幼い記憶 20
『見てくれ、ユセリ!これで完璧だろう!?』
男は女に向かって歓喜の声を上げる。
だが、女の表情は悲しげだった。
『カイト……もうやめましょう?望んでも手に入らないものはあるのよ』
『何故だ!?これさえあれば君も…』
『それの犠牲がどれほどの物なのか…あなたはわかっていないわ。
望む心が失う恐さを飲み込んでしまっている』
『わかっているさ。君を失う恐さはね』
言葉を聞かずに自室へと舞い戻っていく男の背中を、女は何も言えずに見送った。
「コウのこの入れ墨は、カイトが付けた物なんだ」
エンヴィーが逆ウロボロスをなぞりながらそう言う。
コウは全てを聞き漏らすまいと、黙ってエンヴィーの言葉を聞いていた。
「逆なのは……お父様に対する反抗心の表れだろうね」
「反抗…」
「そう言う事。時間がないからさっさと話してしまおうか」
エンヴィーがそう言った。
何故時間がないのか…。
コウにはそれが疑問だったが、それを聞くよりも自分の過去を知りたかった。
「カイトは、賢者の石を作る代価を一人に絞ろうとした。それは理解できたね?」
「うん。未完成な賢者の石を取り込んだ人間を使う…でしょ?」
コウの答えに、エンヴィーは笑みを見せて頷いた。
「その一人の人間……カイトは色々と調べたかったみたいだね」
「調べる…?」
「賢者の石を人間に埋め込んで害がないのかとか…錬金術の能力が上がるか、とか色々」
視線を窓の外に向けてエンヴィーが話す。
その表情からは笑みが消えうせていた。
「だから、一番近い人間でそれを実行した」
言葉に弾かれたように、コウはエンヴィーを見つめる。
エンヴィーの紫の目がコウを捉えた。
「コウ。変だと思わないの?」
「え…何が?」
「これ」
そう言って、エンヴィーはどこからかコウの腕輪を持ち上げた。
二つのそれを目にして、コウはその存在をようやく思い出す。
「私の腕輪!これが…何?」
「じゃあ、これを使っていつもの剣を錬成してよ。槍でもいいけど」
腕輪を返されるが訳のわからないコウ。
腕輪とエンヴィーを交互に見つめて沈黙した。
「…いいから」
錬成して、促がすエンヴィーに、コウは仕方なく両手を合わせる。
そして、その両手を二つの腕輪に触れさせた。
眩い光を纏って、腕輪が細身の剣へと形を変える。
「出来たけど…」
不安げにそう言うと、エンヴィーはコウの髪を梳いた。
その行動に、コウの不安はいくらか少なくなったように思える。
錬成された剣に視線を落として、エンヴィーが口を開いた。
「ねぇ、コウ。この剣とさっきの腕輪…。物質は同じだよね?」
「…うん。同じ銀だけど…」
「じゃあさ。おかしくない?」
言われてコウは剣へと視線を落とした。
だが、整理のつかない頭ではエンヴィーの言おうとしている事が理解できない。
「…仕方ない、質問を変えるよ。その銀、質量が増えてない?」
「!!」
ようやく、エンヴィーの言わんとしている事を理解した。
見開いた眼で剣を見つめる。
細くない腕輪二つから出来ているとは言え、これだけの長さを作るだけの質量はなかった。
つまり、増えているのである。
「どうして…」
「リオールの街の教主を覚えてない?」
エンヴィーがそう問うた。
「教主……偽の賢者の石?」
「そう。あれも等価交換を無視した錬金術だった。コウのそれも同じだよ」
「だって、私は賢者の石なんて……っ」
賢者の石なんて、使っていない。
そう言おうとした。
だが、その言葉の途中でエンヴィーの言葉が過ぎる。
『賢者の石を人間に埋め込んで害がないのかとか…錬金術の能力が上がるか、とか色々』
『だから、一番近い人間でそれを実行した』
頭の中で何度も繰り返される言。
そして、コウは一つの結論に到達した。
遠回りしていたのかもしれない。
ずっと、彼らの追い求めてきた物。
それが自分の中にあるのだと。
例え、未完成の物だったとしても。
「わ…たし…?」
震える唇でそう紡ぐ。
信じたくなかった。
出来るなら、知りたくなかった。
それでも、知ってしまった。
「コウの中には未完成だけど限りなく完成に近い賢者の石がある」
エンヴィーが答えを声に出した。
「例えばコウの血一滴にもそれは含まれているんだ。埋め込むと言うよりも、完全なる調和。
それが、カイトの答えだった」
そして、エンヴィーは続けた。
「すでに、コウは何よりも賢者の石に近い存在なんだよ」
エンヴィーの声が、やけに頭の中に響いた。
(05.01.14)