幼い記憶  13

「探し物は見つかったかね?」
「ロイさん…」

机に積まれた本の山。
それの前を陣取り、ひたすらその山を読み漁る少女に、ロイは声をかけた。
ロイの問いかけに少女……コウは首を横に振る。

「駄目ですね。そんな簡単に見つかるような物じゃない事はわかってますけど…」
「何と言っても、軍さえも欲する物だからな」
「そうですね…」

バフンッとコウは分厚い本を閉じる。
そして、本の山を抱えて歩き出した。

「危ないだろう」
「あ」

ひょいっと取り上げられた本たち。
その本を追っていけば、笑みを浮かべたロイに辿り着く。

「ありがとうございます」
「女性にこんな重い物を持たせるわけにはいかないからな」

ロイ8割、コウ2割と言った割合で本を運ぶ。
その量の本を抱えながら、危なげなく歩くロイ。
そんな彼に、コウは男女の差のみならず、歳の差まで大きく感じた。
二人で本棚に本を戻しつつ、軽く世間話を続ける。
そうして片付けると、驚くべき速さで山はなくなった。

「ところで……ロイさん、仕事中ですよね?」

ふとコウの発した言葉に、見事に固まるロイ。
それだけで、コウは納得したように溜め息をついた。

「私の相手なんてしてる場合ではないじゃないですか…」
「はは…すっかり忘れていたな。ホークアイ中尉に銃弾を食らいそうだ…」
「…手伝ってもらったんですから、一緒に謝りますよ、私も」
「そうしてくれるとありがたいな」
「今回のお返しと言う事で」

にっこりと笑うと、コウは先に部屋を出た。
廊下を並んで歩きながら、ロイが思い出したように話題を変える。

「そうだ。ハボックが鋼のたちを迎えに行くと言ってたな」
「あ、もうそんな時間だっけ?」
「そろそろ出発する頃かも知れんな。コウも行くなら急いだ方がいい」
「うん。ハボックさんどこにいるんだろ…」

きょろきょろと忙しなく顔を動かし、お目当ての人物を探す。

「あ、ハボックさん!!」

前を進む咥えタバコの軍人に、コウが声を上げる。
その声に振り向くと、ハボックはヒラヒラと手を振った。

「よぉ、お姫さん」
「姫じゃないです!」
「あー…わかったわかった。コウも迎えに行くのか?」
「行く!」
「んじゃ、行くぞ。準備の方はいいか?」
「大丈……あ!ルシアが散歩中だった。もう帰ってくる頃だと思うから、探してくるね」
「おー。軍部の前で待ってろよ。車回すからな」
「了解!」

見様見真似の敬礼をすると、コウは外に向かって走り出した。

「ハボック」
「何スか?」
「タッカー氏に伝えておいてくれ。「もうすぐ査定の日です。お忘れなく」とな」
「わかりましたよ。んじゃ、お姫様をお迎えに上がるとしますか」

