幼い記憶 09
コウが怒声に宿へ駆け込んだのは、丁度カヤルが軍人によって殴られている所だった。
「カヤルッ!!」
「みせしめだ」
コウは迷わずサーベルを抜いた軍人とカヤルの間に滑り込んだ。
その時に腰のベルトにつけてあった銀時計が床を転がる。
「小娘!どけっ!!!」
「こんな子供に何がみせしめよ!!」
怯む事なくそう言い返す。
それが頭にきたのか、サーベルを抜いている軍人より階級が高いであろう男が、その男に命令した。
「その小娘も同罪だっ!!」
男がサーベルを振り上げると同時に、コウは両手を合わせてブレスレットから剣を錬成する。
だが、次の瞬間視界は赤に支配された。
――ガキン――
金属同士の当たる音がして、サーベルの方が折れる。
コウの前にはエドが立っていた。
むろん、サーベルを止めたのは右腕。
「邪魔しないでよね…」
「なっ…なんだ、どこの小僧だ!?」
「通りすがりの小僧です」
慌てている軍人を他所に、エドはコップに口を当てている。
やれやれと溜め息をついて、コウは剣をブレスレットに戻す。
エドはコップを机の上に置くと、コウの足元に転がっていた銀時計を拾い上げた。
「おまえには関係ない。下がっとれ!」
「いや、中尉さんが見えてるってんで、あいさつしとこうかなーと」
そう言いつつ自分のベルトについた銀時計を見えるように右手に乗せる。
中尉であるらしい男はその銀時計に目を近づけた。
「これがなんだと・・・」
そこまで呟いて、男の顔が明らかに変わった。
「んで、こっちは……」
男にエドはニヤリと口の端をあげると、コウの手を取った。
その手にもう一つの銀時計を乗せる。
「コウのだよな。落すなよなーまったく」
「あ、ありがと」
更に青くなった中尉を見てエドは嬉しそうな表情だった。
そのエドを見てコウが呆れたのは言うまでもないこと。
銀時計を再びベルトにしっかりと固定する。
軍人二人が頭をつき合わせてヒソヒソと何かを話し合っていた。
「エド。何を考えてるの?」
「ま、俺に任せろって!」
聞いた所で何も答えてくれないと分かっていても、コウは聞いた。
もちろん、結果は想像通り。
そうこうしているうちに男が両手をすりながらエドとコウの所へよってきた。
嫌らしい笑みに、コウが顔をしかめる。
「部下が失礼いたしました。私、この街を治めるヨキと申します。
こうしてお会いできたのも何かの縁。ささ、こんな汚い所におらずに!
田舎街ですが立派な宿泊施設もございますので!」
ようするに国家錬金術師である二人にコネを作っておこうという魂胆らしい。
「悪いけ……んむっ!!」
「そんじゃ、おねがいしますかねー。ここのおじさんケチで泊めてくれないって言うんで」
即座に断ろうとしたコウの口を塞いだのはエド。
後ろから抱き込むようにして口を塞がれているコウはジタバタともがいていた。
「ん~~~~っ!!!」
ズルズルとコウを引き摺って外へ出て行くエド。
コウの後をルシアがついて行った。
「いいか貴様ら、税金はきっちり払ってもらうからな!また来るぞ!」
去り際にヨキはそう叫んだ。
そして荒っぽく扉を閉める。
食事の間、コウは一言も口を開かなかった。
ヨキを嫌っている事は確かである。
俗に言うワイロと言う奴も、渡された……というよりも押し付けられた。
「ではごゆっくりお休みください」
「どーも」
「……………………………」
部屋まで案内される途中、コウはエドの横を歩いていた。
親方の宿の話をしているのがコウの耳に届く。
「焼き払え」
「――――――ッ!!」
怒りを露にして引き返そうとしたコウの腕を、間髪いれずにエドがつかむ。
そのまま有無を言わさずその場を去らせた。
「一体どういうつもり!?」
部屋に入ってのコウの第一声。
「今やっても無駄なんだよ。今は大人しくしてろって」
「でもっ……………!」
コウはエドが手を握り締めているのに気づいた。
強く……堪えるように。
「………わかった。エドに任せる」
「コウ……」
「その代わり!助けてくれなかったら許さないから」
そう言ったコウに怒りの表情はなく、笑顔だった。
エドも釣られるように笑みをこぼす。
コウは怒りを忘れたのではなく、エドに預けたのだ。
「さ、明日のために寝るぞ」
「ねぇ、一緒に寝てもいい?」
「ああ……………………………って何言ってんだおまえは!!」
「だってー…知ってるでしょ?一人で寝るの苦手なの…」
「………………………今回だけだからな!」
「!ありがとっ!!」
コウは嬉しそうに笑みを浮かべてエドに飛びついた。
夜は更け、街には火事を知らせる鐘の音が響く。