Soccer Life STAGE--09
つい先日武蔵森との試合を終えた桜上水サッカー部は、それまでには無いほどに活気に溢れていた。
あの試合が影響し、新入部員やらギャラリーが増えたのが主な理由だ。
いっそ穴が開くのでは、と心配になるような視線の嵐を背中に感じつつ、ゴールに向き合う暁斗。
PKの練習として向き合っているのは、暁斗の相棒である成樹だ。
パンッと自身の手同士を叩きつけ、彼は口角を持ち上げる。
「どっからでも来いや!」
「んじゃ、遠慮なく」
そう答えるなり、暁斗は姿勢を低くする。
腰を落とす事で、次の動きを速くするためだ。
そうして、見詰め合う(睨みあう)こと数秒。
先ほどまでは声援を送っていたギャラリーも、筋トレ中の部員達も、皆彼らに注目していた。
ピクリ、と暁斗の利き足が動く。
他の部員ならば、蹴られてから動いても間に合うが、相手が暁斗では話は別。
暁斗の癖を誰よりも理解している成樹は、そちらの足とは逆の方に動いた。
利き足で蹴ると見せかけ、それを軸に反対の足で蹴る。
そう予測しての行動だった。
バシュッとボールがゴールネットを揺らす。
「………フェイントかー!!」
やられた、と頭を抱える成樹の声を皮切りに、歓声が上がる。
暁斗は成樹が読んでいる事を見越し、反対の足でボールを跨ぐと利き足にてボールを蹴り出したのだ。
黄色い声援が暁斗の名を呼ぶ。
それに応えるように、暁斗は振り向いて軽く手を上げると、成樹の方へと歩いた。
「次お前が蹴れよ。代わる」
「頼むわ。キーパーばっかりやっとるとゴールに向き合う感覚が恋しくなるわ」
グローブを外すと、それを暁斗に差し出しながら彼はそう言って笑った。
その気持ちは、自分もよく分かる。
頷きながらそう言えば、彼は「せやろ?」と得意げに笑った。
「ブランクあるんやから手加減したってや」
「PKでどうやって手加減するんだよ。ほら、さっさと位置に付け」
しっしっと犬を追い払うような仕草を見せる暁斗にさえ、女子の熱の篭った視線が向けられる。
それを感じつつも、暁斗と成樹は気にする事無く部活を楽しんでいた。
「しかし…試合に出てた奴ならまだしも…何で俺まで騒がれるかねぇ…?」
PK練習を終え、互いに攻防に別れての練習を進めていた暁斗と成樹。
そんな事を呟いた暁斗に、成樹はコントロールをミスしてボールを遥か向こうに蹴り飛ばしてしまう。
「何や…自分、そんな事も知らんの?」
「いや、自惚れじゃ無くて、自分の人気は分かってんだけどさ…。これは、どう見ても前と同じじゃねぇだろ」
「あそこで目を輝かせとるんは、自分が怪我してまで女子生徒を助けたヒーローにお熱、っちゅーわけや」
「自分が怪我して……?あぁ、あの時の話か…。広まってたんだな」
知らなかったよ、と呟く暁斗に、成樹は長い溜め息を吐き出した。
普段は割と鋭い癖に、何故こう言う関係の話にだけは疎い時があるのだろうか。
恐らく、この朗らかで、それで居て兄貴体質な性格が無ければ、敵は自分よりも多いものと思われる。
同性であるにも拘らず、フェミニストなのだから余計に、だ。
「道理で尋常じゃない数の差し入れを貰うわけだ」
「気付いとらん自分も凄いと思うで?」
「や、だから不思議だったんだよ。あぁ、これで納得」
うんうん、と頷いている暁斗に、成樹はもう一度肩を落としつつ長い溜め息を吐き出した。
新しい部員、そしてコーチを迎え、サッカー部は合宿に入る。
合宿一日目の夜、口にするもおぞましい夕食を出された成樹は、メンバーと共に買い食いに出かけた。
