Topaz  -友情と希望-

「紅ー、電話よ」
「はーい」

階下から自分を呼ぶ母の声に、紅はベッドの上から返事を返す。
耳のヘッドホンを外し、読んでいた本をシーツの上に放り出して部屋を出た。
リビングから電話機を片手に顔を覗かせる母。
彼女からそれを受け取ると、保留を解除する前に問いかける。

「誰から?」
「リョーマくん。久しぶりに声を聞いたけど、随分雰囲気が変わったのね」
「見た目はそのまま成長したよ」

肩を竦めながらそう返すと、母は笑いながらその場を去っていく。
それを見届けて、紅は漸く保留ボタンを押した。

「もしもし、リョーマ?どうしたの?」
『紅?』
「うん」
『今からちょっと打たない?』

彼の声が楽しさに弾んでいる事は、電話越しでもよくわかった。
紅が断るはずはないと言う確信の元の確認である。

「…場所は?」
『俺の家。すぐに来れる?』
「用意が終わり次第ね」
『わかった』

特に雑談を交わすわけでもない、ただ用件のみの電話が終わる。
受話器を戻しながら、紅はクスクスと笑っていた。

「リョーマらしいなぁ…」
「紅、電話終わったの?」
「うん。使う?」
「リョーマくんは何て?」
「久々に打とうって。今からリョーマの家に行って来るね」

母への返事も草々に、紅は準備のために自分の部屋へと上がって行った。













半時間後、紅は越前家の門を潜る。
それに目ざとく気づいたのは呼び出した本人……ではなく彼の父親、南次郎だった。

「おぉ、紅ちゃん。久しぶりだなぁ!」

明るい言動と、それに違わぬ動作で歩み寄る彼に、紅は笑顔で言葉を返す。

「お久しぶりです、南次郎さん」
「これまた随分別嬪に成長して…男が放っておかないだろ?」
「そんなことないですよ」

彼の軽い発言も、紅にとっては慣れたものだった。
むろん、南次郎は本心からそう言っているのだが、生憎彼の言葉の軽さから紅は受け流してしまう。
幼い頃の彼女しか知らなかっただけに、彼の驚きも中々のものだった。

「で、今日はどうしたんだ?リョーマならテニスコートだぞ」
「もう練習してるんですね。じゃあ、お邪魔してもいいですか?誘われたんです」
「おう。しっかり扱いてやってくれ」

ヒラヒラと手を振る彼の許可を受け、紅はテニスコートへと向かう。













足を進めるに連れて、ボールの音が大きくなってきた。
打っている人物の人柄を表すように真っ直ぐな音に、紅は自然と表情を緩める。

「集中してるなぁ」

テニスバッグをコートの傍らに置き、紅はリョーマの背中を見つめる。
自分が来た事にも気づかず、ただ無心に壁に向かってボールを打つリョーマ。
ボールが大きく弧を描き、彼の手の中に落ちた。

「お疲れ様」

紅がタオルを差し出せば、リョーマは今気づいたと言った表情を見せる。
彼女の手からタオルを受け取り、それで汗を拭う。

「いつ来たの?」
「ついさっき」
「声かけてくれてもよかったのに」
「いやー…かけようかと思ったんだけどね?集中してたみたいだったから」

彼の手の中にあったボールを受け取ると、紅は自分のラケットを取り出す。
それの上でボールを弾ませながら彼の方を向いた。

「ねぇ、カルピンは?」
「その辺に………あれ?」

先ほどまでカルピンの居た場所を指すリョーマだが、そこにカルピンの姿はない。
彼が集中していた間にどこかへ行ってしまった様だ。

「折角カルピンと遊ぼうと思ったのに…」

リョーマが一人で練習をしている時には必ずと言っていいほど傍に居るカルピン。
それを知っているからこそ紅はそう言った。
残念そうに声を漏らす紅に肩を竦めると、リョーマはラケットを片手にコートへ入る。

「俺の練習に付き合ってくれるんでしょ?さっさと始めようよ」
「はいはい」

準備体操を済ませると、紅もリョーマと反対のコートへと足を進めた。

「手加減しないよ?」
「当然。したら許さない。今日こそは勝たせてもらうから」
「それでこそリョーマだ」

にっこりと笑い、紅はラケットを構える。
瞬時に真摯な目付きに変わる。
そんな紅の変化を、リョーマは何よりも気に入っていた。
楽しげに口角を持ち上げ、ボールを上げる。












「カル帰ってこないじゃない」
「俺に言われても困るし…」
「リョーマがそのうち帰って来るって言うから待ってるのに…」

紅は溜め息混じりにそう言う。
明日の試合に響かない程度に打ち合いを終えた二人。
その後誘われるままに、紅は越前家にお邪魔していた。
カルピンを待つこと数時間、未だ帰って来る気配すらない。

「んー…そろそろ帰らないとまずいかなぁ」

壁にかけられた時計を見ながら紅は呟く。
その時、インターホンが鳴り響いた。

「おーい、越前!!」

覚えのある声に、リョーマが自室から顔を覗かせる。

「お前んとこのネコだろ、コイツ!?」

その言葉に紅も窓から顔を覗かせた。

「あ、カルピン!!」
「雪耶先輩!?何で越前の家に…」

桃城の驚きも尤もである。











満足気にカルピンを膝に乗せ、紅は二人の打ち合いを見ていた。
カルピンも自分の毛を梳く紅の指に心地よさ気に目を閉じている。

「なぁ、越前……明日は暴れまくってやるぜ!」

球を返しながら桃城がそう断言する。
その言葉にリョーマが口角を吊り上げた。

「ふーん、残念スね。桃先輩…
俺の方が暴れまくりますから!」

良きライバル達はお互いが疲れるまで打ち合いを続けた。
紅は明日のためにと早々に自宅へと帰ったのだが。

05.06.20