幼い記憶  18

数十年前、二人の人間がお父様の傍に現れた。
そこから運命は変わってしまったのかもしれない。



「一人は黒髪の女、ユセリ・スフィリア。もう一人は金髪の男、カイト・スフィリア」

エンヴィーがゆっくりとその名を告げた。
コウの目が大きく見開かれる。

「お父さんと…お母さん…?」

コウの呟きを聞き取り、エンヴィーが頷く。
そして、エンヴィーは続けた。

「原理は知らないけど、とにかくカイトは人の記憶の操作が得意だった。

あれは錬金術って言うより、洗脳の領域に近かったね」

思い出すように天井へと視線を向けて、エンヴィーがそう言った。
コウには黙って聞いていることしか出来なかった。
自分の父親がエンヴィーの言う“お父様”の傍にいたなど…そんな話を聞いたことはなかった。









「カイトは賢者の石を求めてたよ。それこそ、おチビさん以上に」
「おチビさん…?」
「あ、そうか…知らないんだね。鋼の錬金術師。コウの幼馴染の事だよ」
「エド…」
「続けるよ。とにかく、必死だった。理由までは知らないけどね。

んで、それの研究をしているお父様の所に転がり込んできたらしいよ」












「私に賢者の石の製造法を教えてくださいっ!!」

そう言ってカイトがお父様の元を訪れた。
お父様は理由も聞かずに、ただ首を縦に動かす。
そして、言った。

「私の事はラインとでも呼べ」

お父様……ここからはラインと称しておこう。
ラインは研究の一部をカイトに教えた。
だが、カイトがラインの元へ来て数年後。
二人には意見の相違が目立つようになった。

カイトの前に横たわる、人であった肉塊。
それを見下ろして、ラインは口を開いた。

「カイト…またやったのか」
「うるさいっ!あの二人に子供はいなかったんだ!」
「…そう、お前が記憶を操作したからだろう?賢者の石には多くの生きた人間が必要だ」
「そんな人数は必要ないんだ。これを見ろ」

そう言って、カイトは小瓶に入った赤いそれを見せる。
若干くすんでは見えるものの、それは賢者の石に近しい物だった。

「五人ではこれが限度だった。だが…この未完成な賢者の石を埋め込んだ人間を錬成に使えば…。

代価は一人で十分だと思わないか?」

その目に赤いそれを映し、カイトは言った。












「未完成な賢者の石を…人間に…?」

信じられない。と言う風にコウは首を振った。

「本当だよ。カイトはそう言った。俺も聞いてたからね。

まさか人間がそこまで考えるなんて思わなくて…正直驚いたね」
「人間がって…」
「俺はホムンクルス。お父様に作られた存在だよ」

何でもないように簡単にそう言ったエンヴィーに、コウは目を向ける。
嘘を教えているようには見えない。

「んで、カイトはお父様と意見を食い違えた。

初めからお父様の言い分なんて聞くつもりはなかったんだろうね」

元々二つだった物が再び分かれるのは簡単だった。

「結果的には、カイトはお父様の元を出て行ったよ。ユセリを連れてね」
「ユセリ…お母さんは何をしていたの?」
「………カイトの手伝い…かな。ユセリは俺たちも殆ど姿を見なかったんだ」

そういいながら、エンヴィーはコウの手の平の逆ウロボロスを指先で撫でる。
コウは頭の整理に忙しいのか、それを咎める事はなかった。

「全然そんな風に見えなかった…。優しいお父さんだったのに…」

コウがポツリと呟いた。
自分が呟いたことにすら気づいていない様子のコウ。

「それは……カイトがコウの記憶を操作したからだよ」

エンヴィーがそれを告げると、コウは落としていた視線を上げる。
その目は、不安げに揺れていた。

「お父様に言われて…カイトが出て行った後も彼を見張ってた」

そこでエンヴィーは言葉を区切る。
そして、ゆっくりと口を開いた。

「コウが今持っている記憶は、その殆どがカイトに操作されたものだよ。

カイトが死ぬ間際にコウに施した………偽物」
「に…せ…もの…」

コウの瞳は光を消した。

今まで自分が信じて疑わなかった記憶が、全て偽りだった。
あの優しい父親の笑顔も、温かかった過去も。


全テガ―――――ツクリモノ。






「何で……」

小さく声を発する。

「…俺を探そうとしないで。こいつらと同じように…そう言ったの?」
「…へぇ…俺が殺したって、気づいたんだ?」

エンヴィーが口の端をあげる。
そんな彼に、コウは鋭い視線を送った。

「答えて」
「………俺が関われば、操作された記憶が混乱すると思ったんだ。

コウにとっては信頼しきってた親が殺された。それだけでかなりのショックだっただろうからね」
「そう…」
「すでに混乱してるみたいだけどね」
「…いいえ、思ったよりもスッキリしたわ。抜け落ちた記憶も、これで説明がいくから」

そう答えたものの、コウの表情は沈んでいた。
そんなコウを見てエンヴィーは溜め息を吐く。

「続きは明日にしようか」
「え!?今聞くっ!!」
「……駄目」

コウの必死な様子に、エンヴィーは悩む素振りを見せた。
だが、頭を横に振る。
そして、コウの動きを制限してきた右腕の鎖を外した。

「…エンヴィー?」
「もう逃げないでしょ?あー…赤くなってるね…ごめん」

手首にキスを落とされて、コウは一気に頬を赤らめる。
先ほどまでのシリアスな空気は一転していた。

「初々しいね、その反応」
「う、うるさいっ!」
「続きが聞きたかったら逃げないでね」
「きゃっ!」

ヒョイッとコウを横抱きにするとベッドの上に下ろした。
額の髪を掻き揚げ、そこに唇を当てる。
再び赤くなるコウに微笑むと、エンヴィーはベッドから離れた。

「疲れてるだろうから休みなよ。起きたら食事を運んであげるから」
「あ、ありがとう…」

笑顔と共に閉じられる扉を見て、コウはベッドに横たわった。


「あんな風に優しくされた後で逃げれないよ…」

鍵の閉められなかった扉から視線を外すと、そう呟いた。

「お父さん…どれが本当でどれが偽りなの―――?」

涙の交じる声が、不思議なほど部屋に響いた。

(05.01.11)