Labyrinth of memory

夢を見た。
夢と呼ぶにはあまりに切なく…そして愛しすぎるそれ。




『コウ。…コウ、ほらおいで?』

優しく呼ぶ声は、耳に残っていた。

『コウ、いらっしゃい。お昼にしましょう』

差し出された手の暖かさは、今でもこの手に残っている。

『姉さん!』『兄さんずるいよ!!』

その笑顔は、今も心の奥底に……焼きついて離れない。







今の私と同じ金色の髪の男性が居た。
その傍らに佇むように、茶色の髪の女性。
二人は優しく微笑み、そして私を呼ぶ。
今よりもいくらか幼い声で私が返事をして、そして二人の元へと駆け出した。
私の視界に揺れる髪は、彼女と同じ色。
だが、彼らの元に辿り着く前に場面が変わる。



さっきよりもいくらか高くなった目線。
成長した…と言う事だろうか?
ふいに、小さな家の傍に立っていた私を呼ぶ声がした。
太陽のような笑顔と共に二人の少年が私を呼びながら駆けて来る。

『―――――-』

彼らに答えるように発した筈のそれは、音にはならなかった。
引き寄せられるように、場面が変わる。





初めに見た男性が、私を見下ろしていた。
身体を起こせば、嫌でも視界に入り込んでくる金色のそれ。

『すまない…』

彼はそう言って私の頬を撫でる。

『だから言ったのに…』

“私”が言った。
その声はまるで他人のそれのように、私の耳に届く。

『…すまない…』
『成功するはずないじゃない…誰も成功していないのに…。これなら…放っておいて欲しかったっ!』

“私”の声に、男性の顔が歪められる。

『あのまま――――――方がよかったのよっ!』
『コウ…』
『やめてよ…私はあなた達の“コウ”じゃない…っ!!』















「――――――――っ!!!」

コウは飛び起きるようにしてシーツから離れた。
その鼓動は早く、呼吸は荒い。

「私…何を…」

断片的なそれに、コウの思考はより一層混乱する。
会話は全て聞き取れたわけではない。
むしろ、大切な部分はまるでガラスの向こうのように、その部分だけ耳に届いてくれなかった。
掻き寄せる様に胸元の布を手繰り寄せ、呼吸を整えるべく目を閉ざす。

優しい微笑み。
太陽のような笑顔。
悲しく――切ない笑み。

忘れようと思っても、頭から離れてくれない。
それが思ったよりも辛くて、とにかく誰かを頼りたかった。
縋りたかった。
落ち着きを取り戻した視線で部屋の中を探る。
居るはずの人が、居なかった。

「……エンヴィー?」

無意識に探したのは彼の姿。
無意識に紡ぐのは彼の名前。

出会ってから経った日数といえば片手の指で足りるほどの彼を、どうしてこんなにも欲しているのか。
理解できない感情を持て余すコウ。



とりあえずベッドから出よう。
そう考えたコウは、シーツから足を滑らせて冷たい床に足を下ろす。
そのままベッドの端に腰掛けた状態で窓の外へと目を向けた。
すでに日は高く昇り、鳥達の元気なさえずりがコウの耳に届く。

「そう言えば…今日も同じ時間にって…」
「その通り。約束の時間まで後一時間なんだけど?」

独り言で終わるはずだったそれに答えが返ってきて、コウは文字通り飛び上がった。
自分でも褒めたくなるような速さで振り返ると、何やら大荷物を抱えたエンヴィーの姿。
彼の顔には苦笑いが浮かべられている。

「まぁ、起こさなかった俺も俺だけどね。こんな時間まで寝てるとは思わなかったよ、さすがに」
「ご、ごめんなさい…」
「いいよ。俺は全然困らないし。あぁ、これ適当に要りそうな物買ってきたよ」

そう言ってエンヴィーが紙袋をテーブルの上に乗せる。
拍子に転がり出てくるのはどれも食品ばかりだった。

「服はそっちね。コウの着てる服と似た感じのを見繕ってきたけど…。気に入らなかったらごめん」
「…ありがとう……」

そう微笑むコウ。
エンヴィーは暫しの沈黙を保つと「着替えてる間向こうに行ってるよ」と言って部屋を出て行った。





廊下の壁にもたれながら自らの額を覆って深く息をつく。

「コウ…何者なんだよ…」

エンヴィーの頭の中に、あの人…ダンテに言われた事が響く。

『ホーエンハイムの娘が行方不明なの。あの娘は最高の肉体だわ。見つけたら連れて来て頂戴』
「あいつの…娘だって言うのかよ…」

忌々しげにそう漏らすエンヴィーの背後に気配が近づく。
それを許しているのはたった一人―――嫌でもそれが誰なのかがわかる。

「エンヴィー…?」

すでに着替えを終えたのか、コウが彼に声をかけた。
そして、彼がどこか違う事に気づく。

「……ホーエンハイム、って知ってる?」

自分の指の隙間からコウを見つめて、エンヴィーがそう問いかけた。
コウがビクリと肩を震わせる。

「わからない…」
「けど、身体は覚えてる…か」

自嘲気味に笑うと、エンヴィーがゆっくりとコウに近づく。
その距離が一歩、また一歩と縮められていった。
彼のただならぬ雰囲気に、コウが僅かに足を引く。

「エンヴィー…っあ!!」
「俺の一番嫌いな奴だよ、そいつ。そいつの息子であるおチビさんもね…」

ギリギリと締め付けられる気道に、コウが眉を寄せる。
どう抗った所で、彼の力に勝てるわけもなかった。
されるがまま、コウは壁に押し付けられる感覚だけを受け止める。
死を享受していると言うよりも“彼に”殺されると言う事実を認めているように思えた。
決して光の消えることのない眼が、静かにエンヴィーを見つめる

「………っくそっ!!」

彼の手がコウを解放した。
我先にと入り込んでくる空気にむせ返りながら、コウはその場に崩れ落ちる。
彼を視界に納めるべく顔を上げると、そこに映ったのは漆黒。
腰と背中に強く回される腕に、昨晩のような酷い安心感に見舞われた。
先程自分の命を奪おうとしたその手に、これほどまでに安心させられる自分。

「エン…ヴィー…?」
「頼むから…頼むからアイツの娘だなんて言わないで…っ」

コウの肩に顔を埋めるようにして、エンヴィーは彼女の身体を強く抱きしめた

05.05.17