Topaz  -友情と希望-

「もうリョーマの試合始まってるのよね?」

紅が走りながら桃城に尋ねた。
彼は首だけを彼女の方に向けながら頷く。

「俺が出る時に始まりそうだったから…そうっスね」
「ごめんね、雪耶さんまで付き合せて…。越前君の試合見たかっただろ?」

紅を挟むようにして桃城の反対側を走る河村が申し訳なさそうに眉を下げる。
そんな彼に、紅は笑いながら答えた。

「怪我している人を放って試合を楽しめって?それをして欲しいなら別のマネージャーを探してね」
「そうっスよ、タカさん。こんな人だからこそ、青学のマネージャーが出来てるんだって!」

彼女の言葉に桃城が便乗した。
河村も笑って「そっか。ありがとう」と言いなおす。

「さ!1年ルーキーの試合に間に合う為にも…スピード上げるよー!!」

紅が走る速度を上げた。

「せ、先輩っ!?速っ!」
「相変わらず凄いねっ…!」

彼女の足の速さに付いていくのがやっとな二人だった。














三人が試合会場へ到着した。
そこで彼らが見たものは、瞼から血を流すリョーマと、それを囲む部員達の姿だった。

「!?リ、リョーマっ!!!」

フェンスの外から紅が叫んだ。
ざわめいていた部員達が彼女の声に反応を示す。
半ば強引に人壁を抜けるようにして、フェンスの前まで出た紅。
目の前のそれに手をかけると、走ってきた反動を利用してヒラリとそれを飛び越えた。
そのままベンチの方へと進む。
彼女が走り寄ってきたのを見ると、悠希が彼女の方へと駆け寄った。

「試合中に壊れたラケットで瞼を切ったの。まだ三分前の事よ。…血が止まらないわ」
「ありがとう。ラケット…ね」

悠希の言葉を聞きながらも、紅は彼の元へと近づく。
横目でコートに転がったままのラケットを一瞥し、再び彼に視線を戻す。
悠希が運んで来ていた救急箱を受け取ると、リョーマの前に膝をつく。

「紅…」
「試合、するんでしょ?」
「当たり前」
「先生!…いいですよね?」

確認…と言うよりも念押しのような響きの声で紅が竜崎先生に問うた。

「血を止められれば、許可しようか」
「了解」

彼女の了承を得ると、紅は救急箱を開く。

「桃先輩、ついでにかわりのラケット一本出しておいて下さい」
「あいよ」

リョーマが桃城にそう声をかける。
紅はガーゼやその他諸々の道具を取り出しておき、彼らの会話が終わるなりテキパキと作業を始める。
数秒後、そこには血の止まった傷口があった。
もっとも、それのために左目全てを覆ってしまう必要あったのだが。
周囲から歓心の声が上がる。

それを耳に素通りさせながら、紅は最後にリョーマの頬についた血を拭う。

「片目になっちゃったけど…大丈夫よね?」
「うん。ありがと、紅」
「眼球の方は無事みたいだけど…暫く眼帯生活になるわね。後で病院直行よ」
「わかってるよ」
「あまり長くはもたないからね」
「了解」

調子を確認するように自分の手に視線を落としていたリョーマが顔を上げた。
いつもの、彼らしい生意気な笑みで紅を見る。

「勝ってくるから」
「当然でしょ!」

紅が笑顔を返した。
リョーマはベンチから立ち上がると、ラケットを用意していた桃城の所へ歩き出す。
いや、歩き出そうとした。
彼はピタリと動きを止めると、踵を返してベンチの傍で治療の片づけをしていた紅の傍に近づく。
自分の視界が陰った事で、紅がそれに気づいた。

「リョーマ?」
「ねぇ。昔のアレ、やってくれない?」
「“アレ”…?」

包帯を持ち上げたまま紅が自らの記憶を辿る。
隣から悠希が言葉を挟む。

「おいおい、越前。ただでさえ試合遅れてるんだから…さっさと勝ってきなさいって」

野良猫でも追い払うように手を振る悠希に、リョーマが溜め息をついた。

「んじゃ、勝ってからしてもらうよ」

そう言って再びコートへと歩き出す。
ラケットを受け取ろうとした彼を止めるように彼らの間に滑り込んだ大石。
部長と副部長、そしてリョーマのやり取りが終わって、漸く試合が再開された。

「紅」
「ごめん、私もわかんない」

悠希の声に、紅がそう返した。
親友の聞きたい事くらいはわかっている。
二人の間で成立するはずだった“アレ”という行動(恐らく)について。
しかし、当の本人も首を捻っていた。

「んー…覚えは、あるんだけど…」
「思い出さないとあの子絶対拗ねるよ?」
「だよね…。何だったかな…多分アメリカでの事だと…」

彼女達が呑気にこんな会話をしている間にも、試合は着々と歩みを進めていた。













片目が塞がれているために距離感が掴めない筈なのだが、
リョーマはそんなハンディはないかのようなプレーを見せていた。

「ま、私には関係ないからいいけどね。それより…紅もあのスポットの弱点わかった?」
「…まぁね。片方はリョーマしか出来ないよ」

その時、リョーマがラケットを持ち替えてボールを返す。
観客が沸いた。

「二刀流かー…紅も出来る?」
「雪耶には無理だな。反射神経は越前ほどではないにしろかなりいいが…左手が弱い」

悠希の言葉に答えたのは乾だった。
二人が振り向く。

「それもデータですか…」
「もちろん。何なら握力も言おうか?」
「…遠慮しときます。左手が弱い…ね」
「?間違っていたか?」
「ううん。間違ってないよ」

紅は笑みを浮かべてそう答える。
間違っては居ない。

ただ、紅が元々は左利きであった事を除けば。

05.05.05