Topaz -友情と希望-
リョーマが遅刻した事を除けば、都大会緒戦突破。
青学の士気もあがる中、二人のマネージャーも試合に目を向ける。
「調子いいね」
フェンス越しに彼らの試合の一部始終を見ていた悠希が呟く。
それを聞いた紅も彼女の言葉に頷いた。
「まぁ、こんな所で止まっているわけにも行かないんだけど…」
周囲の目もあるので少しだけ声を潜めて紅は答えた。
試合が始まってしまえば、彼女達の仕事は少ない。
普段は色々と雑用もあるが、ここで出来る事と言えば精々ドリンクの準備程度だ。
怪我人が出れば彼女達の仕事も出来るのだが。
「雪耶先輩!」
「どうしたの?」
期待に満ちた声で自分を呼ぶ1年トリオに、紅はにこりと微笑んで返事を返す。
「先輩も凄くテニス上手いですよね?部長には勝てるんですか?」
一人の質問に、周囲の視線…ではなく聴覚のみが集まる。
視覚は依然としてコートの中の彼らに向けられていた。
「…勝った事もあるけど……最近は負け越しね」
さらりと答えた紅。
その場は一瞬の沈黙の後、騒然とした。
「って言っても利き腕が無事の時でしょ?」
隣の悠希が言う。
紅は苦笑混じりに頷いた。
「ええ。でも、あの時は国光の調子が悪かったから…。今では利き腕でも勝てるとは思わないわ」
思い出すように視線を彷徨わせた後紅はそう言った。
最後に手塚と紅が本気で試合したのはもう二年も前の事なのだ。
あれ以来、試合をした事はあるがどちらも本気を出していない。
お互い腕に不安を抱いていたのだから当然と言えば当然の事だろう。
他校生の視線には「あのマネージャーは何者だ?」と言う疑問が込められていた。
もちろん、そんな視線に気づかないほど紅は鈍くはない。
気を紛らわせる為に、彼女は試合の組み合わせ表を開いた。
「次の相手は?」
「秋山三中」
「…強いんだっけ?あそこって」
「強…くはないと思う。皆なら大丈夫でしょ。何が起こるかわからないから油断は禁物だけど」
紅は組み合わせ表を綺麗に折りたたんで鞄の中に仕舞う。
丁度レギュラーたちがコートから出て来ているところだった。
二人も顔を見合わせ、何かを言うでも無しに彼らと共に次のコートへの移動を始める。
4回戦が始まった。
応援の声を耳に通しながら、紅は眉を寄せた状態で試合を観戦する。
そんな紅に気づいたのは悠希―――ではなく乾だった。
「雪耶?」
「何か変よね。こっちの弱点がわかってるみたい…」
紅の呟きを捉え、先程よりも更に注意して試合に目を向けた。
そんなやり取りをしている間に、不二と河村の試合が終わったようで、二人がフェンスを潜ってくる。
「…悠希」
彼らに声をかけてドリンクを渡した後、紅は悠希を呼んだ。
試合に勝ったと言うのに浮かない顔をしている紅を見て、悠希は首を傾げながらも彼女の方を向く。
「ちょっとナンパしてくるから後よろしくね?」
にっこりと笑い、紅はそう言った。
一瞬彼女が何を言ったのかわからないように目を見開いた悠希。
しかし、紅の視線が留まる一点に視線を向けた時、漸く気づく。
「はいはい。しっかりナンパしてきてちょうだいな」
「ありがとう。中々面白い眼を持ってそうな人だから話してみたかったの」
彼女の答えに満足そうに頷くと、紅はフェンスの向こうに回るように歩き出した。
その背を見送っていた視線を先程の一点に向ける。
「…なるほど。向こうも気づいてますか」
悠希の視界には、とある人物の視線が紅と同じ動きをしているのが映った。
「すみません。少しお時間いただけません?」
人の良い笑みを浮かべて紅がその人物に声をかけた。
驚く風でもなく振り返る彼。
「あなたは…確か青学マネージャーの片割れ、雪耶紅さんですね」
「…よくご存知ですね……観月さん?」
僅かに小首を傾げ問いかけるように語尾を持ち上げる。
しかし、その表情は明らかに相手が『観月』と言う人物であると確信しているものであった。
「今回の秋山三中の試合は彼ららしくありませんよね。……あなたの情報のおかげでしょう?」
「本来の彼らも知っているんですか。さすがは噂の敏腕マネージャー」
「皆が効率よく練習できるようにする事もマネージャーの務めでしょうから」
「まさに鏡のような人ですね」
「貴方には及びませんとも」
腹の探りあい、と言うような生半可なものではなかったかもしれない。
周囲に人が寄り付かなくなるほどであったと記しておこう。
コートを挟んでその様子を見ていた悠希が呟く。
「……お互いに笑顔でやり取りしてるのに何であそこまで恐いのかしらねぇ…」
と口元を引きつらせた。
同時にこうも呟く。
「あの場所にいなくてよかった」
「そろそろ黄金コンビの試合が終わりますよ?」
「もちろんもう戻りますよ」
試合の様子を一瞥した後、紅はその場から踵を返した。
そこでふと足を止め、再び観月の方を振り返る。
「試合前の情報収集も立派な戦略。私だってしていることですしね。使える頭は使わないと。
お互いに頑張りましょう、聖ルドルフ学院マネージャー観月さん」
そう言って先程とは違った、本心からの笑みを見せる紅。
その後の彼の様子を見る事なく彼女は青学の方へと戻って行った。
彼女の背が見えなくなった頃、観月は呟く。
「…い…行き成りは反則でしょう…」
自らの口元を手で覆い呟かれた言葉を聞く者は他にいなかった。
つい先程までの挑発的な笑みとは一転して穏やかに微笑んだ紅。
その笑顔は対戦相手にも十分有効だったようだ。
「あ、紅ちゃーん!勝ったよ!!」
「お疲れ様、英二、大石。悠希もありがとう」
「どういたしまして。んで?どうだった?」
「うん。間違いなかった。中々面白かったわ」
「(あの場面を楽しかったと語れるあんたは大物だわ…。)」
05.07.13