Labyrinth of memory
エドの絞り出した様な声は、それでも十分な力を持って、部屋に居た全員の思考を奪う。
彼はその言葉を紡ぐなり、コウのすぐ前まで駆け寄った。
そして、彼女の着衣を握り締めるようにして見上げる。
「姉さんだろ!?今までどこに行ってたんだよ!!」
今にも泣き出しそうな声でそう訴えるエドに、コウは言葉を失っていた。
知らない―――否、覚えていない。
だが、視覚的な記憶はなくても、感覚的な記憶がどこかに存在していた。
「なぁ!!答えてくれよ!!姉さんっ!!!」
悲痛な声を止めたのは、鎧の人物――アルフォンスだった。
兄であるエドの肩を後ろから押さえるようにして、彼女から引き離す。
「兄さん…本当に姉さんなの…?」
「な―――何言ってんだよ…姉さん以外にありえないだろ!」
「だって…髪も、眼だって違うじゃないか!姉さんは母さんと同じ色の茶色の髪で、同じ緑色の眼だった!」
「でも!違うのはそれだけだっ!他は全部…全部姉さんと…コウと同じだ!!」
肩を押さえたままのアルの腕を振り払って、エドが叫ぶ。
その言葉に、ロイが反応を示した。
「待て、鋼の。少し落ち着いたらどうだ」
「うるせぇ!これが落ち着けるか!!」
「彼女が怯えている」
その静かな声に、エドが吐き出しそうだった言葉を飲み込んで彼女を見る。
コウはリザに肩を抱かれるようにしてその場に佇んでいた。
その顔色は悪く、細い肩が震えているのがエドの目に映る。
そんな彼女の姿を見て、エドは自分の髪をガシガシと掻くと、近くにあった椅子に乱暴に腰を降ろす。
その隣にアルも座った。
リザが彼女を宥めながら彼らから少し離れた場所にコウを座らせる。
ロイが再び口を開いた。
「聞くが…君たちにお姉さんが?」
「ああ。俺とは6歳離れてた。今は21歳のはずだ」
不機嫌ながらもそう答えるエド。
彼の視界には、常にコウの姿が納められていた。
「なるほど…。そのお姉さんはコウと言う名前なのか?」
「はい。姉さんの名前は、コウ。コウ・エルリックです」
「で、年齢は21歳…」
「そんなの関係あるのかよ!?俺が知りたいのは―――「彼女は」」
エドが怒鳴りながら立ち上がろうとした。
だが、それを遮るようにしてロイが話し始める。
「彼女の名前はコウ。年齢は…彼女自身が言うには21歳だそうだ」
まるで確認するかのように向けられる視線に、コウはゆっくりと頷く。
視線をエド達に戻してロイが続ける。
「そして―――国家錬金術師並みに錬金術に関する知識がある」
「やっぱり……っ!」
「しかし、それだけでは彼女が君たちのお姉さんであると言う事は断言できない。
弟が言うには容姿が違うそうじゃないか」
ロイの言葉に、エドは声を詰まらせる。
それでも、彼自身は彼女が自分の知る“コウ”であると確信を持っていた。
「コウ。彼らに見覚えは?」
ロイが声の先をコウへと変えた。
突然の問いかけに狼狽したコウだったが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「……ありません」
彼女の答えにエドとアルが息を呑んだ。
「だそうだ。君たちの記憶を失っていると言う可能性もあるが、お姉さんとは別人の可能性も捨てきれない」
彼の言葉を最後に、室内を沈黙が包む。
それを打ち消すかのようにノック音が響いた。
「マスタング大佐。彼女の迎えの方をお連れしました」
その声に、コウが顔を上げた。
彼女の表情が変わった事に気づいたのはエド一人。
「通してくれ」
開かれた扉から入ってきたのはもちろんエンヴィー。
兄弟の姿を視界に捉えると、表情には出さないまでも内心で眉を寄せる。
別の人間の姿を借りている為に、彼らにばれる事はない。
「お待たせしました。もう話は終わりましたか?」
「ああ。今日はここまでにしておこう。これ以上は彼女の負担になるだろうからな」
「じゃあ、彼女は連れて帰りますね。コウ、おいで」
エンヴィーの声にコウが椅子から立ち上がる。
エドの後ろを通って彼の元へ歩こうとした。
「待てよ。お前…誰だよ?」
コウの腕を引きとめながら、エドがエンヴィーに向かって鋭い視線を向ける。
「彼は彼女を保護してくれている人だ」
「こんな信用ならねぇ奴に任せてんのかよ!?」
「……放して」
ロイの方に向いていたエドが振り向く。
そこには複雑な表情を浮かべたコウの姿があった。
「私にはわからない事ばかりなんです。
そんな中で助けてくれた人を…あなたは信用できない奴と仰るのですか?」
「――――っ!」
エドが手を緩めると、コウはそれを抜けるようにして歩き出す。
扉の前で待っていたエンヴィーの隣まで来て、彼女は歩みを止めた。
「では、彼女は私が連れて帰ります」
「ああ。明日、また同じ時間に」
「わかりました。行こうか、コウ」
そう言って彼女に微笑むと、エンヴィーは扉を抜けていった。
それを追うようにしてコウも部屋を出て行く。
「兄さん…」
「はは…めちゃくちゃ他人行儀な言葉遣いだったな、アル…。本当に姉さんじゃないのかな…」
彼女が消えて、そして閉ざされた扉。
それを今でも見つめながら、エドが言葉を落す。
「君に姉が居たとは…初耳だな」
「……もう何年も前から会ってないからな」
「?どう言う事だ?」
「アイツが姉さんも一緒に連れて出て行きやがった。それから…あの姿を見たのは今日が初めてだ」
アイツ…自分の父親を思い出して、エドが眉を顰める。
ふと、ロイが思い出したように二人に問いかけた。
「容姿が違うのか?」
「ああ。眼と髪の色は母さん譲りだったからな」
「僕らの母さんは茶色の髪で、眼は緑色だったんです」
エドとアルが繋ぐ言葉を、ロイは頷きながら聞く。
そして、先程から幾度となくペンを走らせた紙に、再度それを記す。
新たな手がかりとして。
「それにしても…何で大佐がこんな探偵みてーな事やってんだよ?」
「…乗りかかった船だ。私も彼女が何者なのか、気になる点があったからな」
「“気になる点”…?」
エドの怪訝そうな目に、ロイは視界を閉ざして思い出すようにして答える。
「“人造人間”…すなわち、ホムンクルス」
「!?」
「錬金術に関して聞いている時に、ふと漏らした言葉だ。他意はないだろう」
ペンが机とぶつかり、コンコンと乾いた音を立てる。
「だが…それだけで彼女の記憶には十分な価値がある」
05.05.11