Soccer Life STAGE--07
「あー…雪耶暁斗さん?」
「うん?」
ボールを両手で挟み込んだまま、暁斗は動きを止めた。
今自分を呼んだ人物の方を向き、首を傾げてみせる。
「自分、何してはるんですか?」
「何って…部活?」
それが何か?とでも言いたげだ。
そんな暁斗の答えに、成樹はにっこりと笑った。
そして―――
「全治二週間の捻挫した奴が部活に出るな、阿呆!悪化したらどないすんねん!」
付き合い上の慣れだろうか。
怒鳴られると理解した瞬間、暁斗はボールを足元に落として耳を塞いでいた。
それで丁度良い音量だったと言えば、その声の大きさを理解してもらえるだろう。
「動いてねぇんだからいいじゃん。球出しだけだって」
「椅子に座っとっても足首を使う事は変わらんやろ!」
「あんま怒鳴ると血管切れるぞー」
「誰の所為や!」
ひらひらと手を揺らしつつ、まるで柳の如く彼の猛襲を受け流す暁斗。
成樹が脱力するまでに、そう長い時間は必要なかった。
元々、引くつもりのない暁斗が折れるように話を運ぶのに、こちらが怒鳴っているのでは到底無理だ。
冷静になって宥めすかしてみれば…まぁ、それなりの効果は期待できたのかもしれない。
今となっては、何を考えたって無駄だけれど。
「…まったく…悪化しても知らんで、ホンマ…」
「大丈夫だって。ちゃんと固定してあるんだし」
ほら、と足首を持ち上げる暁斗のそこには、白い布が足首を固定するよう巻きつけられている。
包帯よりもしっかりした素材である事が見た目でも分かり、成樹は肩を落とした。
「絶対安静違たんかいな…」
「安静にしてるじゃん。ちゃんと座ってんだし」
何か問題でも?と首を傾げる暁斗の表情は、すでに「勝った」と物語っている。
その笑顔に、成樹は「負けた」と思った。
「しゃーないわ…そのまま“安静”にしとれや?」
「ラジャー」
やる気の無い敬礼に見送られ、成樹は置いてきていた風祭の元へと戻る。
自分の方へと歩いてくる彼を見ながら、風祭はポツリと漏らした。
「シゲさんって、面倒見がいいって言うより…」
「アイツは過保護だぞ、雪耶に関してだけな」
彼の言葉に答えたのは、意外にも高井だった。
元からサッカー部に居る彼は、どうやら以前の二人の様子を知っているらしい。
その頃からあんな風なのかと尋ねてくる風祭に、彼はあぁ、と答えた。
「まぁ、どっちもどっちだけどな。部活仲間って言うよりも、あいつらは元から一心同体みたいな奴らなんだよ」
なぁ?と部員に問いかければ、肯定を意味する声があちらこちらから上がる。
「何の話や?」
ガシッと背中から首に腕を回され、風祭は肩を震わせる。
そして何とか首を回して成樹を視界に捉えた。
「うわ、シゲさん!暁斗くんと仲が良いなって話してただけですよ」
「何や、ポチ。羨ましいんか?」
「ぼ、僕は別に…!」
「しかし残念やったな。暁斗は俺の親友やから、そう簡単にはやれん」
他を当たってや、と言うと、彼は風祭を解放した。
そして、練習すんでーとその辺に転がっているボールの元へと歩き出す。
いつの間にか、先ほど暁斗と成樹について話していた彼らは姿を消していた。
その後、戻ってきた成樹に首根っこを掴まれ引きずられていく風祭。
部室の近くで部員と話していた水野は、その光景に目を細めた。
そして、その奥に見えるパイプ椅子に腰掛けた状態で球出しを手伝う暁斗を見る。
「つくづく運が悪いな…」
暁斗と成樹が揃えば、打倒武蔵森も夢ではないと思っていた。
彼らは、誰よりも自分の動きを理解し、かつそれが滞らない動きを見せる。
まだ彼らがサッカー部に居た頃の事を思い出した。
センターでボールを受け取った自分、左右から同時に走り出す暁斗と成樹。
二人のアイコンタクトは絶妙で、水野の放ったボールの終着点で交差するように走る。
速度を落とす事も速める事も無くクロスした彼らは、敵を翻弄してボールを運んでいった。
風、と形容するのも、決して的外れではなかったと思う。
相手の間をすり抜けるようにして進み、時にその巧みなプレーで誘い、抜きさって。
自分を生かすのはこの二人だと、思った。
それなのに、彼らは揃ってサッカー部を去る。
結局理由は今でも語られる事無く迷宮入りだ。
それでも―――
「戻ってきてくれただけでも良し、か…」
誰に言うでもなくそう呟くと、水野も練習へと戻っていった。
「ほーら、次行くぞー」
「雪耶!た、たんま!!もう無理だって!!」
「ってか、ボールが遠すぎ!」
「動ける奴が文句言うな。ほら、キリキリ走れ。今度追いつけなかったらスクワットプラス10回な」
「自分が動けない鬱憤を俺達で晴らすのはやめろ!」
「失礼な。純粋にお前らを鍛えてやろうと言う心からの想いに決まってるだろうが」
椅子に座ったままの暁斗は、部員の一部を任されていた。
あっちへ蹴ってはこっちへ蹴る。
時には全力疾走して漸く届くような位置に落としてみたりと、意地悪な球出しだ。
暁斗に限って、失敗したなどと言う事はありえない。
「はい、高井スクワット20プラス10回決定」
「鬼!!」
「もう20増やしてやろうか?」
即座にそう切り返す暁斗に、高井はゲッと青い顔をして首を振った。
息も絶え絶えで、筋肉の悲鳴が聞こえるような気がする。
そんな状態で20回も増やされた日には、明日起き上がれるかどうかを心配しなければならない所だ。
「よし、次行くぞ。誰だ?」
「お、俺です!」
「…確か、お前は前後に弱かったな。盛大に揺さぶってやるから覚悟しろ?」
ニッと口角を持ち上げる暁斗に、お願いしますという声は尻すぼみになっていった。
対面した部員は今にも泣き出しそうだ。
椅子に座っているにも拘らず、ピンポイントで苦手な箇所へとボールを運んでくる暁斗。
更に、暁斗は挫いた足を使わないように、本来の利き足ではない逆のそれで蹴っている。
それだけで、その実力を認めるには十分だ。
「はい、失敗。プラス10。合計20な。次―――の前に。そこの松井!サボるな!適当に数えると50増やすぞ!!」
暁斗からはかなり離れていた筈の部員にまで、しっかり目は届いているらしい。
ひぃっと竦みあがったあと、呼ばれた松井と言う部員は必死にノルマをこなした。
怒鳴っている暁斗はかなり恐いものがある。
しかし、それでも―――
「おっし。今のはよかった。もう少し走り出しの重心を前に置いてみろよ」
飴と鞭の使い分けは絶妙だから、嫌うことができない。
彼のアドバイス通りにやってみれば、動きが格段に良くなるのが自分でも分かる。
さんきゅ、とお礼を口に出せば、暁斗ははにかむように笑うのだ。
忘れんなよ?と言う暁斗の言葉は、素直に受け入れられる。
暁斗は、天性の兄貴肌の持ち主だった。
Rewrite 07.01.02