Soccer Life STAGE--04
ビッとテーピング用テープを、丁度良い長さに千切る。
やや赤くなったそれを見下ろし、成樹が物珍しそうに目を瞬かせた。
「何や、怪我したんか?」
「いや。久々に殴ったから赤くなってるだけだ」
「どれどれ…。あんま酷ないけど、綺麗な手が台無しやなぁ」
「男に褒められても嬉しくねぇよ」
放せ、と軽く腕を振って手首に絡みついた成樹の手を解く。
そして、先ほど千切ったテープを手の甲の指の付け根辺りに貼り付けた。
「足使えば楽やん」
「こっちは大事な商売道具。来週試合控えてんだよ」
怪我なんか出来るか、と吐く暁斗に、成樹はなるほどと頷く。
乱闘の合間に見た暁斗は不自然とも取れる場面でも腕を使っていた。
その理由が、今彼の中でパズルのピースの如くカチリと嵌る。
不意に、パトカーの音が近づいてくるのに気付いた一人が成樹にそれを告げる。
「シゲ、警察だ」
「ヅラかるでぇ、ポチ!」
「…ポチ…?」
彼の言葉に首を傾げつつも、暁斗は殿を務めてゲームセンターを後にした。
その後、風祭を追ってきた水野と合流し、成樹が何かを話しているのを右から左へと聞き流す。
自分には関係が無い事と思っていたと言うよりは、全幅の信頼…とでも言った方が正しいだろうか。
「決めたで!俺、サッカー部戻るわ。今なら暁斗も一緒に付けとくわ!」
「俺は何かのおまけか」
自分の意思など一切尋ねる事無くはっきりとそういいきった成樹。
慣れた調子で暁斗が口を挟めば、彼は満足げに笑った。
「雪耶くんもサッカー部だったの?」
「ん?元、な。あ、でも戻るって言うなら『元』も返上か」
風祭の質問に答えながら、身体の向きを彼の方へと変える。
成樹と並んでもその差は3センチに満たない暁斗からすれば、彼の身長は低い。
若干見下ろすような形になりながらも、彼に向けて微笑んだ。
「暁斗でいいよ。これからは」
「あ、うん。よろしく、暁斗くん」
「…呼び方よりも…暁斗、お前は戻る気があるのか?」
半ば割り込むように、水野がそう問いかける。
暁斗は風祭から彼へと視線を移し、肩を竦めた。
「呼び方は重要だぜ?…ま、部活に関しては…面白ければそれでいいや」
だからよろしく、と笑えば、頭が痛い…とばかりに額に手をやる水野。
そんな彼を横目に成樹と顔を見合わせて口角を持ち上げる。
「大変だぜ。我らがキャプテンの頭痛の種が2倍だ」
「何や、暁斗。自覚あったんかいな」
「無自覚にやれるほど天然入ってませんから。それに、成樹だって同じだろうが」
「まぁ、否定は出来へんなぁ」
軽口を叩きながら、笑いを交わす。
そんな二人を眺めていた風祭は、隣にいた水野に向けて口を開いた。
「水野くん。暁斗くんとシゲさんって…」
「あんなもんじゃないぞ。二人揃えば爆弾だ。おまけに二人とも気が合いすぎるくらいでな…」
いずれ分かる、と溜め息を吐き出した彼に、風祭は苦笑した。
「たーつーやーさーん」
びよーんと一文字一文字を伸ばして紡がれると、言葉と言うのは中々伝わりにくいものだ。
まさか自分の事だとは思わなかったらしく、水野は暁斗に背を向けたまま。
無視されたと感じたわけではないが、呼んだのにはもちろん理由がある。
普通に呼べばいいのだが…そこは、暁斗だからとでも言っておこう。
足元で器用に8の数字を描くように動かしていたボールをポンと上に蹴り上げる。
そして、リフティングの要領で2度自身の膝で弾ませた後、それを真正面に蹴った。
ドゴッと鈍い音がして、前に見えていた背中が大きく前に傾ぐ。
何とかこけずに踏みとどまった彼は、振り向くなりキッとこちらを睨み付けた。
「暁斗!お前か!!」
「はい、俺ですよー。呼んでるのに振り向かない方が悪い」
