Soccer Life STAGE--10
「何や、神妙な顔して」
「いずれは出てくる問題だった。予想よりは、遅かったな」
胡坐をかく暁斗の傍らで、成樹は体育館の床にごろりと身体を横たえている。
今はミーティングの最中であるにも拘らず、二人はその枠を外れてほぼ別行動をとっていた。
寧ろ、彼らがミーティングに参加している事だけでも評価すべきなのかもしれないが。
二人は会話が部員に届かないであろう位置に腰を下ろし、声を潜めて会話する。
「今の小島の気持ちは…暁斗が一番よくわかるんちゃう?」
「…まぁな」
「で、色男はどないすんの?」
「何も」
そう言って肩を竦めると、暁斗は体育館の壁に凭れかかる。
成樹の視線を感じて、暁斗はそっと苦笑した。
「何を言っても、性別が変わるわけじゃないからな。気付いてるのは俺だけじゃない。俺よりも適任が居るさ」
そういった暁斗の視線の先に居るのは、水野。
部員の意見が、小島を次の試合に出そうと言う方向に進んできている。
暁斗からすれば苦笑を浮かべる以外にどう反応すればよいのか分かりかねるころだ。
暁斗自身は、こうして男と生活しているから皆の中に入れるけれど、女としての参加は無理だと思っている。
そう思っていないならば、それが出来るならば…こんな無茶な決意をしたりはしなかった。
何も分かってねぇ、と呟いた暁斗の声は、近くに居た成樹だけに届くくらいに小さなもの。
「一番傷つくのは、部長でも言い出した部員でもない…あいつ本人なんだよ」
ポケットに手を突っ込んで、暁斗はことの成り行きを見守るように目を細める。
次の試合に小島を参加させる、それで話が纏まりそうだった所に、反対の意見を出したのは他でもない水野だった。
彼の一声により、ミーティングの空気が重くなる。
「わかりました。邪魔者は消えます。ミーティング続けてください」
そう言って小島が体育館を出て行けば、いよいよ険悪な空気が肩に圧し掛かってきた。
彼女を追って水野が出て行けば、暁斗ははぁ、と短く溜め息を吐き出す。
一言部員に言ってから行けばいいのに、何とも不器用なキャプテンだ。
このままで話し合いを続けろ、と言うのは些か無理があるだろう。
「ポチも追ってったわ」
「…だろうな。ったく…誰が尻拭いすると思ってんだよ」
気だるそうに壁から背中を離すと、明らかに話し合いではない空気を纏っている部員らに近づいていく。
水野に対する冷たい言葉も聞こえる中、暁斗の接近に気付くものはいなかった。
ホワイトボードの傍らに立ち、軽く腕を持ち上げる。
そして、バンッとそれに手を叩き付けた。
シン、とその場が静まり返る。
「黙って聞いてりゃある事ない事をぶちぶちと…鬱陶しい」
「暁斗暁斗、眠いからってちょい本音が出すぎや」
「成樹は黙ってな。俺の前で竜也の事をとやかくは言わせない。あいつは何も間違ってねぇからな」
その発言により、暁斗は針のような視線を浴びる事となった。
無論、暁斗はそれを覚悟の上で、水野を擁護するような行動に出ているのだ。
そんな視線など関係ない。
「雪耶も小島を仲間だと思ってないのかよ」
「お前がそう思うなら…そうかもな」
肯定も否定もしない暁斗に、ざわざわと波紋が広がる。
不協和音はとどまる事を知らないようにその輪を広げていった。
「案外冷たい人なんだな、雪耶先輩って」
「いつもは優しいのにな…」
そんな声が聞こえ、成樹は軽く眉を寄せる。
暁斗のどこを見てそんな事が言えるのか。
今だってホワイトボードを叩いた手をぎゅっと握り締めていると言うのに。
憎まれ役を買って出ている事に、彼らは気付きはしないのだろうか。
「男女の性別の壁はな、お前らが考えてるよりも高くて険しいんだよ」
「お前なら分かってるみたいないい方だな、雪耶」
「…まぁ、否定はしない。第一、竜也は仲間と思っていない奴を追いかけていくような人間か?」
「それは…」
「信じられないって言うなら、追いかけろよ。今頃話が纏まってきてると思うぜ」
そう言って、暁斗はクイッと顎で出口を指す。
顔を見合わせ、誰ともなしに立ち上がり、そちらに向けて歩き出した。
ゾロゾロと集団で移動していく彼らを見送り、暁斗は肩を落とす。
「ったく…馬鹿な奴ら。試合を明日に控えて仲間割れでもする気かよ」
「暁斗も十分言葉足らずやで。あれでは、敵を作っても文句言えんわ」
「あえてそう言う風に話を進めたからな。何も問題はない」
