Soccer Life   STAGE--02

4時間目と午後からの授業に出た暁斗は、HRの後早々に荷物を纏めていた。
と言っても、家で勉強をしない暁斗の机の中には、殆どの授業の教科書が置かれている。
今まで持って帰れと言われた事もないのだから、別に問題はないだろう。
成績さえ落とさなければ、文句などどうとでもなる。
それが暁斗の考えだった。

「暁斗。帰り遊んでいかんか?」

鞄を肩から提げたところで、斜め前の席で机に腰掛けていた成樹がそう声を掛けてくる。
彼の言葉に、暁斗は片手を床に向かって垂直に立てた。

「悪ぃ。今日はあっちの練習日なんだ。また、明日な」
「…今日やったか。そら、しゃーないわ」

すっかり忘れていた、とばかりに彼は額に手をやって首を振った。
そんな様子が何だか面白くて、暁斗は口角を持ち上げて笑う。
そして、ドアの方へと歩き出しながら首だけで彼を振り向いた。

「置いてくぞー?」
「……………」
「成樹?」
「………暁斗の考え、ドンピシャや」

窓からグラウンドを見下ろす成樹は、暁斗に届く程度の大きさの声でそう言った。
その言葉に、手を伸ばせば届くドアに背中を向けて窓へと歩く。
そして、成樹の隣に肩を並べて、グラウンドを見下ろした。

「あーあ…気の毒に…」
「転校初日からあんな事なったら、ガラスのハートを持つシゲちゃんは翌日から不登校やわ」
「お前のどこがガラスだ、どこが」
「モノの例えやで、暁斗」
「例えになってねぇよ。正反対の物を引き合いに出してどうすんだ」

すっぱりと切り捨てられ、やや肩を落とす成樹。
しかし、そんな彼の反応も慣れたものだ。
もう一度鞄を肩に担ぎなおし、彼に「行くぞ」と一声かけると今度こそ教室を出て行く。
これで付いてこないなら、放っておくつもりだ。
だが、その心配も無く慌てた足音が暁斗の後を追ってくる。
まるで犬のようだ、と笑ったのは自分だけの秘密だ。















「んじゃ、また迎えよろしく」
「ええ、いつもの時間でいいのね?」
「監督の説教がなきゃ…な」
「じゃあ、ない事を祈っておくわ。頑張ってらっしゃい」

車のウインドウ越しにそんな言葉を交わし、エンジン音と共に去っていく車を見送った。
完全に見えなくなったところで、暁斗はくるりと反転し、建物へと向かう。
肩から提げた大きなバッグには、某有名スポーツメーカーのロゴが刻まれている。
トントンと爪先で地面を数回蹴ると、暁斗は軽やかに走り出した。
身体は温まるが、疲れない程度の速度。
芝生のグラウンドが見えてきたところで、暁斗はその速度を完全に歩く速さまで落とす。
そして、肩に担いだバッグを、先に来ているメンバーの荷物の端に置くと伸びをした。

「あ、暁斗!?」

不意に、身体を慣らすように動かしていた暁斗は背後から名前を呼ばれる。
その声はよく聞いた声で、暁斗は自身の口角を持ち上げて振り向いた。

「よぉ、結人。久しぶり。あ、他の二人も一緒か」
「すっげー久しぶりじゃん!何してたんだよ!?」

犬が飼い主を見つけて尾を振り駆け寄ってくるのと同じように、彼、若菜結人は暁斗の元まで走ってきた。
その後ろから、いつものメンバー…真田一馬と、郭英士が歩いてくる。
彼らも暁斗の登場を喜んでいるのか、どちらかと言えば表情は穏やかだ。

