Topaz  -友情と希望-

「海堂を逆にワナにはめるとは…リョーマも中々腕を上げたんだね」

スネイクで左右に走らされていたように見えたが、リョーマの方もただ走らされているだけでは終わらなかった。

「策に溺れたな、海堂……」
「……………国光…いつからいたの?」
「…かなり前だ。集中していたな」
「まぁね。リョーマの試合を見るのは久しぶりだから」

隣で試合を見ている手塚と話しながらも、紅の視線は試合に向けられていた。

「……「スネイク」って」

試合中のリョーマが口を開いた。

「“バギーホイップ・ショット”の事だよね?」

言い終わるや否や、リョーマがラケットを下から上へと振り抜く。
異常なスピンの掛かったショットは海堂のすぐ脇を抉るように角度をつけてコート内に入る。
周囲がスネイクを打ったリョーマに沸いた。

「あれってリーチがないとかなりキツイと思うんだけど…。私でも中々成功しないし」

紅はそんな事を呟いていた。
と、計ったように紅の言葉の後にリョーマも同じような事を言う。

「コレ結構難しいっスね、海堂先輩」

どうやらリョーマ自身もリーチがないとキツイと言う事を悟ったらしい。
紅は前で大石と乾が“バギーホイップ・ショット”について話しているのを聞くともなしに聞いていた。
そんな彼女が、隣でお馴染みの硬い表情を浮かべている手塚に気づく。

「国光?どうかした?」
「いや…。明らかに試合慣れをしていると思ってな」
「あぁ、リョーマ?そりゃあ慣れてるでしょうね」

口元に笑みを浮かべて答えた。
だが、その真実を紅の口から語る事はない。

「ゲームセット!!ゲームウォンバイ越前リョーマ6-4!!」

審判のコールがコート内に響く。
海堂が自分の膝を強かにラケットで傷つけ、そのままコートを出て行く。
紅は何も言わずに受付へと走り出した。













「あ、紅!どうだった?」
「リョーマの勝ち。6-4だよ。でも、後で自分で報告に来てくれると思うよ」
「海堂に勝っちゃったんだ!?うわー…紅が言うだけの事はあるわね」
「そんな事より、それ取って」

紅は悠希の隣にある救急箱を指さして言った。
悠希はすぐにそれを紅に手渡す。

「海堂?」
「そ。あいつは良くも悪くもプライドが高いからね。とりあえず、話は手当の後ってことで」
「はいはい。急いで戻って来てね~」

悠希の声を背中で聞きながら、紅は救急箱を持って海堂が歩いていった場所へと向かう。












人気のない校舎裏に海堂は座り込んでいた。
その両足は傷ついたまま。
紅は一息吐き出すと黙って海堂に近づいていった。
彼の傍までやってくると、その場に膝をついて救急箱から包帯と消毒液を取り出す。

「…雪耶先輩…放って置いてください」
「駄目。レギュラーの座を諦めないならコレくらいさせて」

タオルを添えて消毒液をかける。
傷口の消毒を終えると、用意してあったガーゼを当ててその上から包帯を巻いた。
マネージャー業もすでに3年目に入ろうとしている。
さすがに怪我の手当も慣れたものだった。
更に、紅の母親は看護婦をしていたために治療に関する知識を子供の頃から叩き込まれていたのだ。
今となってそれはかなり有意義に生かされている。

「はい、これでオッケーね」

包帯の巻き具合をチェックして紅は頷く。

「とりあえず、帰ってから傷口をちゃんと洗って消毒してね。それじゃ」

救急箱の中身を仕舞うと、早々にその場を去ろうとした。

「……何も言わないんスか」

紅の背中に海堂からの声が掛かる。

「…言わないって言うか、言えない。負けた時の悔しさってわかってるつもりだから」

振り向かずに紅は続ける。

「私に言えることがあるとすれば……」

その場で身体を反転させて海堂に向かって言った。

「頑張って」

笑顔でそう言うと、紅はそれ以上何も言わずにその場から歩き出した。














「お待たせー」
「遅い。今日のランキング戦はこれで終了だってさ。これ、今日の分書いておいたよ」

そう言って悠希が部誌を紅に手渡す。
紅と同じく綺麗な文字できっちりと書かれているそれに一通り目を通して再び彼女に向き直る。

「ありがと。これから私達って何をすればいいの?」
「コート整備と備品の点検。1年がコート整備に出てるから…」
「んじゃ、備品の点検ね。特にボールの損傷が酷そうよね」
「馬鹿みたいにボールに力を込めるタイプが多いからね」

横からボールカゴを引っ張ってきて悠希が先に点検を始めた。
紅も同じくボールを手に取ったが……。

「すいません、ネットってどこに仕舞えばいいんですか?」

1年生に声をかけられて顔を上げた。
持っていたボールが使える事を確認して別のカゴに戻すと、紅は1年生の方を向く。

「ちょっと待ってね。んー破れもないし…特に問題はないわね」

1年生の持っているネットを点検すると、紅は少し離れた所にある倉庫を指さした。

「倉庫に仕舞っておくんだけど…君たち始めてでしょ?教えるから付いて来て。

…悠希、ここ一人で平気?」
「大丈夫よ。思ったほど酷い物はなさそうだから。この分ならすぐに終わるし。行ってあげな」
「ありがと、お願いね。じゃあ、行こうか」

悠希の返事を聞くと、紅はすぐに1年生と共に倉庫へと向かった。
ネットを受け取ろうとしたが、1年生がものすごい勢いで首を振ったために手ぶらで移動する。
途中、点検済みのボールカゴを見つけたのでそれを倉庫に運んでいった。

「ネットはここね。はい、お疲れさん」
「「「ありがとうございました!」」」
「クスクス…どういたしまして。君たち名前は?私は雪耶紅。男テニのマネージャー」

名前を聞くと三人を解散させて自分は悠希の元へと戻る。
丁度彼女の方も片づけが終わったようだった。

「お疲れさん」
「お疲れー。部長達はまだ部室?」
「多分ね。レギュラー……じゃなかったね、元レギュラー達も集まってるんじゃない?」
「じゃあ、私たちも行こうか。もう着替え終わってるだろうし」
「ねぇ」

二人の声の合間に聞こえてきた第三者の声。
紅と悠希が振り向いた先には、リョーマの姿があった。

「何?」
「あの時はどーも」
「あの時……?あぁ、トーナメント会場で会ったっけ」
「何何?何の話?」
「あれ?悠希に話さなかった?

トーナメント会場で遊んであげたらしくてね。大人気ない高校生にラケットぶつけられたの」
「それで手当してあげたの?」
「っス」
「どうにも怪我してる人を放っておけない性格なものでね」

頬をかきながら苦笑を浮かべる紅。
そんな紅を見て、リョーマが再度口を開いた。

「アンタ…もっと別の所で会った事ない?」

身長差から覗くように見るリョーマに、今度は口の端を浮かべて見せた。

「さぁ?レギュラーになったらその質問に答えましょうか」

05.03.10