Topaz  -友情と希望-

「ねぇねぇ!君達、ちょっと話しない?」

言動を聞くにナンパであろうと言う事は容易に想像できた。
青学レギュラージャージに身を包んだ彼女らを見て密かに言葉を交わす者は少なくない。
しかし、面と向かって声を掛けてくる者は居なかった。
このジャージは虫除けには効果絶大だったようだ。

「………今のは私達に?」
「…気のせい!」

隣を歩く悠希に紅が問いかけ、答えが返って来る。
先ほどの言動から察するに大した用件ではないようなので二人は聞こえなかった事にすると決めたようだ。
僅かに速度を落とした足を、再び先ほどと同じ速さに戻す。

「え!?ちょっ…そこの青学レギュラージャージの女の子達だってば!!」

慌てて駆けてくる足音に気づいた紅と悠希。
二人は顔を見合わせた後に短く溜め息を落とした。
そしてクルリと振り返り、同時に口を開く。

「「ナンパお断りです」」

にっこりと営業スマイルを浮かべて、二人はそう言った。















「結局あれって誰だったの?」
「多分だけど…山吹中の千石さん…かな」

あの後しつこいまでに追ってくる彼を撒くために、彼女達は全力で逃げた。
彼女達の運動神経と体力は言うまでもない。
レギュラーたちも一目置くほどなのだから。
数分後、無事に彼を撒いた後で悠希が紅に上のような質問をした。
紅はバッグの中に入れてあったノートをペラペラと捲り、答える。

「…因みにそれは?」
「『乾ノート ~マネージャー用~』」

タイトルを見せるようにノートを立てる。
表紙には先ほど紅が告げたままの言葉が記されていた。

「何それ?」
「各校要チェック人物ばっかり書いてくれてるの。顔写真付きでわかりやすいよ」

ほら、と言って紅は見つけた頁を開く。
そこには先程のナンパ男―――もとい、千石清純の事が書かれていた。

「この人でしょ?」
「あぁ、確かに。って…いつの間にそんなのもらったの?」
「昨日よ。

『ここに書いてあるのはほんの一部だが、対策に役立ててくれ。追加事項があれば遠慮なく教えて欲しい』

だってさ」

因みに千石の対策欄にはこう記されている。


『しつこいから逃げるに限る。足の速さは雪耶と佐倉の方がやや上だろう』


―――役に立つのかよくわからないノートである。

「ま、名前がわかるのは便利よね」
「確かにそうだけど…」
「そう言えば景吾も載ってるわよ」
「………あの馬鹿兄貴が載らない筈がない」














千石を撒いた後、二人は試合会場を回っていた。
それぞれのコートが活気に溢れる中、一際騒がしいコートを発見。
周囲をぐるりと取り囲む応援陣が紡ぐ学校名には酷く聞き覚えがあった。

「…あそこ行きたくない」
「了解。じゃあ、悠希は不動峰の試合を見てきてくれる?私はあそこにいる国光たちと合流するから」

眉を寄せて嫌がる悠希を見て、紅はクスクスと笑いながらそう言う。

「恩に着るわ、親友」
「お安い御用よ」

二人はお互いの言葉に笑い、一時的な別れを告げた。








耳を劈くような「氷帝」コールを横に、紅は歩く。

「どんな感じ?」

自動販売機の前のベンチに腰を降ろす二人の背後から、紅は静かに声を掛けた。
若干驚いた様子を見せた二人だが、声の主を知ると片方…不二が答える。

「あ、雪耶も来たんだ?佐倉は?」
「煩いから逃げるって。不動峰の方を見に行ってもらってるわ」

紅はそう言って肩を竦めて見せた。

「(騒がしいのもあるけど…原因は彼よね…。)」

心の中でそう呟くと、紅はフェンスの所にいる人物に視線を向ける。
彼は彼女に背を向けるようにして部員の一人と話していた。

「あれって宍戸…?」
「あそこで跡部と話している彼の事?それなら宍戸で間違いないと思うよ」

紅の言葉に、先程の試合を見ていた不二が答える。
彼女の視線の先の彼…跡部は宍戸と二言三言言葉を交わした後、その場を去った。
彼こそ悠希が逃げた最大の原因である。
跡部は悠希の双子の兄。
『跡部の妹』と言うレッテルが嫌でわざわざ青学へ進学したのだ。
それを良しとしない彼と会うのは揉め事の原因にもなりかねない。
彼に気づかれる前にさっさと退散した悠希の行動は強ち間違ってはいないだろう。

「いずれ顔を会わせるんだけどね…」

この場に居ない親友を思い浮かべ、紅は苦笑を浮かべた。
氷帝コールに掻き消された彼女の声が不二たちに聞こえることはない。

「悠希も素直じゃないからなぁ…」

実の所、彼女は跡部を嫌っているわけではない。
彼女の性格上、嫌いと思った人物には決して容赦ない。
名前すら呼ばなくなるのだから。
その事を知っているだけに、紅は悠希の行動は照れも含まれていると思っている。
もっとも、それを本人に告げようものなら即行で否定が返って来るのだろうが。

「皆は知らないけどね」

「何のことだ?」
「別に。もうすぐわかることよ」

手塚の問いかけをそう誤魔化す紅。
悠希と跡部の関係がばれた時は面白くなりそうだ、と彼女は思った。
しかし、紅は忘れている。
自分も氷帝の彼と付き合っていると言う事を。
別に隠しているわけではないが、青学では紅はフリーだと思われている。
もし決勝で氷帝と対戦することになれば…騒がしくなりそうだ。
試合だけでなく、対人関係も。

05.07.23