Soccer Life STAGE--06
風祭は無事シゲを抜き、サッカー部の練習は順調だった。
確かに武蔵森と対戦するにはまだまだかもしれないが、特にこれと言った問題もなく、練習は非常に円滑に進んでいる。
事が起こったのは、とある昼下がり。
職員室に呼ばれ、珍しくもそれに従った暁斗。
暁斗は自身の教室に向かうまでの途中の階段で、ふと上を見上げた。
前から向かってくるのは、一人で持つには少し…いや、かなり多いであろう量のワークを抱えた女子生徒。
これが男子生徒であったならば、まぁあの量も分からないではない。
背表紙の色から、それが数学のものであると気付く。
「ったく…普通、あんな大量のを女子に持たせるか?」
自分も女子だと言うことはこの際置いておこう。
恐らく、というよりも十中八九数学教師の指示によるものだろう、と推測した暁斗は軽く舌を打った。
彼女は自分の足元が見えていないだろう。
頼りない足取りに、暁斗は思わずその口を開いた。
「ちょっと、そこの―――」
「きゃあ!!」
声を掛けるのが早かったか、女子生徒が階段を踏み外すのが早かったか。
二段飛ばしで暁斗を追い抜いていった男子生徒が彼女にぶつかり、避けようとした彼女の方が傾く。
それを見た暁斗の動きは速かった。
自身に降り注ぐワークの雨を腕で払いのけ、その後ろから落ちてくる女子生徒を片腕で受け止める。
空いた方の手で階段の手すりを握るが、女子生徒の持つ勢いの方が若干勝っていた。
摩擦による熱さを堪えつつそれを握り締め、何とか階段から落ちずに踏みとどまる。
「大丈夫か?」
勢いが完全に消え、ふぅと一息ついてから女子生徒にそう声を掛ける。
頷く彼女に「よし」と微笑みかけると、そのまま階段の上で立ち竦む男子生徒を見上げた。
「何か言う事あるんじゃねぇの?」
やや眼差しに鋭さを纏わせ、下から男を睨む。
その眼光に怯えたのか、それとも暁斗を知っているのか。
どちらかは分からないが、男子生徒はビクリと方を揺らすと足早に階段を上っていく。
女子生徒を支えたままで追いかけられない暁斗は今度こそ大きく舌を打った。
だが、神は暁斗に味方したのだろうか。
駆け出した男子生徒は、懲りずに再び生徒とぶつかる。
「ってぇな!しっかり前見て………佐藤!?」
「何や、自分から当たってきよって…………暁斗?何しとん?」
「さすが相棒。いい所に来てくれるねぇ。そいつ、任せた」
ぐっと親指を立てれば、成樹は訳が分からないとばかりに小首を傾げる。
暁斗とその腕に支える女子生徒、そして階段の下で散乱したままのワーク。
成樹の脳内で、それらから連想される答えは、事実と寸分の狂いも無いものだった。
「引き受けたるわ」
「協力感謝する」
「気にすんな。貸しにしとくさかい」
そんな冗談を言いながら男子生徒の首根っこを掴んで階上へと消える。
その背中を見送ると、暁斗は漸く自分の足で立てるようになった女子生徒に微笑みかけた後しゃがみ込んだ。
ワークの一冊を手に取り、少し離れたそれを取りに向かおうとして―――
「…っ!」
暁斗の眉間に皺が刻まれるが、幸い気付いた者はない。
成樹がこの場にいたならば間違いなく気付かれただろうが、幸いと言っていいのか彼はこの場には居ない。
ズキンズキンと鈍く痛みを伝え続けるそれを無視して、ノートの半分ほどを拾い終える。
そして、すでにもう半分を拾い終えていた彼女にそれを渡した。
「あの、ありがとうございました。後は職員室までですから…大丈夫です」
「そっか。これからは、量が多すぎるって先生に言うか、男子に手伝ってもらえよ」
そう言うと、暁斗は彼女に背を向けて歩き出す。
一歩踏み出すごとに足首が痛むが、決してそんな素振りは見せない。
