Soccer Life STAGE--01
「転校生が来るんだってな」
ごろりと身体をコンクリートに転がしたまま、一人の男子生徒が隣に居る男子生徒に声を掛ける。
「ホンマ?どこのクラス?」
話に乗ってきた彼は佐藤成樹。
学ランを着崩し、耳にはピアスを開けていて髪は金髪。
見るからに不良と取れる彼は屈託のない笑顔を浮かべて隣の彼に問いかけた。
今の時間はと言えば、普通の学生ならば勉学に励んでいる、いわば授業中である。
しかしながら、二人には授業に出る気は全く無いらしい。
欠伸をかみ殺して声を返された彼が口を開く。
「俺らのクラス。朝職員室に寄った時に香取センセが呼ばれてたからな」
そう言って彼…雪耶暁斗は成樹に視線を向けた。
腕に乗せた頭を包むのは成樹とは対照的な銀色。
彼と同じくピアスに、着崩した学ラン。
傍から見れば不良二人組みが授業をサボって屋上で睡眠を貪っている図である。
「男なん?女なん?」
「さぁ?どっちか知らねぇけど…出来れば女がいいよな」
これ以上むさ苦しくなって欲しくないし、と言い終え、暁斗は再び欠伸をした。
そんな彼に呆れた様な視線を向ける成樹。
「自分なぁ…。そんなナリでも一応女やろ?同性がええっちゅーんはどうかと思うで?」
「一応とか言うな。んでもってここ学校」
寝転がしていた上半身をよっと持ち上げ、暁斗は成樹を睨みつける。
そんな物が応えるような柔な男ではない事くらい重々解っているが。
「嫌やわ、紅ちゃん。そんな顔になるで?」
「ほぉ?あくまで俺に喧嘩売ろうって言うんだな?」
ニッと口角を持ち上げる姿は酷く様になっている。
しかし、今の笑顔は成樹から見れば怖いもの以外の何者でもなかった。
「…すまん。俺が悪かった」
「………ま、放課後奢りって事で」
「え!?まだ今月助っ人料もろてへんねんけど!?」
焦る彼を他所に、暁斗はクスクスと笑い声を漏らす。
カチャンと控えめな音で屋上へと繋がる扉を閉じる。
屋上からの階段を一段飛ばしで降りながら彼らは他愛ない会話に花を咲かせた。
幾つめかの角を曲がり、もう少しで自分たちの教室という所までやって来たその時。
「佐藤に雪耶!!」
背後から掛かった声に二人は同時に顔を見合わせた。
そうして照らし合わせたかのように、同時に振り向く。
「お前たちはいつになったらその髪を直すんだ!!」
「嫌ですわ、先生。これ地毛やねん」
「そんなわけがあるか!」
ズカズカと彼らとの距離を詰めて来る袴田に、彼らは人知れずため息を零す。
そんな時、暁斗は今思い出したとばかりに「あ」と態とらしい声を発する。
「そう言えば袴田先生。この間の模試の結果が届きました」
はい、どうぞ。と営業スマイルとも言える人当たりのよい笑みを浮かべ、暁斗はポケットからそれを取り出す。
模試の結果の書かれたそれを受け取ると、彼の表情が激変した。
「おぉ!流石だな、雪耶!!全国模試で3位に入るとは…俺も鼻が高い!」
「先生のご指導あっての順位ですよ。あぁ、それは後で香取先生に回していただけますか。では」
煽てるだけ煽てて、後は早々に立ち去る。
これが暁斗の『嫌な教師から逃げる一番楽な方法』だ。
彼が引き止める間も用意せず、暁斗は成樹の背を押してその場から立ち去った。
今度も頑張れよーという彼の声を背中で聞きながら。
「いつの間にあいつの授業なんか受けたん?」
「物は言い様、ってな。あんなのは煽てて木に登らしとけばいいんだよ」
「…相当の悪やなぁ、自分」
「そんな奴とつるんでるのはどこの関西弁野郎でしたっけね?」
そんな言葉と共に、暁斗はニッと口角を持ち上げる。
彼女の表情を受けて成樹はやれやれと肩を竦める。
「しっかし…また10番内取ったんやなぁ。しかも前回の5位より上がっとるやん」
「今回はすっげー調子よかったんだ。あれで落ちたら詐欺だぜ」
暁斗はそう言ってニッと口角を持ち上げた。
雪耶暁斗―――本名、雪耶紅。
現役サッカー選手、雪耶雅晃と元トップモデル雪耶沙良の長女だ。
生物学的には、正真正銘…女。
だが、彼こと彼女は桜上水中学に学ランを着て登校していた。
子供の頃からサッカー一筋だった彼女の身体は適度に筋肉が付いている。
そのお蔭か邪魔なほどに成長しなかった胸のふくらみは、運動に支障がない程度に晒しで押さえてある。
この姿だけでも分かるように、彼女は男子生徒としてこの学校に通っていた。
欺く…と言えば聞こえは随分と悪くなるだろうが、とにかく彼女が男装を始めて、すでに一年は経っている。
こうして今でも続けていられるのは、協力者ならぬ共犯者のお蔭と言えるだろう。
男子として桜上水に入学した暁斗、いや紅。
彼女はただ一つの想いを胸に未知の領域へと足を踏み込んだ。
―――サッカーがしたい。
