幼い記憶  16

「結局いなかったんだな」
「うん…」
「そんなに落ち込むなって!思い出したんだから絶対に見つかる!」

肩を落とすコウを励ますように、エドが声を上げた。
ちなみにアルはアームストロングのありがたい計らいのおかげで家畜車両にいる。
悲しげに瞳に影を落としながら過ぎていく景色を見つめるコウ。
考えを振り切るように首を振ると、コウは立ち上がった。

「どこに行くんだ?」
「ちょっとアルの所まで行ってくるね」
「家畜車両は進入禁止じゃなかったか?」

エドがそう答えたが、コウはすでに歩き出した後だった。
汽車が揺れるたびに銀髪が揺れる。
そんな彼女の後を、ルシアが尾を揺らして着いて行った。

「追うのかね?」

エドの向かいに座るアームストロングがそう言った。
ちなみにエドの隣には先ほどまでコウが座っていたのである。
エドは頭を振った。

「いや。一人になりたいんだろ…。多分…色々考えてるんだと思う」
「そうか…」

そんな時、黒髪の女性がコウを追うように立ち上がったのを、二人は見ていなかった。











「あの子、一人で歩いていったわよ」

先ほどの黒髪の女性、ラストがそう言った。
汽車の連結部分でラストは男性と並んでいる。


「らしいね。ちょうどいいし…俺が行ってくるよ」
「そう?じゃあ、あなたに頼むわ」
「おチビさんの方は任せたよ」

そう言うと、男性はコウの歩いていった方へと歩き出した。
途中、コウのよく知る者へと姿を変えて。












当てもなく歩いた所で、汽車の中では行く場所は決まっている。
コウは最後尾まで歩いてきていた。
風が容赦なくコウの髪を乱すが、そんな事は彼女にとってはどうでもいい事だった。

「わからない…」

呟く声はたちまち風に掻き消される。
手すりにもたれて、過ぎてゆく景色に目を向けていた。

「あの人……誰?」

ルシアが風圧で飛ばされないように腕に抱きながら、コウは再び呟いた。
その時、コウの真後ろにあった扉が音を立てて開いた。













「…師匠?」
「ああ、やっぱりコウだったんだ」
「どうして…?」

コウは身体ごと振り返ってそう問う。

「こんな所にって?いつも聞くよね、コウは。別に俺がいてもおかしくないよ?」
「あ…そう、だよね」

困ったように微笑むコウ。
そんなコウを覗き込むように、師匠は腰を曲げた。

「どうしたの?元気ないね」
「うん…ちょっと色々あって…」
「何があったの?」

至近距離から見つめられ、コウは声を詰まらせた。
そして、途切れ途切れに言葉を発する。

「……記憶の…一部が、戻ったみたい…」
「…へぇ…よかったじゃん」
「よかったのか、悪かったのか…自分でもよくわからないの」

そう言うと、コウは先ほどと同じように身体を反転させ、手すりにもたれさせた。

「忘れていた…失っていた方がよかったのかもしれない」
「何で?」
「だって……失っていた時には闇雲に探していればよかったもの。

海に捨てた指輪を探すようなもの。決して答えには辿り着かないわ」

そこまで話して、コウは一旦言葉を切る。
そして、師匠の方を向いて言った。

「取り戻したら、答えを掴まなくちゃ…。どんなに憎んだとしても、私に人は殺せない。

憎くても見逃す事が出来ないなら………記憶なんてない方がよかった」
「…ごめん」
「え…」

行き成り謝られて、コウは外そうとしていた視線を戻そうとした。
だが、それは叶わなかった。

「――――っ!」

首の後ろに痛みを感じたと思うと、視界が狭まっていく。

「し…しょ…」

呼ぶことすら叶わず、コウはその意識を手放した。
崩れ落ちたコウの身体を、師匠が難なく受け止める。
コウの身体から師匠の肩へとルシアが移ってきた。

「ご苦労さん、ルシア」

そう言うと、師匠は着ていたコートをコウに着せ、帽子を深く被せるとコウの身体を抱き上げた。
丁度、その時汽車が駅に停車した。
最後尾の次の車両に入ると、その後ろの方の座席に座る。
そして窓側にコウを座らせて自分の肩にもたれさせた。
ルシアは彼女のコートの中に滑り込む。
静かに呼吸を繰り返すコウの額にキスを落すと、乱暴に開いた前方の扉に視線を向ける。
そこから見慣れた金髪が走りこんできた。

「ったく…どこまで行きやがったんだよ…っ!」

そんな事を言いながら、師匠の横を通り過ぎる。
エドは、コウに気づかずに最後尾へと走って行った。

「甘いね、おチビさん」

その呟きはエドには届かない。
そして、彼らを駅へと降ろして、汽車は次の駅へと走り出した。











「コウは下りてないのか!?」
「我輩は見ておらんぞ?」
「あー…しまった…どっかで見落としたかも…。くそっ!!」

探しに行ったにも関わらず、コウは見つからなかった。
だからてっきり降りたものだと思って自分も駅に降りたのだが…。

「兄さん、コウならきっとリゼンブールで降りて待ってるよ」
「……そうだといいけどな」

エドは心配そうに汽車の走って行った方を見つめていた。

(05.01.06)