Soccer Life   STAGE--05

地面に寝転がり、肩で息をする風祭を見ながら、暁斗はふと思いついたように笑みを浮かべた。
そして、先ほどから足元で転がしていたボールをポンポンと足首から膝、肩へと位置を高くしていく。
やがて頭の上に到着させたそれをもう一度足元に戻し、成樹の方へと蹴った。
暁斗のリフティングを見ていた彼は、突然飛んできたボールにも対応する。
器用に足首でそれを受け止めると、暁斗とは違い膝でトントンとボールを持ち上げ続けた。

「暁斗、久々に一勝負どうや?」

彼はニッと口角を持ち上げ、断る事などありえないと言った様子で問いかける。
それは質問でありながら、質問ではなかった。

「俺が断るとでも?」
「それでこそ暁斗や」

互いにクッと口角を持ち上げあい、成樹は丁度良くこちらに視線を向けていた水野を振り返る。
そして、悪びれた様子もなく口を開いた。

「タツボン。グラウンド借りるで」

気がつけば、いつの間にか休憩に入っていたらしい。
基礎練習をしていたわけでもなかった暁斗と成樹は、他のメンバーに比べて明らかに体力を余らせている。
特に、成樹にいたっては先ほどまでの不完全燃焼が身体をうずうずさせているようだ。

「あぁ。休憩の間だけだぞ」

止めても無駄、と判断したのだろう。
水野の声をきっかけに、二人はグラウンドに立った。
数メートルの距離を開けて対峙する彼らは酷く人目を惹き、部員の視線が集う。

「スタート頼むわ」

そう言って成樹は持っていたボールを水野の方へと蹴る。
彼は二人の準備が整ったのを見て、それを彼らの中心に投げ入れた。
綺麗に弧を描いたそれは、ほぼど真ん中で一度地面に弾む。
先に追いついたのは成樹。
しかし、彼がその口角を持ち上げてボールを操ろうとした時には、足元に白と黒のそれはない。

「甘い!」

そんな楽しげな声が聞こえたかと思えば少し前を行く背中が足先でそれを運んでいた。
いつの間に、と思うよりも早く、成樹は半ば反射的にそれを追う。
足の速さで言えば、本気を出せばほんの少しだけ成樹の方が速い。
その事が手伝ってか、暁斗がゴールネットを揺らす前に彼は前に回りこむことに成功した。
彼を避けるべくふわりとボールを持ち上げる暁斗。
流石と言うか、その行動を読んでいた彼は浮いたボールの着地点へと先回りする。
暁斗が入る隙間を与えぬよう自身の身体をボールと暁斗の間に滑り込ませ、足元に見えたそれに口角を持ち上げた。

「もろた!」

この勝負、勝った!
心中でそう拳を握った、まさにその時だ。
暁斗に背中を向けていた彼は、浮かべられた笑みには気付かなかった。
成樹の足と足の間から爪先を滑らせ、ツンとそれを前に押し出す。
あるべき場所にそれがなくなり、寂しく空振る彼の足を横目にその脇をすり抜ける。
そうして、彼が態勢を整えないうちに利き足を蹴りぬいた。
パサリとゴールネットが揺れ、重力に従ったそれが勢いを消して地面へと転がる。

「俺の勝ち」

ボールの動きが止まるのを見届けて、暁斗はくるりと振り向いた。
その得意げな笑みと共に、Vサインを作った指を成樹へとむける。

「あー…今回はやられたわ…」
「お前、背中弱いよな」
「後ろが見えとるみたいな自分と一緒にしたらあかんで」

背後からの攻撃に弱い、と言われても、とりあえず背中を意識するくらいしか手はない。
視野を広げればいい、と以前暁斗は言っていたが、背後まで見えるのは人間としておかしい気がする。
しかし、暁斗はその言葉通りに、まるで背中にも目が付いているかのように動くのだ。
気配を殺して迫って、漸く気付かれない程度。

