幼い記憶 15
『あんたがコウ?』
血だまりに横たわる両親。
『震えてるんだ?俺が恐い?』
口の端をあげて男が笑う。
さっきまで女性の姿をしていたのに、今では男性の姿。
長い黒髪を揺らして微笑むその人。
頬を汚す赤とのコントラストに、一瞬でも目を奪われた。
『安心しなよ。コウは殺さないから。ただし――――』
「コウ!!!」
「―――――っ!?」
名前を呼ばれて飛び起きると、そこには心配そうに見つめるエドがいた。
コウは荒い呼吸を整えながら上半身を起こす。
「大丈夫か?」
「……何が?」
「二日、眠ってた」
「二日かぁ…………………二日!?」
コウが慌てて周囲を見回せば、そこは病院だった。
「何で…?」
「タッカー…さんの家で倒れたんだよ。それからずっと眠ったままで…」
「そっか…」
倒れる前の事を思い出し、コウがエドワードの腕を掴んだ。
「エド!ニーナはどうなっ……………っ!?」
いや…掴もうとした。
だが、そこに腕はなかった。
一瞬固まったように静止したコウだったが、思い出したようにエドのコートを脱がす。
そこに、あるはずの機械鎧はなかった。
「……機械鎧…どうしたの……」
見慣れない空間を凝視して、コウがそう言う。
「…………スカーって男にやられた。悪いけど、一旦リゼンブールに帰る事になったんだ」
「それはいいけど…」
「わかってるって。全部ちゃんと話すから」
そう言うと、エドは溜め息をついて二日間の事を話した。
「で、コウはどうしたんだ?倒れた心当たりは?」
「わからないけど…」
「凄いうなされてたけど…それに関係があるか?」
エドが心配そうにコウを見つめる。
その言葉で、コウは思い出した。
「記憶……」
「!?」
「記憶が少しだけ戻ったかも…」
その場に不釣合いな笑みを浮かべた男。
広がり行く血だまり。
二つの、人であったモノ。
今での夢の全てを思い出すことが出来た。
そして、幼い自分がそれに目を奪われた事も。
「それで……会った事のある奴なのか?」
エドが控えめにそう問う。
だが、コウは首を横に振った。
「多分……知らない。顔はわからないの。思い出したのは……口元の笑み」
「今までの殺人者とか容疑者とか…大佐にそう言った奴らの顔写真を見せてもらおう!」
「うん…」
「俺、コウが目を覚ましたって大佐に伝えてくる」
「病院にいるの?」
「…コウが心配なんだとさ。さっき医者に話を聞きに出て行ったんだ」
そう言うと、エドは病室を出て行った。
「これも全部違う」
すでに三つのファイルが、コウの前から除外された。
休む間もなく顔写真と記憶を照らし合わせていくコウ。
「コウ、無理をしなくても…」
「わかってるよ、ロイさん。大丈夫。身体の方は何ともないから」
そう言いつつ、コウの目は次々に写真を追っていた。
だが、どの写真もコウの目を止める事はない。
「コウ…」
「やらせてやってくれ、大佐。やっと思い出したんだからな」
「…それだ。何故コウは思い出したんだ?代価として記憶を失ったのではなかったのか?」
ロイがコウから視線を外してエドへと向ける。
エドの方もわからないと言う様子で肩を竦めて見せた。
「多分だけど…。私が持っていかれたのは髪の色素だけだったんだと思う」
コウが視線を上げてエドの代わりに答えた。
二人の視線がコウに集まる。
四つ目になるファイルを閉じると、コウは背もたれに背中を預けた。
「その時の記憶はないけど…多分。だから、ニーナのショックで思い出したのかもしれない」
「二日間眠ってたのはそれの反動か…」
「そうだと思う」
ロイの言葉にコウは頷きながらそう言う。
「大佐、次のファイルは?」
先ほど見終えたファイルを差し出しながら、コウが問う。
ロイは首を横に振った。
「いくらなんでも病み上がりの身体に無理をしすぎだ。今日はここまでにしなさい」
「でも…っ!」
「今日なんともなければ明日には退院してもいいと言う許可が出てるんだ。
退院してからでも遅くはないだろう?」
「……わかりました」
コウがそう答えると、ロイは持ってきたファイルの山を持って立ち上がった。
「鋼の。少しいいか」
「…ああ。コウ、ちょっと出てるな。何かあったら…」
「わかってる。ちゃんと呼ぶよ。行ってらっしゃい」
そう答えたコウに微笑むと、二人は部屋を出て行った。
扉が閉じられると、コウはベッドに横たわった。
見た夢をもう一度思い出す。
「『安心しなよ。コウは殺さないから。ただし――――』」
そう呟き、目を閉じた。
「『俺を探そうとしないで。こいつらと同じように、ね』」
(05.01.04)