Soccer Life STAGE--03
転校生が来てから、何日くらい経っただろうか。
特に日数を数えていたわけではなかった暁斗の耳に、成樹の言葉が飛んだのは春が夏へとその足を動かし始めた頃だ。
「サッカー部に?へぇー」
「なんや、気の無い返事やな」
「ま、所詮は人事ですから」
そう答えながら、暁斗はごろりと屋上のコンクリートに寝転がった。
その拍子に、さほど長くはなく…けれども、短くもない銀色の髪がその上を散る。
こうして授業をサボっていても成績は良いのだから、さぞかし性質の悪い生徒だろう。
分かっていても、真面目な生徒を演じるつもりの無い自分に心中で苦笑したのは、もう随分前の事だ。
「中々のもんやで。タツボンと一緒になってレギュラーに勝ちよったからな」
「その程度で中々のもんとは…成樹も随分とお優しくなったもんだな」
ニッと口角を持ち上げ、傍らに座る成樹を見上げる。
その表情に彼は苦笑を返した。
「暁斗は相変わらずの辛口や」
「生憎、俺は気に入ってない奴には厳しくするタチなんでな」
ケラケラと笑う暁斗に肩を竦め、成樹も少し距離を置いて寝転がる。
夏を迎えようとする日差しは、それでもまだ眩しいと言うよりは心地よい。
頬を風が撫でるのを感じて、暁斗は唐突に思い出した。
ヨッと反動をつけて身体を起こすと、脇に放ってあった鞄を引き寄せて手探りでそれを探す。
「成樹」
「ん~?」
心地よい風に身を任せて、もう間もなく眠りに落ちようかと言うところに掛かった声。
彼は眠いと訴える瞼を叱咤して暁斗を見た。
と同時に飛んでくる何かを、持ち前の反射神経で受け取る。
取り落とさなかった彼に、暁斗が「お見事」と手を叩いた。
「何や?」
「開けてみてのお楽しみ」
悪戯に笑う彼女に、成樹はそれ以上問うことなく袋の口に指を掛ける。
ピッと留めてあるシールを片側だけ剥がせば、袋の口が微妙に起き上がってきた。
そこから滑り込ませた指に触れたのは、冷たくて凹凸のある何か。
心中で首を傾げつつ、袋を逆さまにして掌にそれを落とす。
トスンとそこに落ちたのは、チョーカーだ。
驚いたようにそれを見つめていた成樹は、弾かれたように暁斗を見た。
「父さんが遠征先で見つけたらしい。ま、俺と揃いになるから…つけるも、観賞用にするもご自由に?」
ピッと指先でTシャツの襟元からそれを引き出し、暁斗は微笑む。
恐らく、ここで後者を選んだとしても暁斗はそれを咎めたりはしない。
しかし、成樹の中ではこのチョーカーが手に入った時点で答えは決まっている。
「観賞用なんて勿体無いわ。チョーカーはつけてなんぼやろ」
「そりゃそうだ」
そう言って笑うと、暁斗は裾を指先で広げてチョーカーを隠す。
別にTシャツの上に飾っていても構わないのだが、これから成樹もつけるとなれば手放しに賛成できる物ではない。
邪推を避けたければ、そう思わせないことが一番なのだ。
カチリとチョーカーを嵌める彼の隣で、暁斗は絵の具でも零したような真っ青な空を仰ぐ。
その中に浮かんだ丸い形の雲がボールに見えた時、思わずクスリと笑い声を漏らしてしまった。
「暁斗?」
「や、気にすんな」
なんでもないから。
そう言って暁斗は指先まで解すように大きく伸びをした。
そして、くるりと首を成樹の方に向ける。
「今日は放課後フリーだけど…どうする?」
「ほな、前の約束通りにゲーセンでも行くか?」
成樹の問いかけに少し悩み、けれども頷く暁斗。
その動きに合わせるように、学校の敷地内にチャイムの音が響き渡る。
時は流れ、放課後。
先生に呼ばれていた暁斗は成樹に昇降口で待つよう伝え、職員室に向かった。
大した用ではなく、部活に入らないのかと言うありがた迷惑な話だ。
尤も、体育の成績を見ていれば、勧誘したくなるのも無理はない。
引く手数多の中から選ぶのは、結局のところ暁斗自身。
適当に「考えておきます」とだけ笑い、昇降口へと急いだ。
「お待たせ―――…何やってんだ?」
昇降口で待っていた成樹は、ただその場に居るだけではなかった。