「慣れだよ、慣れ」
「…まぁ、頑張るわ。期待はせんとって」

肩を落とした彼に楽しげに笑うと、暁斗はゴールのところにあるボールを取りに行く。
それを持って戻ってくると、練習を始めないメンバーの方を一瞥した。

「休憩終わってるけど…?」

水野に向けてそう声を発せば、彼は思い出したように「あぁ」と頷いた。
そして、部員を振り向いて練習の再開を告げる。
水飲みに言ってくる、と言って成樹と共にグラウンドを去る暁斗。
その背中を見送っていた水野は、隣にある存在を意識しながら呟いた。

「身体のキレは相変わらず…いや、寧ろ良くなったか…」

部活復帰後、初めて見た暁斗のプレー。
以前に比べて格段に良くなっていた動きに、この一年を遊んで暮らしていたわけではないのだと悟る。
部活と言う環境の中で頑張っていた自分よりも伸びている暁斗に、どこか、悔しかった。

「暁斗くんってあんなに上手かったんだね」
「あぁ。アイツもムラッ気があるから、真剣にやるのなんてそうそう見れないけどな…。実力はある」

恐らく、自分よりも上手いだろう。
暁斗が勝負と言えば、その相手は決まって成樹。
試合以外で暁斗が他のメンバーとし合うことは皆無だ。
無論、その中には水野本人も含まれる。
一向に戻ってこない彼らの去った方を見つめていた彼は、一度息を吐き出すと練習へと戻っていった。
















日も暮れた河川敷。
普段ならばまずこんなところに来たりはしない。
ロードワークを兼ねているにしても、方向はいつもと逆。
随分暗さに慣れた目で、暁斗はその存在を捉えた。

「精が出るなぁ」
「!…暁斗くん!?」

突然後ろから声を掛けられた彼、風祭は驚いたように振り向く。
その表情と言えばまるで幽霊でも見たかのようなものだ。
いくら暗いとは言え、まだまだ彼らが活動を始めるには早い時間だろう、と暁斗は思う。

「家、近いの?」
「いや。ここから走っても40分は掛かるな」
「ならどうして…」
「おいおい、俺が河川敷に来たって何もおかしくはないだろ?」

クスクスと笑いながら、暁斗は土手を滑りおりた。
近くまで寄れば、随分と長い間練習していたのだと言う事が窺える。

「ま、お前がここに居るって聞いたから来たんだけどな」
「僕…?」
「成樹を抜きたいんだろう?」

突然、暁斗の表情は真剣なものへと変わる。
その質問に一瞬内容が理解できない風祭だったが、すぐにコクリと頷いた。

「成樹は上手い。俺が認めるんだからな」

昼間のプレーを見ただけに、それは不思議な説得力があった。
暁斗の上手さがあって、更にそれを暁斗自身が認めているとあれば…成樹の実力は理解できる。

「勝てるよ」
「本当に?」
「あぁ。技術で負けることがあろうと、考えることさえ諦めなければ、勝てる」

暁斗の言葉に、風祭は「考えること…」と呟く。
それは何を指すのだろうか。
何を考えると言うのだろうか。
何を考えればいいのかを考える風祭に、暁斗は笑った。

「そう深く考えんなって。例えば…相手の動きに逆らうだけが全てじゃない。…ここからは宿題だな」

クスリと笑い終えると、暁斗は彼に背を向けて土手を上って行く。
余韻も残さずさっさと立ち去ろうとする暁斗に、風祭は慌てて口を開いた。

「ありがとう、暁斗くん!また明日!」
「おー。明日な。程ほどにしとけよ~」

ひらりと手を振りながら、彼は軽くジョギングしながら去っていった。
爽やかとしか言いようの無い去り際に、風祭は苦笑に似た笑みを浮かべる。
クラスでも本人が居ないにも関わらず話題に上る人物。
知るには少し関わりが少なかったのだが…ああ言う所が、周囲を惹き付けるのだろう。
ありがとう、とすでに見えない背中に向けてもう一度告げて、彼は練習に戻った。

Rewrite 06.12.26