幼い記憶 14
「エド。もう軍部の方の資料は全部調べ終わったよ」
「そっか」
サラダを口に運びつつ、コウはそう言い出した。
「やっぱり目ぼしい物は何にもないね。
まぁ…軍も欲している物を探してるんだから、あるとは思わなかったけど」
「ああ。俺らも…今日あたりで終わりそうだよな、アル」
「うん。結構調べ終わってる」
「って事だから」
「わかった。じゃあ……今日は付いて行こうかな。軍部にいてもする事はないし…」
フォークを置くと、コウはエドの方を向いた。
少しだけ表情を曇らせるエド。
「大丈夫か?」
「ん。一日くらいなら…大丈夫だよ」
「じゃあ、コウはニーナと遊んであげてよ」
「いいよ。エドとアルはしっかり調べてね」
そう言うと、ほぼ同時に席を立った。
3人は食堂から出て行く。
「今日は天気悪いね、ルシア」
歩いて移動しつつ、肩の上のルシアを撫でる。
コウと同じ銀色の毛が風を受けて揺れた。
雨が近い所為で元気のないルシアに苦笑を漏らしつつ、コウはどんよりとした空を見上げる。
タッカーの家に着くと、アルが呼び鈴を引いていた。
その間、コウは二人の背中を見つめる。
「今日は降るな、こりゃ」
エドは空を仰ぎ、呟いた。
いくら呼び鈴を引いても中の住人からの返事はなかった。
仕方なく鍵の開いていた玄関を通るエドとアル。
少し躊躇いながらも、コウは二人を追った。
「ルシア…」
肩に乗るルシアの震えにコウが気づかないわけもなく。
宥めるように小さなルシアの身体を両腕で抱き込む。
力なく鳴き声をあげるルシアに表情を落しつつ、前を進むエドたちを見る。
薄暗い廊下は、コウの恐怖心を煽るには十分すぎた。
とある部屋の前を通る時、エドが中にタッカーがいる事に気づいた。
「コウ?」
「ごめん…入れそうにない…」
「……わかった。向こうで待ってるか?」
コウは頷く。
彼女が廊下を引き返すのを見送り、エドはアルを追って部屋へと踏み込んだ。
そこに知りたくない真実があるとも知らずに。
「ルシア……」
すっかり怯えてしまっているルシアを抱きしめ、コウは呟く。
「何で……わかんない」
コウ自身、何故ここまで恐怖に駆られるのか理解できない。
リオールで合成獣を前にした時ですら、恐怖という感情は湧いてこなかった。
音のない廊下に遠くの部屋の声が響いてきた。
同時に、何かを壁にぶつけるような音。
「――――!――――――!!」
「この声……エド?」
音の出所は先ほどエドたちが入ろうとしていた部屋。
どうしようかと悩んでいる所に、アルが姿を見せた。
「アル!どうしたの…?」
「あ、コウ…」
「…エドは……」
俯いたままのエドの腕を引くアル。
そんな二人の様子に、コウも何かあったのだと悟った。
二人の横を抜けて出てきた部屋へと入ろうとする。
だが、それを止めたのは他ならないエドだった。
「やめとけ…」
「エド……?」
「コウ、僕らはここにいなくちゃいけないから…軍部に連絡して大佐に来てもらってくれる?」
「…わかった」
エドの腕が緩むと、コウは電話のある場所へと足を運ぶ。
コウの姿が見えなくなると、エドは壁伝いにその場へ座り込む。
「兄さん…」
「…………………コウが何で怖がってたのか…。もっと早くに気づけばよかったな…」
呟かれた言葉。
過去をいくら悔やんだ所で、それを塗り替えることは出来ない。
「ロイさんをお願いしますってば!!緊急なんです!!」
珍しくコウが声を荒らげた。
外部からの電話がそう簡単に通してもらえないことくらいはわかっている。
だが、コウ自身も彼らの様子からただならないモノを感じたのだ。
『外線からの電話は繋げない事に……』
「緊急なんです!マスタング大佐に繋いでくれるだけでいいですからっ!」
『ですから………え…いえ、外線からです。…ちょっ…お待ちくださいっ!』
「?」
電話の向こうの女性の声が離れていった。
それを不思議に思いつつ、コウは受話器を持ち変える。
「あの…」
『コウか?私だ』
「…ロイさん…?」
先ほどの女性の声ではなく、よく知った声が耳に届く。
「あれ?何で…」
『偶々前を通っていた。電話からコウの声が漏れていたぞ』
「え!?そ、そんなに大きな声出してましたっけ…」
『何があった?コウが声を荒らげるなど珍しい』
「あ、そうなんです!エドとアルと一緒にタッカーさんの家に来ているんですけど…。
アルが大佐を呼んで欲しいって…私は何があったか聞いていないんです。
でも、彼ら…エドが凄く落ち込んでいて…!」
『…手の空いている奴を向かわせよう。私も用を済ませたらすぐに向かう。
コウ、兄弟とそこにいなさい』
「あ、ありがとうございます!」
向こうの電話が切られると、コウも受話器を下ろした。
「コウ、大佐は?」
「手の空いている人を向かわせてくれるって」
「そう」
「エドは?」
「まだ向こうにいる」
アルの声が、いつもより暗いのは気のせいではない。
表情のわからない鎧の姿ではあるが、声の調子でわかるくらいに長い付き合いである。
「何が、あったの?」
「………人語を話す合成獣が錬成されていた」
「!……また…」
「それで………タッカーさんはニーナとアレキサンダーを…っ!」
言葉を途切れさせたアル。
告げられた事実に、コウは息を呑んだ。
「………人間を…娘を使うなんて…」
腕に抱くルシアをぎゅっと抱きしめる。
苦しくないように調節しているために、ルシアは大人しくコウに抱かれていた。
「だから、ルシアは嫌がったんだね…。前にも同じ事をした人だから…」
車のクラクションが聞こえ、呼び鈴が再び引かれた。
アルはそれに反応して玄関へと向かう。
状況を説明する声がコウにも届いた。
ソファーに崩れるように座ると、コウは俯いた。
頬を、冷たい雫が伝う。