「呼んで…?………知らないな」
「だろうな。振り向いてくれない時点でそう思ったさ」
だからこそ、この行動だと笑う。
悪びれた様子の無い暁斗に、水野は短く溜め息を吐き出した。
暁斗がサッカー部に戻ってくれたのは嬉しい。
技術的にも自分と同等か、もしくはそれ以上。
そして何より、自分よりも人当たりの良い暁斗は、自然とチームをいい方向へと運ぶ。
風祭もその属性だったが、彼とはまた違った形で好影響を与える人物なのだ。
そこは素直に喜べるのだが―――
「頼むから呼ぶ時くらいは普通に呼んでくれ」
「あー…努力するよ」
暁斗が「努力する」と答える時は、なおす気が無い時だ。
暁斗は殆どの物事に対し、努力と言う物をしない。
勉強もその部類に入る。
入らないといえば、サッカーくらいだろうか。
「で、何だ?」
「や、次の試合は武蔵森だろ?」
「あぁ。さっき説明しただろ…」
「悪い、半分寝てた。で、一つ聞きたいんだが…あれ、どうするつもりだよ?」
クイッと親指でそちらを指し、暁斗は問いかける。
その指の先を追った水野は、あぁ、と何度か頷いた。
「風祭なら、シゲに任せてある。というより…任せろって無理やりに連れて行かれたんだ」
「まぁ、それはさっきから見てりゃわかるんだけどよ…」
成樹がマンツーマンで教えているのだから、彼が風祭を鍛える事に専念していると言うことは想像するに容易い。
我武者羅に向かってくる風祭に、成樹が眉を寄せるのが見えた。
どうやら、思い通りにならないことがもどかしいらしい。
「ま、アイツほどサッカーセンスのある奴からすれば当然か…」
風祭のサッカーは努力のものだ。
対して、成樹のものは、天性の才能と言うものもある程度関係してくる。
ごく自然に…それこそ、ドリブルと同じくらいに簡単な事が、実はとんでもない技術だったりするのだ。
「どうかしたのか?」
「いや、大変そうだなぁと思って」
先ほどの呟きが聞こえたのか、水野は首を傾げつつ問いかける。
そんな彼を軽くあしらい、暁斗は歩き出した。
どこに行くんだと言う質問は必要ない。
暁斗は真っ直ぐに、今もボールを取り合って競り合う成樹たちの元へと歩いていたから。
「苦戦してるな」
風祭がごろりと地面に倒れこんだところで、暁斗はそう声を掛ける。
余裕のない彼はただ乱れた息を整える事に専念していて、代わりに成樹が顔を上げる。
「あぁ、暁斗。…丁度ええわ」
ガシッと首に腕を回され、ごく近くまで引き寄せられる。
ここで赤くなったりしないのは、彼がこう言うスキンシップの多い人間だとすでに理解しているからだろう。
「どうした?」
「身体の使い方を教えてやってくれ。口で説明するんは性に合わん」
「あー…なるほどな。でも、俺だって大して説明しないぞ」
どちらかと言えば、二人とも習うより慣れよ、だ。
体で覚えた方が早いという考えが根底にあるのだから、口で一から説明してくれるはずなど無い。
「ええって。俺より暁斗の方がまだマシやろ」
「自覚があるなら直せばいいのに…」
「説明上手なシゲちゃんなんて、気色悪いわ」
「………た、確かに…」
想像して、気分が落ちた。
若干口元を引きつらせた暁斗に、本人がムッと口を尖らせる。
自分で言ったにも拘らず、やはりその反応は気に障るらしい。
「ま、助言程度な」
「感謝するで」
「昼飯1回で手を打とう」
「…後から請求するんは卑怯やわ…」
そう言って肩を落としつつも、彼はOKのサインを出す。
毎度あり、と暁斗が笑い、彼に向けて拳を差し出した。
そんな暁斗に、成樹はふっと笑みを作り、同じく拳を持ち上げて暁斗のそれにトンと当てる。
これが二人の信頼の証だった。
Rewrite 06.12.25