幼い記憶  17

『あんた、俺らと同じなんでしょ?あ、ちょっと違うか…』

何を言ってるの?

『こいつらに利用されてただけってわかってる?その様子じゃわかってなさそうだけど』

利用………?利用って何?

『間一髪、って所だね』

あなたは――――誰?











「初めまして、銀翼の錬金術師」

意識を取り戻したコウの目に初めに飛び込んできたのは、憎いほどの漆黒だった。
妖艶に微笑む女性は、言葉を失うコウの姿すら滑稽と言った風に笑みを深める。

「ここは……」

コウは薄暗い部屋を見回す。
徐々に身体も自由を取り戻しつつあった。

だが、腕の自由が利かない。
その腕に目を向けると、右の利き腕が繋がって壁に固定されていた。
左腕は鎖に固定されているものの、ある程度の自由が利く。
そこで、両腕の腕輪が見当たらない事に気づく。

「ああ、腕輪ならここよ」

コウの考えに答えるように、女性が二つの腕輪を指で挟んで見えるように持ち上げる。

「返して」
「…強気な子ね。そう言う子は嫌いじゃないわ」

自分の得意のそれを取られているとあって、コウの表情にも緊張の色が見られた。

「もうすぐあなたのよく知った人が帰ってくるわ。それまで大人しくしていることね」

そう言うと、女性は立ち上がって部屋を出て行った。
扉の閉じる音の後、カチャッと鍵の閉まる音がコウの耳に届いた。

「どこなのよ、ここ…」

結局答えが聞けなかったために、コウは再び部屋を見回した。
何の変哲もない、ただの部屋。
窓が一つに、ベッドが一つ。
タンスらしき物もあり、本棚とソファーも置かれていた。
誰かが生活していると言われても何ら疑問を抱かないだろう。
電気はついていないようで、日の光の差し込まない部屋は薄暗い。

「……外れそうにないし…」

右腕を揺らしてみるものの、数センチも動かずにガチャガチャと冷たい音が部屋に響くだけだった。
頼みの左腕を動かしても状況はよくなりそうにない。
片腕が自由だったなら、何とか両方の手を合わせて錬金術を使う事も可能だっただろう。
だが、左腕は丁度十数センチ右腕に届かない程度の長さに固定された鎖に繋がっていた。

「要するに、私の事はお見通しって訳ね」

腕輪を使って錬成する事も、両の手を合わせることで錬成陣なしに錬金術を使える事も。
出来る事はないと判断したコウは、壁にもたれるとそのまま目を閉じた。

「記憶が……戻ってきてる…」











カチャリと軽い音がして、扉がゆっくりと開かれた。
それに釣られるようにコウも瞼を開く。
そこに立っていたのは、見知らぬ男の人だった。

「あ、目が覚めたんだ?ビックリしたよ。軽く気絶させたはずなのに、一日意識を取り戻さなかったから」
「一日…?」
「そう。まぁ、無事でよかったよ」

そう言って男の人がコウの頭を撫でる。
知らない人のはずなのに、コウは何故か怯えを見せなかった。

「あなた、誰?」
「…俺はエンヴィー。さっきのおばはんはラストね」
「嫉妬に、色欲…?」

告げられた名前の意味を呟くと、エンヴィーが口に笑みを浮かべた。

「そうだよ。俺たちの名前は七つの大罪から取られてる」
「……あなたたちは何者?」

怯えを見せずにそう問うてくる視線に、エンヴィーは喉で笑った。
コウは目を逸らさずにエンヴィーの言葉を待つ。

「状況わかってる?例えば俺がさぁ…」

そう言いながら、エンヴィーがコウの首に手を滑らせた。
そして、その手に少し力を込める。

「っ!!」
「このまま力を込めれば死ぬんだけど?」

楽しげに目を細めたまま、エンヴィーは手の力を抜いた。
一気に喉に押し寄せる空気にむせ返りながら、コウはエンヴィーを見る。

「な、んで殺さないの?」
「殺すつもりはないよ」

そう答えるエンヴィーに、コウは目を見開いた。

「真実が知りたいでしょ?」
「っ!?」
「何で、って顔しないでよ。ずっと見てきたんだから…知ってて当然」

再び喉の奥で笑うと、エンヴィーはコウの前に座った。

「ちょっと待って。ずっと見てきたって…」
「あれ?まだわからないんだ?…ま、あの姿しか見せてないからね」

言い終わるが早いか、エンヴィーの姿が崩れていく。
いや、別の姿に変化していくと言った方が正しいだろうか。
そして……コウのよく知る者へとその姿を変えた。

「―――――し、師匠……?」

先ほどのエンヴィーの面影は全くなく、そこにはコウの知る師匠がいるだけだった。

「コウに錬金術を教えたのは俺だよ」
「じゃあ……師匠がエンヴィー…」

コウがそう言うと、エンヴィーは頷きながら姿を戻した。

「真実って、一体何を知っているの?」
「コウの知らない記憶」

答えながら、エンヴィーはコウの左腕の鎖を外した。
カシャンッと音を立てて鎖が床に落ちる。
そして、エンヴィーはコウの手の平に自分の手を押し当てた。

「熱っ!!」

ジュッと短く音がしたかと思うと、エンヴィーはその手を放す。
コウは慌てて熱を感じた部分を見た。

「何これ…蛇…?」
「ウロボロス。俺のこれと同じ物だね」

そう言って、エンヴィーは自分の太腿の入れ墨を見せた。
だが、コウのそれとは若干違った。

「でも…逆…」
「そう。コウの持つそれはアンチ・ウロボロス。俺らが勝手にそう呼んでるだけだけどね」
「アンチ……ウロボロス?」

コウがその入れ墨を見ながら首を傾けた。
そんなコウを見て、エンヴィーがゆっくりと口を開く。

「コウ…昔話をしてあげようか」

(05.01.08)