一人、夜空を見上げる暁斗を見つけたのは、その帰りのことだ。
すでに仲間とは別れ、自身の腕に紙パックのコーヒーやらパンやらを抱えたまま、暁斗に近づいていく。
足音で気付いているだろうが、暁斗はこちらに顔を向けない。
そんな暁斗の様子に、成樹は心中で首を傾げつつも歩みを進めた。
「何や、暁斗。えらいシケた面やないか」
「あぁ、成樹。お帰り」
帰ったんだな、と言いつつも、視線は空を仰ぐ。
その隣に並ぶと、彼はふぅと息を吐いた。
そして、腕に抱えていたものを片腕に持ち直し、暁斗の腕を引いて歩き出す。
「成樹?」
「折角や、屋上いくで」
ぐいぐいと腕を引かれ、その時になって初めて彼に視線を向ける。
その戸惑うような、呆れるような視線を背中に感じつつも、成樹は屋上への慣れた道のりを進んだ。
普段、教師が鍵を閉めたつもりになっている屋上の扉は、実は鍵が壊れている。
カチリと音がするから、気付かれないのだろう。
屋上のコンクリートに腰を下ろすと、成樹は暁斗にコーヒーの一つを投げる。
それを片手で受け取り、礼を言ってからストローを刺した。
「何を考えとったんや?」
「…お前には誤魔化しはきかない…か」
ふぅと息を吐き出し、暁斗は成樹の視線を逃れるように、再び夜空を仰ぐ。
見下ろしてくる満天の星空に背中を押されるようにして、唇を開いた。
「俺はずるいのかなって思ってたんだ」
「…小島のことか?」
そう問いかけられ、暁斗は口を噤む。
沈黙は肯定だった。
「アイツは、違うよ。見て楽しみたい奴じゃない。サッカーがしたい奴だ」
「…まぁ、確かに…。見て楽しみたいだけなら、失敗した奴をもどかしげに見たりはせんからな」
「だよな。…アイツは出来ないのに、俺だけ出来るなんて…ずるいな、って…そう思ったら…」
なんか、遣る瀬無くて。
そう呟くと、暁斗は…いや、紅は、自身の膝を抱いた。
その態度や仕草は、普段の暁斗ではない。
どこか儚い空気を纏う姿に成樹は思わず言葉を失った。
「紅は、自分でちゃんと選んだんやろ?この道を生きていくって」
「その…つもりなんだけど…やっぱり、迷うんだよね」
何でかなぁ、決めた筈なのに。
悩んで、悩んで、悩みぬいて。
両親に反対されて、説得して。
そうして選んだ道だと、後悔などするはずが無い、迷う筈がない…そう思っていた。
けれど、実際に自分と同じ壁を前に、歩く事を躊躇っている小島を見て、紅は迷ってしまった。
この道を進んでいいのだろうかと、彼女に対する遠慮すら抱いてしまった。
「選ぶも選らばへんも、本人の自由や。まぁ、紅の思考が普通とは違ったっちゅーんは否定できんけどな」
「………」
「紅は紅の思うように進んできたんやから…その道を迷ったら今までの努力が無駄になるで?」
励ますと言うよりは、優しく落ち着かせるように。
紅の銀髪に指を通し、その頭を撫でた。
サラリとした質感のそれが指の間を通り抜けていく。
「紅のサッカーは、自分の生き様そのものや。俺は、紅のサッカー好きやで」
「…ありがと」
膝に顔を埋めながら、成樹の肩に凭れる。
こんな所を誰かに見られたらどうするんだ、と脳内に警鐘が響く。
けれども、それでもこの温もりに触れて居たいと思うほどに、心は参っていたらしい。
それを知ってか知らずか、成樹も咎める事無く髪を梳き続ける。
もう少しだけ、もう少しだけ。
何ども自分自身にそう言い訳しながら、そっと目を閉じる。
ありがとう、ともう一度だけ唇を動かす。
声にならないその言葉は、彼の耳に届く事は無かった。
Rewrite 07.01.07