ハボックも出口に向かって歩を進める。
彼の背中を見送りながら、ロイはとある事を思い出した。

「あ!一緒に謝ってくれるのではなかったのか、コウ!!」
「大佐?どこに行っていたのですか?」

時すでに遅し。
どうやら今日は残業のようである。











「車で待ってるか?」
「ううん。行くよ」

ドアを開いて車から降りる。
鍵をかけて後を追ってくるハボックを待つと、コウは呼び鈴を彼に譲る。
程なくして現れたこの家の持ち主。

「ああ、エドワードくんたちのお迎えですか」
「はい」
「こっちです。っと、このお嬢さんは?」
「彼女は彼らの連れですよ」

ハボックに簡単に説明され、コウもタッカーと目を合わせた。

「初めまして、銀翼の錬金術師コウ・スフィリアです」
「…初めまして、綴命の錬金術師ショウ・タッカーです。

驚いたなぁ…君も国家錬金術師とは…。よろしく」

手を差し出されて、コウも手を握った。
その瞬間、コウはゾクリと背筋を這う感覚に襲われる。

「!?」

放された手を見て、コウは一人首を傾げる。
そんなコウの肩に乗るルシアに、タッカーが気づいた。

「おや…綺麗な猫だね」

撫でようと伸びてきた手を拒むように、ルシアが細い傷を残す。

「ルシアっ!何をするの!!」
「ああ、構わないよ。どうやら嫌われてしまったらしい」

毛を逆立てて呻るルシアを宥めるように、コウはその身体を抱き上げる。
歩き出したタッカーとハボックの後に続きながら、コウはじっと彼の後姿を見ていた。

「(何か……すごく嫌な感じ…。)」

ルシアの行動も異常だった。
普段は非常に温厚な猫であるルシアが、人に爪を立てた。
こんな事は、ルシアと出会って初めての事である。

「ルシア……怯えてるの?」

肩に乗るのではなく、コウの腕の中に納まっているルシア。
にゃあ…と力なく答えるルシアに、コウは心配そうに尋ねた。
すでに、前の二人とはかなり距離が開いている。
コウの声は届かなかったようだ。

「何で…」

ルシアの怯え様。
そして、自分の感じた言い知れぬ何かに。
コウは、今一度タッカーに視線を送る。











「……!……コウッ!!」
「え?」

突如思考の世界から呼び戻されたコウは、慌てて声の主を振り返る。
そして、少し呆れた色を浮かべる金色の目と視線が合う。

「何ボーっとしてんだよ」
「ごめん…」

宿に着いてから、コウは終始抜け殻のようだった。
ベッドに座る彼女の横に、エドも腰を降ろす。
コウの膝の上を、ルシアが我が物顔で陣取っていた。

「何かあったのか?」
「んー…何もないよ」

力なく首を振るコウ。
そんな彼女に溜め息を漏らすと、膝の上のルシアに手を伸ばす。
丸くなっていたルシアは、エドの手に縋りつくように首を上げた。
そんなルシアの様子に、コウは目を細める。

「やっぱり、エドなら恐くないんだね」
「は?」

コウの膝からエドの膝へと移ったルシアを見て、コウはそう漏らした。
片手でルシアをあやしつつ、エドがコウに視線を向ける。

「アルは?」
「買い物行ってる」
「何で?何か必要な物あったっけ?」
「ああ、ニーナにお土産を持っていくんだとさ。明日もタッカーさんの家にお邪魔するから」

タッカーという言葉が出て、コウはビクリと肩を震わせた。
それを見逃すほど、エドも抜けてはいない。

「……お前、何があったんだよ?」
「…………………」

俯いて沈黙を貫いていたコウだったが、決心したように顔を上げた。

「タッカーさん、何の研究をしてた?」
「?人語を話す合成獣の研究を続けてるみたいだったけど…。それがどうかしたのか?」
「ルシアが、タッカーさんに怯えてる」

コウがそう言うと、エドはルシアを見つめた。
自分の膝の上で気持ちよさ気に丸まるルシア。
今まで、ルシアが誰かに怯えた様子など、一度も見たことはなかった。

「私も、あの人好きじゃない。

どっちかって言うと………恐い」

きゅっとエドの上着の裾を握って、コウはそう呟いた。
コウがこんな事を言うのは珍しい。
ポリポリと頬をかくと、コウの肩を優しくたたいた。

「あそこにある本は俺たちで調べるから……コウはまた軍部の資料を頼むな?」
「うん…」

自分の膝に戻ってきたルシアを撫でつつ、コウは頷いた。

「ねぇ……」
「んー?」
「タッカーさんは人語を話す合成獣を作り出したんだよね?」
「…その話、したくないなら別にしなくてもいいんだぞ?」
「…大丈夫」
「そっか。続きは?」
「何を、使ったのかな…」

バフッと布団に倒れこむと、コウは天井を見上げた。
そんな彼女を一瞥すると、エドも同じく天井を見る。

「わからねぇ…」
「同じ錬金術師だから言える事だけど……正直、ありえないと思う」
「……あぁ」
「だから……それを知るのは恐い。何か、自分の知ってはいけない事が隠されているみたいで」

眩しくない程度の電気の光を、自分の腕で遮る。

「………何も気にすんなって」

くしゃっとコウの色素の薄い髪を撫でると、エドは立ち上がった。

「んじゃ、また明日な」
「おやすみ、エド。アルにも言っておいて」
「わかった。おやすみ」

上半身を起こして、エドを見送る。
パタンッと閉じられた扉。
それに寂しさを感じながら、コウはゆっくりと目を閉じた。