そうして、無人の保健室に足を踏み入れると、漸くその表情を崩して長椅子に腰を下ろした。
「やっべー…タツに怒られるな、確実に」
ズボンの裾を少しだけ捲くり上げ、白い靴下を土踏まずの辺りまで下げる。
露になった足首はすでに赤く腫れ上がり、触れれば熱を持ち始めていた。
「暁斗さんいてはりますか―――って、やっぱりここか」
ガラッと保健室のドアを開いて登場したのは、金髪靡かせる佐藤成樹。
保健教諭の留守をいい事に、彼はその足で戸棚から湿布と包帯を取り出してきた。
「やっぱ挫いとったか」
「知ってたのか?」
「さっきの女子が一人で職員室まで運んどったからな。いつもの暁斗やったら、職員室まで付き合うやろ?」
そんな些細な事から、彼は暁斗が怪我をしているかもしれないと言う結論に達したらしい。
ここまで来ると、その洞察力には脱帽だ。
「おーおー…派手にやったな」
「まぁ、な。さんきゅ、貸してくれ。自分で固定しておく」
湿布と包帯を受け取り、手早く作業を進めていく。
足首を極力動かさずに済むように、しかし締め付け過ぎないようにと絶妙な強さで包帯を巻き、裾を始末する。
そうして足を二三度床に当ててみて、暁斗は難しい顔をした。
「あかんか?」
「運動は無理そうだな。歩く程度なら、何とか…」
「なら、運動はしたらあかんわ。足はサッカー選手の命やさかいな。大事にせんと」
「そうだな」
靴下やズボンを元通りに戻しながら暁斗は頷く。
そこで、二人ははた、と制止した。
彼らの脳裏に浮かんだ、今日の日付。
「成樹…」
「あぁ、自分…大概タイミング悪いなぁ…」
同時に視線が壁のカレンダーへと動いていく。
特別なマークが付いているわけではない、3日後。
しかし、二人にとっては―――いや、サッカー部にとっては重要な日だった。
3日後は桜上水初戦、武蔵森との試合日である。
「暁斗を欠いて、武蔵森とか…厳しいな」
「悪い」
「いや、過ぎたことを悔やんでも時間の無駄や。こうなったら、何が何でもポチを使えるように鍛えたる!」
「…なら、俺はカザに謝るべきだな」
きっと、これからの練習は今まで以上のスパルタになるだろう。
本日の部活の光景を思い浮かべ、暁斗はそう苦笑した。
「それにしても…」
「それにしても?」
「何か、悔しいな…。折角、あいつらと一緒に遊べると思ったんだがな」
「遊ぶって…自分、緊張感ゼロやな」
「お前もそう変わらんだろうが」
何を今更、と笑い、暁斗は長椅子に寝転がった。
痛む足に障らぬよう楽な姿勢を取り、端に腰を下ろしている成樹を見上げる。
「試合は武蔵森だけちゃうやろ」
「んー…負けなければ、な」
「…まぁ、負けても今回で終わりちゃうし。次の出番に備えればええやん」
「…そうする。悔やんだって時間の無駄だし?」
そう言って少しからかうように笑みを浮かべれば、成樹が指で額を弾く。
調子に乗んなや、と言いつつも、彼だって笑っていた。
「あー…眠い」
「次の授業サボるんか?」
「元からそのつもりー。保健のセンセに足の事も話さねぇとな。ベッド空いてたよな、確か」
よ、と腹筋で身体を起こすと、暁斗はベッドの方へと歩き出す。
本日の病人はゼロらしく、保健室に彼ら以外に人はない。
無論、3つあるベッドも全てが空だった。
その一つにごろりと横たわると、カーテンで仕切る。
「成樹はどうするんだ?」
「俺も寝るわ。昨日遅かった所為か、眠てかなわん」
ふわ、と欠伸をする彼に、暁斗は「そうか」と答えて目を閉じる。
しんと静まる保健室。
それだけなら、まるで自分ひとりの空間のようだ。
しかし、そう思わないのは、カーテンの向こうであっても、隣に成樹の存在を感じるからだろう。
その安心感に、暁斗は僅かに口角を持ち上げた。
そして、自身の意識を眠りの世界へと沈めていく。
Rewrite 06.12.29