そろそろ向こうも話が落ち着いた頃だろうし、彼らが言ったとしても邪魔にはならないだろう。
水野が詳細を説明するとは思わないが、小島との関係が悪化していない事を見れば、どちらが正しかったのかはわかる筈だ。
尤も、関係が悪化している可能性だって否定は出来ないのだが―――それはないと断言できる。
「さて…ぼちぼち俺らも行こか」
「んー…面倒だなぁ。結果なんて分かりきってるのに…」
「サッカーは団結命や。ほれ、キリキリ歩け」
ぐいぐいと背中を押され、面倒そうに溜め息を吐きつつ暁斗は出口へと歩いていく。
本心から面倒だと思っていない事は、その表情から明らかだ。
それを分かっているからこそ、成樹も暁斗を連れて行こうとする。
ボールを蹴る音がして、あぁもう大丈夫なんだなと、自分の予想通りの展開に目を細めた。
困った時の神頼み、ならぬ、困った時の暁斗頼み。
あれから、皆で一頻りボールを追いかけるように戯れたサッカー部。
汗を流す為に順にシャワーを使い、後は各々就寝前の楽しいひと時を過ごしていた。
初めの頃に使用した暁斗はさっさとシャワールームを後にする。
タオルを首から提げたままの状態で廊下を歩いていた暁斗は、泣き出しそうな声に呼び止められた。
振り向いた先に居たのは香取先生で、何やら必死の様子。
話を聞けば、暁斗は溜め息をつかざるを得ない状況をもたらしてくれた彼女を呆れた表情で見つめた。
「香取センセ…また、適当な事しましたね…」
彼女に連れられて訪れた宿直室。
髪が床に落ちないようにと敷かれた新聞紙の上で、ビニール袋を肩からかけたまま座っているのは小島だ。
あの長い黒髪はどこか―――ではなく、彼女の足元に落ちている。
「だって…出来ると思ったんだもの…」
「自信が無いなら、人の髪には手を出さない方がいいっスよ。況してや、相手は女の子なんですから」
そう言いながら、テーブルの上においてあったハサミを手に取る。
そして、半ば放心状態の小島の方へと歩き出した。
お分かりかもしれないが、状況を説明しておこう。
香取先生は小島に頼まれ、散髪を試みた。
髪を切る理由は、一般的に浮かべられがちな失恋ではなく、心機一転、と言う心情を自他共に示すためだろう。
結果、予想外に香取先生が不器用で、乱雑に切られた髪に本人は放心状態―――と言うわけだ。
「小島…災難だったな」
「っ雪耶!?」
「おぉ、俺。気付いてなかったのか」
「や、やだ…何でここにいるの!?」
そう言って髪を隠すようにバッと振り向く彼女。
よほど見られたくなかったのか、その心中がありありと現れた表情で暁斗を見た。
そんな彼女に苦笑し、暁斗は口を開く。
「出張美容師、なんてな」
シャキンとハサミを一度鳴らし、そう答える。
その答えは予想外だったのか、小島は香取と暁斗を交互に見た。
「ごめんね、小島さん!
嫌かと思ったんだけど、そのままにしておくわけにいかないし…ほら、雪耶くん、何させても器用だから!」
「急遽髪を整えてやってくれって頼まれたんだよ。―――で、どうする?」
ハサミを片手に、暁斗は小島に問いかける。
サッカーをやるような子だとしても、やはり彼女は女の子だ。
人目が気になるのか、心境的には頷きたいらしい。
しかし、それを止めているのは、先ほどの香取先生の失敗があるからだろう。
もっと酷くなってしまったら―――そんな考えが、彼女が頷く事を躊躇わせている。
「俺が髪に触れていいって言うなら…プロ級とまでは行かなくても、見れるようにはしてやるよ」
これで失敗したら、俺の髪をバリカンで刈っても構わない。
暁斗のファンが聞けば卒倒しそうなことまで約束した暁斗に、小島は漸く首を縦に振る。
そんな彼女に、暁斗は「よし」と微笑んだ。
その微笑みに小島だけでなく、香取先生まで僅かに頬を染める。
「んじゃ、さっそく。触られるの嫌だろうけど…ちょっとだけ、我慢してくれよな」
美容師でも何でもない異性に髪を触られるというのは、気分のいいものではないだろう。
些細な事かもしれないが、男性を装う暁斗はそう言う事に敏感になるように努めていた。
本当は女だから、と言う油断が相手を傷つけてしまわないように。
「…大丈夫だから」
「そっか。肩の力は抜いてろよ。そんなんじゃ、疲れるだろ?」
ポンと頭に手を乗せれば、彼女はもっと緊張してしまう。
そんな彼女の反応に苦笑しつつ、暁斗はその黒髪をそっと拾い上げた。
香取が見守る中、チョキ、チョキとハサミを進めていく。
Rewrite 07.01.10