幼い記憶 12
ロイと共に東方司令部にやってきた三人。
エドとアルはロイの部屋へと入ったが、コウは司令部内を歩き回っていた。
「コウ!怪我はないみたいだな」
「あ、ハボックさん。お久しぶりですv」
廊下の向こうにハボックの姿を捉え、コウは嬉しそうにそこへと駆け寄った。
「駅では話出来ませんでしたからね」
苦笑いを浮かべつつ、コウがそう言う。
「ホント。行き成りエドと痴話喧嘩始めるんだからなぁ?かなり目立ってたぞ?」
「あはは…」
視線を泳がせつつ、乾いた笑い声を上げる。
そんなコウの頭を、ハボックがポンポンとたたいた。
「ま、元気そうで何よりだ」
「ハボックさん…やっぱりお兄さんみたいだー」
「おー。コウみたいな妹なら大歓迎」
「ありがと」
にこっと笑うと、コウは壁にかかった時計に目をやる。
「そろそろロイさんの部屋に戻らないと…また怒られる」
「大佐に?それともエドにか?」
「両方」
困ったように笑みを浮かべるコウ。
「じゃあ、またね」
「おう。怪我すんなよ」
「了解です!」
ピッと敬礼のポーズを取ると、コウは来た道を走って戻る。
そんなコウの背中を見送りつつ、ハボックはタバコに火をつけた。
「遅い!」
「ご、ごめん…」
この時、コウに犬耳があれば間違いなくたれていたであろう。
ロイの部屋に入るなり、エドがそう叫んだ。
そんなエドに、ロイが苦笑を浮かべる。
「鋼の。過保護すぎるんじゃないのか?」
「コイツ放っておくとすぐに迷子になるんだよ!」
「い、いつの話をしてんのよっ!今は迷子に何てならないわよ!」
「この間のリオールは?」
「あれは師匠に会ってたって言ってるでしょ!」
「こらこら…いい加減にしないか」
今にも駅での喧嘩を再発させそうな二人。
見かねたロイがコウの方を止めにかかる。
「あ、そう言えばハボックさんに会いました!」
エドの元から離れたコウは、嬉々としてロイの方へと駆け寄った。
そして、その言葉を口に出した途端、ロイの表情が固まる。
「コウ…」
「……はい?」
「何もされなかったか?」
「何もって……一体何をされるんですか?」
ロイの迫力に身体を引こうとするものの、両肩を掴まれていてはそれも出来ない。
「ハボックさんが何かするわけないじゃないですか」
「何もされていないならいいが…」
そう言いながらコウの肩を抱いていた手を放す。
ロイが何を言わんとしていたのか。その真意がつかめず、コウは首を傾けた。
「自分の方が過保護じゃねぇか…」
エドの文句は、本人以外には聞こえないような小さなものだった。
「綴命の錬金術師…“命”を“綴る”?」
「そう。ショウ・タッカーという」
二つ名を繰り返すように呟くコウに、ロイが資料を見ながらそう言った。
「人語を使う合成獣の錬成に成功して国家錬金術師の資格をとった人物だ」
「人語を使うって……人の言葉を喋るの?合成獣が?」
エドが驚愕の表情を晒してそう問い返した。
実際見たわけではないロイが、一通りの説明をしている中。
コウは虚ろな目で窓の外を過ぎていく風景に視線を送っていた。
「ただ一言「死にたい」と」
ロイがそう言った。
「どんな思いだったんだろうね…」
「コウ…?」
向かいに座るエドがコウの方を向いた。
「何もわからないうちに、人間の好きなように錬成されて…。
突然言葉という道具を得て。「死にたい」と言った合成獣…辛くないはずない……」
悲しげに目を伏せて、コウが今にも消えいりそうな声でそう呟いた。
そう広くない車内でその声を聞き逃す者はなく。
それぞれが悲痛の表情でコウを見やる。
「…鋼の。コウは私が司令部に連れて帰ろう」
「ああ…。それでいいか、コウ」
エドがそう問うと、コウは静かに頷いた。
エドたちをタッカーの家の中へ案内している間、コウは車に残っていた。
「兄さん…コウを置いてきてよかったのかな…」
「アイツにまで見せる必要はないだろ…それに……あの時の表情を見ただろ?」
「うん…」
「あんな顔、させたくねぇよ」
エドは振り返って、車内に残るコウを見た。
コウはどこを見るでも無しに、外の風景に視線を置いていた。
「コウがあの表情を見せたのは、国家錬金術師の資格を取りたいと頼みに来た時以来だな」
「大佐も見たことあったのか…」
「ああ。あんな顔をして頼み込まれては断れなくてね…。
中佐の階級をフルに利用してコウを上に推薦した」
「そっか」
「君に興味を持ったのも、リゼンブールがコウの故郷だったからだ。
あの子の話す幼馴染とやらを見てみたくてね」
そう言うと、ロイは玄関の呼び鈴を引いた。
『初めまして、マスタング中佐』
『軍部に侵入するとは…中々度胸のあるお嬢さんだ』
『門前払いのあなた方が悪いんですよ。
話を聞いていただけないなら、無理にでも侵入するしかないじゃないですか』
『確かに。それで?君は私に何を望むのかね?』
『国家錬金術師になりたいんです。こんな小娘が試験を受けられるほど、軍も優しくないでしょう?』
『当然だな。イタズラと思われるのが関の山だろう』
『だから…私を推薦して欲しいんです』
『…私に何かメリットがあるのかね。推薦したからには、君の行いは私に直接響く』
『必ず、一度で通ります。最年少の国家錬金術師を推薦したとあれば、あなたの株も上がるでしょう?』
『中々頭も切れるようだ。
…何ゆえ、そこまでして国家錬金術師の資格を望む?』
『………大切な人の、仇のため』
『―――――…いいだろう。私が推薦しよう』
エドとは対照的な、氷のような眼。
何事も映さぬ瞳を持つ少女は、自らの力で銀時計を手にしたのであった。