Topaz -友情と希望-
「おー。睨んでる睨んでる」
ネットを挟んで向かい合う選手達を、フェンス越しに見ていた紅と悠希。
そのうちの一人に視線を固定すると悠希は楽しそうにそう言った。
彼女の言葉を聞きとめて紅が苦笑を浮かべる。
彼女らの視線の先には不二裕太がいた。
「裕太も色々と大変だったのよ」
「それは知ってるけどさー…あそこまで対抗心を燃やす必要があるのかわからない」
誰が見ても睨んでいる、と思えるほどの眼差しを向ける裕太。
その先にいるのはもちろん彼の兄、不二周助である。
「…血を見なければいいけど…」
紅がポツリと呟いた。
試合が始まると二人はそれぞれ見やすい場所に移動した。
と言っても怪我人が出ればすぐに対処できるように別のコートへの配慮も忘れない。
2面のコートを使って2試合同時に行うらしい。
片方では青学黄金ペアが準備を始めている。
そしてもう片方では…。
「「やんのかコラ!!」」
海堂と桃城が顔をつき合わせて睨みあっていた。
それを見ていたリョーマが口を開く。
「…あの二人仲悪いんっスか?」
「うん。君が入部する前からのライバルだからね」
彼の近くにいた不二が答えた。
それを聞いて紅も苦笑を浮かべながら頷く。
「そうなのよね…。あの二人を同じコートに入れると大変な事になっちゃって…」
思い出すように彼女は呟く。
酷く荒れたコートの整備に追われた記憶は、未だ頭の片隅に焼きついて離れない。
それを知っているだけに、不二も彼女の言葉に曖昧な笑みを浮かべた。
「ま、仲は悪くても実力は確かだし。何より―――」
「“何より”?」
紅が途中で止めた先が気になるのか、リョーマがクルリと紅の方を振り向く。
彼女はリョーマに笑みを浮かべ、人差し指を唇の上に当てた。
「ここから先は企業秘密」
楽しげにそう言うと、紅はそこから歩き出した。
「何処に行くの?」
「ぐるっと一周してくるわ。英二と大石にも声を掛けたいしね」
審判のコールと共に試合が始まる。
「結局一緒に見る事になるのね」
「そうみたいね」
紅と悠希はクスクスと笑う。
あの後フェンスを一周して、紅は不二とリョーマがいるところまで戻ってきた。
そこにやってきたのが『見やすい場所』を求めてきた悠希。
考える事は同じらしい。
「この試合…どう見る?」
黄金ペアの方を指しながら悠希が問う。
指す方向に視線を向け、紅は頷いた。
「五分五分」
「え?何で?」
黄金ペアが五分五分だと答えた紅に、悠希は驚いた表情を見せる。
彼女の返事に肩を竦めながら、紅はコートとコートの間を顎で指した。
「アレが嫌な眼で見てくるから」
紅に言われるままに視線を向ければ、ベンチに座る聖ルドルフのマネージャーと目が合う。
「あー…観月…だっけ?」
「そ。さっきから挑発するみたいな眼で見てくるのよね」
鬱陶しいったらないわ、と溜め息をつく紅。
「そんなに気にする必要あるの?」
「うん。データだけなら乾顔負けだと思うわよ」
「……嘘…」
「ホント」
悠希には信じられないらしい。
しかし、紅がはっきりと答えるために信じざるをえなかった。
ダブルス2は2-2、ダブルス1は4-3と試合は進んでいった。
黄金ペアが苦戦を強いられている事によって青学側に動揺が走る。
「ねぇ、紅」
「……………」
悠希に呼ばれても気づいていないのか、紅はただダブルス1の試合を見つめていた。
自分の声が届かないほどに集中している彼女は初めての事。
「紅…紅?」
「…え?何?」
何度目かの声の後、漸く紅は悠希の声に気づく。
そんな彼女の反応に怪訝な顔をする悠希。
「どうしたの?らしくないわよ」
「……うん。ちょっと、ね。アレは英二にも辛いでしょうね…」
「はぁ?」
ワケがわからない、と言う風に悠希が首を傾げる。
「その様子だと紅も結構辛いんじゃない?」
不意に隣から声がかかる。
視線を向けるまでもなく、声の主はわかっている。
「…リョーマも、でしょ?」
「まぁね」
紅の言葉に頷くリョーマ。
その場にいた他の人にはわからない会話だったようだ。
「ちょっと…何が辛いのよ?」
「赤澤さんの打球なんだけど―――」
「紅!?」
紅の身体がふらりと揺れる。
地面に打ち付けられる衝撃を想像して身体を強張らせる。
しかし、いつまで経ってもそれは訪れる事はなかった。
「…大丈夫?」
上からの声に目を開けば、いつもは見ることの出来ない目が心配そうに紅を見下ろしていた。
「ありがとう、不二。軽い眩暈だから大丈夫よ」
そう言って受け止めてくれた彼の手を離れる。
そこで、自分に集中する視線に気づく。
周囲の視線はおろか、試合中の彼らまで此方を向いていた。
「あー…ごめんなさい。試合を続けてください」
苦笑交じりにそう言う紅。
悠希が心配そうに彼女の顔を覗き込んだ。
「どうしたのよ、本当に…。疲れてるの?」
「それもあるけど、何より…」
答える前に紅は試合の方へと目を向ける。
丁度、赤澤の打球が菊丸に向かっていく所だった。
「ボールが5つ6つ位に見える。紅の眩暈の原因はそれっスよ」
赤澤の妙なクセは打球にブレを生じさせる。
幼い頃よりボールを追いかけていた紅の動体視力はリョーマとほぼ同じ。
暑さと視覚的疲労によって起こった眩暈のようだ。
すでに回復している紅は乾の赤澤のクセについてのピンポイントの説明を聞きながら苦笑を消さない。
「全くもって迷惑なクセね」
隣でリョーマが目頭を押さえながら頷いた。
05.07.28