ってないことをよく言うぜ。大体、同じ顔が11人なんて…気色が悪い」
「…ファンなら喜びそうやで」
「どーだか」
廊下の先まで、楽しげな声は響く。
Rewrite 07.01.14