Labyrinth of memory
昨日までは、知らなかった。
今は……思い出してしまった。
魂は彼との繋がりを拒み、肉体は彼との繋がりを示した。
私はそれを否定する術を持っていない。
父、ホーエンハイムが…例えエンヴィーの憎む人物であったとしても。
「私の言う事は理解できるね?」
今日から自分の父だと言った人が、そう問う。
私はその言葉に頷いた。
「そうか。…私は人体錬成で自分の娘、コウを甦らせようとした」
「……うん」
「しかし、肉体に戻ってきたのはコウの魂ではなく…」
「…私、だったのね」
今度は彼が頷いた。
この幼い肉体が自分の物でない事くらいはわかる。
知らない顔、髪、手足。
全てが私である事を否定して、それが別の人物である事を認識させる。
見覚えのないこの人を父と呼ぶ事すら、喉が拒絶していた。
「君の魂を肉体から引き離す事は出来ない。これからは私たちの娘の肉体で生きてくれ」
「…どうしてそんな事が出来るの?魂は違うのよ?」
最愛の娘を生き返らせようとして舞い込んできた別の魂。
それに縋る必要など何処にもなく、ただモノとして切り捨てればいいだけ。
そうすれば…私は再び無に帰り、彼らの本当の娘の魂を甦らせられるかもしれない。
そんな想いを込めて、私は言った。
しかし、彼は黙って首を振る。
「人間はとても儚い生き物だ。二度の人体錬成をするのは…あまりに危険すぎる」
「……じゃあ、私の所為であなたのコウは戻ってこないのね」
苦笑いを含ませてそう言うと、私は視線を落す。
視界に自分の足と……彼が差し出す手が入り込んだ。
「代わりになってくれとは言わない。それでも、私達と共に生きてくれないか?コウ」
優しい音色を携えた言葉に、私は縋りつくしかなかった。
「お母さん!」
「あら、コウ。どうしたの?」
「エドとアルは?」
「そうね…庭で遊んでるんじゃないかしら?呼んで来てくれる?」
「うん!」
いつだって、母は優しかった。
彼女は本当の母ではない。
そうわかっていても、肉体は彼女を慕う。
やがて、その思慕の感情は肉体からか魂からか区別が付かなくなった。
本当の母のように慕い、本当の娘のように愛情を受ける。
自分が人体錬成の末に生まれたと言う事も忘れ、ただ只管幸せを噛み締めていた。
「あ、姉さん!」
庭に出ると、少年たちの笑い声が私の耳に届く。
それを辿るように足を進めれば、アルが私に気づいた。
彼の声に反応するようにエドも振り向いて太陽のような笑顔を見せる。
「姉さんも一緒に遊ぼう?」
いつの間にか近くに寄っていた二人がそれぞれに私の手を掴む。
彼らに笑顔を返して、私は頷いた。
そうして彼らに求められる事だけが、私の存在理由だった。
「コウ、一緒に行こう」
ある日、突然父がそう言った。
彼の手には大きな鞄が持たれている。
「どこに…?」
「ここを出て行くんだ。コウもおいで」
「…や、やだ…っ」
初めての我儘だった。
いつだって、嫌われないように捨てられないように必死で。
いつだって、笑顔を向けてもらえるようにイイ子供を演じていた。
そんな私が言った、初めての我儘。
しかし、彼がそれを聞き入れてくれる事はなかった。
「お母さんやエドやアルと一緒にいたいよ…」
「…コウ、いずれ彼らとは一緒にいられない」
宥めるように言う彼の言葉に、私は涙を溜めながら首を振る。
力を持たぬ子供な私には、そうすることしか出来なかった。
「君は普通の人とは一緒にいられないよ。別れは早い方がいい」
まるで自分の事を話すように言う彼に、私はふと気づいた。
父自身も、“普通の”人ではないのだと言う事に。
私に残された道は、ただ首を縦に振るのみだった。
「姉さん!今から一緒に…」
「兄さんずるいよ!!僕が言うって…」
二人が勢いよく部屋から飛び出してきた。
しかし、彼らの言葉は最後まで紡がれないままに空へと溶け込む。
「父さん…?」
「じゃあな」
父が先に玄関に立つ。
その背中と、後ろの彼らを何度も視線が往復する。
揺れる視界を彼らに固定すると、私も最後の言葉を口にした。
「…ごめんね」
そうして、腕を引かれるままに玄関の扉を潜り抜けた。
「…っ姉さんっ!!」
「姉さん!?どうして…!!」
彼らの声を背中で受け止めながらも、私は振り返らなかった。
手を引かれるままに歩き、ただ前へと進む。
彼らと私を繋いでいた扉が、ゆっくりと閉ざされた。
本当はずっと傍にいたかった。
だって、エドとアルはこんな私を慕ってくれていたから。
『姉さん』そう呼ばれる度に痛んでいた心は、やがてその笑顔に癒された。
魂に繋がりはなくても、それでも本当の弟達だった
05.06.11