暁斗の位置からはその内容は分からないが、白い紙に何かを書いていると言う事だけは分かる。
彼に声を掛けながら、近くまで歩み寄った。
もし、見られて困る物ならば声を掛けた時点で暁斗の歩みを止めるような答えを発するはずだ。
それがなかったという事は、イコール見られても問題のないもの。
或いは、見せるつもりだったものだ。
「…ふぅん…つくづく悪い人たちだなぁ…」
暁斗が読みやすいようにと少し身体をずらす成樹に感謝を述べ、内容を読み取る。
零れ落ちたのは呆れ以外の何物でもなかった。
「そう悪い人たちじゃない筈なんだけどなぁ…どこで道を間違えたんだか」
ガシガシと銀糸を掻き、暁斗は小さく呟いた。
その声は、すぐ傍らに居た成樹に届くには十分な物。
苦笑を浮かべる彼も、どうやら同じ考えのようだ。
学校の部活動、なんて言うのは先輩の間で揉まれて実力をつけたりするものだ。
それ故に、彼らの行動の全てが悪いという事は出来ない。
しかし―――
「ま、とりあえずゲーセン行くか」
「せやな。俺らの出る幕ちゃうし」
考えていても仕方が無い、とばかりに二人は歩き出した。
残念ながら、この場に居るのは勇者の如く自分から不幸な一年生を助けに行くような輩ではない。
出会うものなら町を歩いている間に出会うだろう。
出会わなければ…それもまた、運命と言う物だ。
「あ、ちょっと待ったってや。これだけ投げてくるわ」
「どうぞお好きに。先に校門に歩いてくから追いついて来いよ」
そう答え、また成樹と一時的に別れて歩き出す。
鞄を肩へと担ぎ、空に見下ろされながら校門までの道を進んだ。
「で、このゲーセンを選ぶあたり…お前もお人よしだな」
ゲームセンターの隅っこで目立たないように居座る二人。
下手な事をすれば一般人よりもかなり目立つ上に覚えられ易い容姿だ。
「さぁ、何のことですやろ?」
「ったく…いつものトコとは違うトコに行きたいっつーから何かと思えば…」
薄暗い店内の中央辺りを占領している一団を横目に、暁斗は深々と溜め息を漏らす。
これを偶然と言うならば、一体誰がこの幸運を引き寄せたのか教えて欲しい物だ。
ここにいる二人は、間違いなくこの中で一番喧嘩慣れした人間なのだから。
暁斗は彼らの方を見ながら、この騒ぎの原因を考える。
しかし、早々にやめた。
大方、三年が相手の不良学生グループにぶつかるか何かして怒らせたのだろう。
「俺、喧嘩はしたくないんですけど?」
「何を言うねん。俺とやりあえるんは暁斗くらいや。自信もてや!」
「や、それを否定するつもりはねぇけどよ…あいつらの為に動いてやる気もねぇんだけどなぁ…」
初めこそ声を潜めていた会話も、次第に音量が増してきている。
すでに普通に会話する程度の大きさになっていて、気付かれるのも時間の問題だろう。
尤も、あちらはあちらで大声を出しているのだから気付かない可能性も十分にあったが。
二人が見守る?中、風祭が乱入。
人の良い彼が喧嘩に慣れているなどという奇跡は当然の事ながらなく、一方的に打ちのめされる。
そうしている間に三年生も乱闘に加わり、騒ぎがどんどん加速し始めた。
乱闘を眺めていた暁斗は、隣の人物の肩が不自然に震えだしたのを見逃さなかった。
こうなってしまえば、出てくるのは溜め息だけだ。
「~~~あかんわ…」
「…だろうな」
お前の表情ですでに諦めてるよ。
心中でそう付け足した頃には、すでに成樹が喧嘩に乱入してしまっている。
楽しそうに相手を蹴散らしていく彼に、自分はどうしようかなぁと思いながらゲーム機に凭れる。
「てめぇも仲間か!!」
「通りすがりの一般人ですっつっても信じねぇ奴が聞くなよ」
怒号と共に飛んできた拳を危なげなく最小限の動きで避け、そいつの鳩尾に自身の拳を埋める。
低く呻いて腰を折るのを見届け、暁斗はゲーム機を離れた。
「はぁ…俺は参加する気はなかったのに…」
「覚悟しろ!!」
「そっちが、な。仕方ないから、相手してやるよ」
ニッと口角を持ち上げ、暁斗も薄汚い床を蹴った。
Rewrite 06.12.19