その想いが紅を動かしていた。
女だったらサッカーが出来ないわけじゃない。
女性でも一生懸命頑張っている人は居る―――だが、紅はその狭き門を目指すよりも、自身の世界の変革を求めた。
そんな彼女の本当の姿を知っているのは、家族以外は成樹を除いては居ない。
真実を知る彼は良きライバルであり、そして良き親友でもあった。
「…暁斗、次の授業何やったか覚えとるか?」
「確か…英語。香取センセ、だな」
答えながら暁斗がガラリと教室の扉を引く。
休憩時間とは言え殆どのクラスメイトがその中に居て、彼らの視線が二人に集まった。
「戻らんだらよかったなぁ…」
この呟きは、視線を集わせた事に対するものではない。
暁斗の言葉…次の授業が英語で、その担当が自分達の担任である香取であるということに対してのものだ。
今の時間といえば、丁度3時間目が終わって5分後。
そろそろ4時間目の準備を…と思う生徒がちらほらと見えてきた頃だ。
そんな中、やたら目立つ二人が教室に登場。
鞄の存在から登校している事はわかっていたが―――
「何だよ、暁斗に成樹。今日はサボらねぇのか?」
「おはよう、シゲちゃん。暁斗くん」
「何かお前ら見るの久々の気がするなぁ!」
ひと時の沈黙の後、思い思いの声を発するクラスメイト達。
学校が始まってもう3時間も経っていると言うのに、今になって漸く姿を見せた二人だ。
教師から言わせれば、不良生徒かもしれない。
だが、クラスメイトの目は厳しい物ではなく、どちらかと言えば友好的だった。
彼らの性格故のことだろう。
がたりと椅子を動かして自分達の席に座る暁斗と成樹。
誰もが羨む窓際の一番後ろの席が暁斗の席で、その斜め前が成樹。
どちらも席としてはそう悪い場所ではない。
「な、転校生ってどれだと思う?」
すでにクラスメイトの興味は彼らを離れている。
暁斗はコンッと成樹の椅子を蹴り、彼の意識をこちらに向けた。
僅かに声を潜めて問いかける彼に、成樹はぐるりと教室内を見回す。
「あー…暁斗。緊急事態発生や」
「何だよ?」
「クラスメイトの顔、全員覚えとるか?」
「………………………」
沈黙が、彼の答えを教えてくれていた。
あまり授業に真面目に参加しないし、参加したとしても机との関係を深めるばかりの二人。
基本的に他人に無頓着な彼らには無理もない話ではあった。
暫し顔を見合わせ、どちらともなくヘラッと笑う。
「よし、ここは香取センセに任せよう」
「せやな。何らかの反応はもらえると思うし………多分」
「あぁ、多分」
あの先生どっか抜けてるからなぁ…とぼやきながら、暁斗は頭の後ろで腕を組んだ。
決して嫌いな部類に入る教師ではないと思う。
色々と配慮の足りない部分も見えるが、少なくともネチネチと煩い袴田よりは数倍マシ。
彼女自身が一生懸命だということも好印象を与えているのだろう―――偶に空回りもあるが、そこは愛嬌だ。
そんな事を考えていた、その時。
校内にチャイムの音が鳴り響き、賑わっていた廊下も教室も、次第に静けさを取り戻していった。
「はいはーい!授業始めるわよー!」
ガラッと教室のドアを開いて入ってきた香取。
教壇に立ち、ぐるりと教室内を見回した彼女の目に入るのは、一際目立つ金と銀。
窓際と言う事も手伝って、彼らの髪は今日もよく目立っていた。
「あら、佐藤くんに雪耶くん。今日は授業に出てくれるのね」
軽く嫌味の含まれた言葉に彼らは口角を持ち上げて手を振った。
何度言っても、彼らが一日真面目に授業に参加する事の方が珍しい。
すでに諦めも入っていて、成績さえ下がらなければ問題ないか…と言う結論に達していた。
「あ、あなた達はHRにも出てなかったわよね」
出席確認をしていた彼女は、とある名前のところでペンを止める。
そして顔を上げ、確認するような眼差しを彼らに向けた。
待ってました、と言うわけではないが頷いておく二人。
「今日、転校生が来たのよ。なんと、あの武蔵森のレギュラーよ!!風祭くん、手を挙げてくれる?」
「あ、はい」
表情にどこか影を含ませた少年が挙手する。
その表情は一瞬で消え去り、彼は「よろしく」と頭を下げた。
返事の代わりに手を振るのを見届け、香取は「さぁ、授業ね」と黒板に向かう。
「どう見る?」
「どうって…とりあえず、レギュラーではないな、間違いなく。レギュラー相当の実力…っつーなら、見てないからありえるけど…」
「暁斗がそう言うならホンマなんやろな」
間違いなく誤解している彼女の背中を見つめ、二人は肩を竦めた。
移動させた視線の先に居る彼を見て、暁斗は何かを考えているような表情を浮かべる。
小さく溜め息を吐き出し、まだ出していなかった教科書を机の上に広げた。
Rewrite 06.12.06