Soccer Life STAGE--08
初めから、勝てるなんて妄想を抱いてはいなかった。
けれど…彼らは、善戦したと思う。
勝たなければ先には進めない、けれども、敗北から得るものも確かにある。
無情な試合終了のホイッスルを聞きながら、暁斗は空を仰いだ。
「お久しぶりです、桐原監督」
廊下を歩いていた暁斗は、前からこちらに向かってくる男性に気付く。
初めは誰だかわからなかったけれど、近づけばそれも徐々に明らかになった。
笑みを浮かべてそう声を掛けてきた暁斗に、彼は驚きつつ、しかし、あぁと答える。
「君か…。そう言えば、フィールドに居なかったな」
「先日足を捻挫してしまって」
スッとジャージの裾を捲くれば、そこに巻かれた包帯が露になる。
それを見ると、桐原の方も納得したように頷いた。
「サッカー選手に足は命だ。気をつけなさい」
「…ですね。それ、相棒にも言われましたよ」
そう言って苦笑する暁斗に、桐原は「ゴールキーパーの事か」と呟いた。
そう広くは無い廊下だ。
その呟きが暁斗の耳に届くのも無理な話じゃない。
「気付いていましたか、流石の洞察力。御見それしました」
「君とプレースタイルがよく似ている。二人で前線を攻められた日には、うちも危うかっただろう」
「ご冗談を。サッカーはたった二人で勝てるほどに甘くはありません」
「だが、流れを変えるには十分だろう。そう…例えば、あの9番」
9番、それは、武蔵森から転校してきた風祭将の背負う番号だ。
彼の言いたい事を理解し、暁斗はふっと口角を持ち上げた。
「惜しい選手を手放しましたね。彼はここ一番って時のムードメーカーだ」
暁斗の言葉に桐原は沈黙した。
この試合で、彼はいやと言うほどそれを理解しているだろう。
試合の流れが完全に武蔵森に向いて尚、諦める事のないあの小さな少年の姿。
それは、彼の脳裏にしっかりと刻み込まれていた。
「怪我は早く…だが、急がず治しなさい。焦れば癖が付く」
「分かりました。ありがとうございます」
「では、私は失礼するとしよう」
そう言ってき桐原は暁斗に背を向ける。
そして、暁斗がやってきた方へと去っていった。
歩いていく背中を見送っていた暁斗だが、それが角を曲がって見えなくなるとゆっくりと歩き出す。
そして、暁斗は仲間の元へと向かったのだった。
「成樹。あいつ誰よ?」
涙を流す部員達と、その傍らで彼らを見ている男性。
年は若いのかもしれないが、その髭がどこか中年にも見せている。
「暁斗、どこ行っとったんや?」
「野暮用」
「さよか。あのおっさんは、さっきのハーフタイムに暁斗が出て行ってから魔法を掛けてくれた人や」
「…お前、熱でもあんのかよ?」
そう言って額に手を当てようとする暁斗に、成樹はちゃうわ!と少し声を大きくする。
だが、少しくらい音量が上がった所で、興奮している彼らの誰一人としてそれに気付く事は無かった。
「あぁ、格段に動きが良くなったのはそのお蔭か…。まぁ、諸刃の剣ではあったけどな」
「そう言うこっちゃ」
「で、この号泣の原因もあの人か?」
未だ暁斗の登場にも気付かずに泣いている彼ら。
悔しくて、と言うのは分かるが、こんなにも全員が声を上げて泣く事など無いだろう。
それならば、この状況は誰かの言葉によって引き起こされたもの、そう考えるのが妥当だ。
この場合、それを出来る人物と言えば顧問である香取ではなく、成樹の言葉を借りれば魔法をかけたという彼。
「ようわかったな」
「何となく、だ。それにしても…どっかで見たことあるなぁ…」
「元サッカー選手らしいで」
「………あぁ、松下選手か」
成樹の言葉にヒントを得た暁斗は、すぐにその答えにたどり着いた。
相変わらずの回転の良い頭に、成樹が苦笑する。
「さーて…。ほな、俺は先に帰らせてもらおかな。…全然終わりそうにあらへんし」
「…ま、それが妥当だな。香取センセ、俺ら先に帰るから。お疲れ様っス」
ポンとすぐ傍に居たにも拘らず自分達に気付いていなかった彼女の肩を叩き、口早にそう告げる。
え、え?と内容を理解しているらしい彼女に引き止める暇を用意せず、二人はフィールドを後にした。
控え室に戻った暁斗と成樹。
ジャージを脱ぎだす成樹に、暁斗は慣れた様子で壁のシミを見つめた。
年頃の女子がこれでいいのだろうかという疑問を感じずにはいられないが、男子として生活していれば当然だろう。
だが、それとなくこちらを見ないようにしている事は、成樹も気付いていた。
手早く着替えを済ませ、荷物を整える。
「なー」
「何やー?」
「お前も、結構きてるだろ」
「…。何の事ですやろ?」
「その返事で丸分かりっスよ、旦那」
くるんとベンチの上で反転すると、正面から成樹を見上げる。
立っている彼との身長差はそれなりにあり、普段では見られない上目遣い。
だが、その目が語るのは「楽」の感情にも似て非なるもの。
どこか、全てを受け入れてくれそうな…そんな眼差しだ。
「…暁斗にはお見通しか…」
「一ヶ月やそこらの浅い付き合いじゃありませんから」
「せやな、俺らの付き合いはこれ以上ない位に濃厚で―――」
「顔面にパンチ打ち込まれないうちに止めとけよ?」
にっこりと笑われれば、口元を引きつらせるしかない。
そそくさと片付けの続きに取り掛かる彼に、暁斗は肩を竦めた。
「強がりだなぁ、お前は」
「ええねん。こうやって暁斗と言いあっとると解消されるさかいな」
「へー…随分安上がりで」
「俺としてはかなり高いと思うけどな。さて、準備も終わったわ。待たせてすまんな」
バッグを持ち上げる彼に倣い、暁斗も自身の小さなバッグを肩に担ぐ。
初めから試合には出られないと分かっていた暁斗は、要らぬ期待を抱かないように荷物を最低限にしていた。
「時に、成樹」
「今度は何や?」
「お前の疲労度はどうよ?」
「疲労度?そんな、気になるほどやあらへんけど…何でや?」
「何か食いに行こうぜ。ジュースくらいなら奢ってやるよ」
先に控え室を出て行く暁斗の表情は見えない。
しかし、それは暁斗流の励ましなのだろう。
成樹は暁斗に分からないように口角を緩め、返事を口にすべく唇を開く。
「ほな、ご馳走になるわ」
二歩三歩と足早に近づき、暁斗の隣に並ぶ。
「そう言えば、さっきの野暮用って何やったん?」
「桐原監督とのご挨拶」
「…知り合いか?」
「うん。父さんの友達。今でも偶に飲んでるらしいよ」
「人の縁はどこに転がっとるかわからんもんやなぁ」
Rewrite 07.01.04