「本当に久しぶりだね。…3ヶ月?」
「いや、4ヶ月くらいじゃねぇ?」
「正確には4ヶ月と20日ぶりだな」

英士、一馬と続く言葉に暁斗が答える。
正確すぎるだろうという返事は、彼らの中に飲み込まれた。
時間まで答えていないだけマシ…と言ったところだろう。

「こんなに長い間どうしたんだよ?連絡もつかねぇし…」
「あー…都内なんだけど、引っ越したんだ。その関係で色々と忙しくてな…」
「引越し?」
「そ。前はマンションだったんだけどさ。いつの間にか新居が用意されてたんだ」
「じゃあ、一戸建てに移ったんだ?」
「うん。前のマンションでも良かったんだけどなー…駅がちょっと遠くなったし。ま、学校は近くなったけどな」

そう言って笑いながら、バッグから出していたスパイクに履き替える。
紐をしっかりと結ぶ暁斗の後ろから、一馬が声を掛けた。

「そう言えば…もうすぐ、大会だろ?俺、暁斗の学校知らねぇんだけど…」

二人は知ってんのか?と英士、結人の方を振り向く。
しかし、彼らが首を横に振ったことで、自分だけ仲間はずれだったわけでは無いと言うことが分かった。

「あー…言ってなかったっけ。桜上水だよ」
「桜上水…?」
「知らなくても無理ないぜ?結構マイナーだと思うし…」
「へぇ…でもさ、暁斗が活躍するんだから、今度の大会は目立ってくるだろ!」

いい機会だ、と笑う結人に、暁斗は苦笑した。
一つだけ、まだ伝えていない事がある。
そしてそれが彼らの誤解になっているという事は、言うまでもなかった。

「残念だけど、俺は活躍出来ねぇよ?」
「暁斗がレギュラー取れないほど難しいの?」
「まさか。その逆だよ、逆。部活のサッカーってどうにも面白くなくってさー。入ったけど、辞めたんだ」

ニカッと笑顔を浮かべて言う内容でもないように思うが、そこは彼の愛嬌とでも言っておこう。
目を瞬かせる三人に、暁斗はしてやったりと口角を持ち上げる。

「面白くなったら戻るかもしれねぇけどな。ま、お前らも大会には出てこないんだし…お互い様、だろ?」
「…まぁね」
「学校の部活って、レベル低いしな」
「それに、結構鬱陶しい奴もいるしなぁ…口だけの顧問とか」

交互にそう言って肯定の返事を上げる彼らに、暁斗は心中で笑った。
常に高いレベルでプレーしてきた彼らにとって、部活サッカーはもどかしいだろう。

ここをこうすれば切り抜けられる。
そう思っていても、サッカーは自分ひとりで出来るものではない。
考えを理解してもらえても、技術が付いてこないのでは意味が無い。

そんな状況を想像しただけでも、酷く苛立たしかった。
冗談じゃない、と思う。

「暁斗が大人しく部活のサッカーしてるところって、何か想像できないよな…」
「そうか?これでも、一年の時はサッカー部に所属してたんだけど?」
「…暁斗が先輩って呼ぶの?ありえないね」
「それはいささか失礼じゃありませんかね、英士さん」

暗に、自分は目上を目上とも思わないような奴。
そう言われているように感じるのは、気のせいではないだろう。
暁斗と英士の遣り取りに、他の二人が黙り込んでしまう。
この二人が口喧嘩紛いの事を始めると、口を挟むのは自殺行為だとよく理解しているのだ。
頭の良い二人だけに、化かし合い弱点を突き合い…まるで、重箱の隅を突くような応酬。
矛先が自分に向いたら…と思うだけでも恐ろしい。

ここは、二人を邪魔しないでおこう。

結人と一馬の目が合い、互いの意見がそう一致した。

「結人?一馬?何やってんだ、お前ら」
「暁斗。放っておけばいいよ。監督に走らされれば戻ってくるでしょ」

練習始まるぞー…と静かに声を掛けるも、どうやらその声は届いていないらしい。
こそこそと話し込んでいる二人を見て、暁斗と英士は顔を見合わせた。
そして、同時に頷いてさっさと歩き出す。
彼らにそのことを気付かせたのは、グラウンドを走れと言う監督の大声だった。

Rewrite 06.12.12