Labyrinth of memory
「エドワード…エルリック…」
コウは静かに呟いた。
覚えのない名前。
けれども、紡いでみたその名前には、酷く懐かしさを感じた。
「コウ…?覚えがあるの?」
エンヴィーが隣からコウの顔を覗き込む。
翡翠色の眼に自分が映るのをどこか人事のように眺めて、コウはゆっくりと首を横に振った。
少しばかり期待したのか、ロイとリザがコウの反応に静かに息を吐く。
「何故私を?」
ロイが質問の矛先をエンヴィーへと向けた。
エンヴィーは肩を竦めながらそれに答える。
「コウは錬金術に関してかなりの知識があります。
この辺りでその道に長けている国家錬金術師と言えば――あなたしか思いつきませんでした」
「錬金術…?」
確認のように向けられるその視線に、コウは頷く。
「場所を移そう。こちらへ」
そう言うと、ロイは案内するように前に立って廊下を進みだす。
躊躇うようにエンヴィーを見上げるコウ。
「…大丈夫だよ。俺も行くから」
彼女を安心させるようにその髪を梳くと、彼女は微笑んで歩き出した。
軍部内の空室へと案内されたコウ。
その部屋は6席用のテーブルに、椅子…小さ目の本棚のような物があるだけの質素な部屋だった。
コウの向かいへと腰を降ろしたロイ。
彼の真剣な眼差しを受け、金色の目が不安げに揺れる。
「さて…先程の質問に戻ろうか。…錬金術を知っているのだね?」
「…はい」
「なるほど。知っていることを出来るだけ多く話してくれるか?どんな事でもいい」
ロイにそう言われると、コウは視線を巡らせた後にゆっくりと話し出した。
言葉の流れを絶やす事なく、まるで我が身のようにスラスラと語る。
「――――――…もうそれくらいで十分だ。よくわかった」
数分後、最後まで語らせる事なく、ロイがコウの言葉を止める。
その僅かな間でも十分に判断できるほど、彼女のそれに対する知識は素晴らしかったのだ。
一端の国家錬金術師と同等か…若しくはそれ以上に。
「では、何処でその知識を得たのか…覚えているかい?」
テーブルの上で手を組んで、ロイはそんな質問をコウに投げかける。
「……父に、教わりました…」
「そうか。父親は今どこに?」
「わかりません。もう暫く会っていませんから…」
「…名前は?」
コウは悲しげに目を伏せたまま、ゆっくりと首を振る。
コウとエンヴィーを部屋の中に残して、ロイはリザを連れて廊下へ出ていた。
難しい顔をしているロイに、リザが声をかける。
「彼女、真実を言っているのでしょうか?」
「恐らく嘘はついていないな」
「本当に記憶喪失…と言う事ですか?
あれほどの逸材が今まで埋もれていたと言うのは考えにくい事ですが…」
「まったくだ。軍はどういう風に探しているのか…。あれだけの知識があれば、大概の錬成は出来るだろうな」
溜め息混じりにそう言うと、ロイはふと何かを思いついたように顔を上げた。
「エルリック兄弟が近いうちに来ると言っていたな…いつだったか覚えているか?」
「確か、早ければ今日の午後にでもと言う連絡を受けましたが」
「彼らに会わせてみよう。何か変わるかもしれん」
「何故エルリック兄弟なのですか?」
「彼女が反応を見せたからだ。あれは知らないと言う感じではなかったからな。
一度覚えた事と言うのは、身体のどこかで記憶しているものだ。頭が忘れても全てが消え去る事はない」
「コウ、エドワード・エルリックって本当に覚えない?」
二人部屋の中に取り残されていたエンヴィーとコウ。
暫くは沈黙が室内を包んでいたのだが…不意にエンヴィーが口を開く。
落としていた視線を上げると、コウは頷いた。
「知らない…と思う。自分でもよくわからない…」
「そっか。ま、会ってみるのが一番だと思うけど………」
「…?“けど”…何?」
言葉を止めてしまったエンヴィーに、コウが問う。
「あんまり会いたくないって言うか、会わせたくないって言うか…」
「そっか…」
エンヴィーの言葉に、コウはクスクスと笑った。
そんな彼女を見て、エンヴィーが不審そうな目を向ける。
「何?」
「いやー…心配してくれるって嬉しいなーと思って」
そう答えると、隣に座るエンヴィーの肩に頭を乗せる。
ふわりと揺れる金色の髪に、エンヴィーは僅かに目を細めた。
「ありがとう。不安だから、嬉しい」
「…どういたしまして」
時々自分でも嫌になるほど、この金色の髪が憎い。
アイツと…いや、あいつらと同じ色。
ただ、それにこの笑顔がついてくるだけで、何故こうも心穏やかになれるのか…。
コウも、エンヴィーも ――― 自らの感情を持て余していた
05.05.01