Labyrinth of memory



「驚いた?」

エンヴィーの目が愉快そうに細められた。
いや、“エンヴィーの”目ではない。
彼とはまた違った姿で…けれども彼に他ならない。




見開かれる金色の目を前にして、エンヴィーは嬉しそうに笑みを深める。
漆黒の髪は姿を晦まし、代わりに存在するのは栗色のそれ。
顔つき、その体格すらも元の形を残しておらず、全くの別人であった。
そんなエンヴィーを見て、コウは静かに唇を開く。

「人間じゃない……………ホムンクルス?」

前半部分は頭の中で整理するように、後半は自然と零れ落ちたように。
それぞれで違った意味合いを含む言葉に、今度はエンヴィーが目を見開く番だった。
見開かれた眼は、瞬時に鋭さを纏う。

「へぇ…知ってるんだ?自分の事はわかんないのに、ね」
「あ…え…?私、何で知ってるの…?」

自分の言葉に言われたエンヴィーよりも戸惑うコウを見て、エンヴィーは肩を竦める。

「多分、コウ自身が錬金術関係の事に詳しかったんだろうね。その分だと錬金術も使えそうだし」

それがわかったのは、昨日の深夜の数時間のおかげ。
酷く込み入った専門的知識に関する質問に、コウはいとも簡単に答えたのだ。
それを聞いて、エンヴィーはコウが錬金術に関してかなりの知識があると悟った。
本来ならばあの人に『人柱』として情報を提供すべきなのだろうが…エンヴィーはそれをしていない。
それに、昨日コウを拾ってから一度もあの人の所に行っていないのだ。













暫くの間、戸惑うコウを眺めて楽しんでいたエンヴィーだったが、ふと時間がない事を思い出す。
考え込むように視線を落としたコウの顎を捕らえると、そのまま上を向かせて視線を合わせた。

「悩むのは後にしてくれない?今日は色々と忙しそうだしね」

見慣れぬ顔に至近距離から見つめられたコウだったが、不思議と緊張するわけでもなく頷けた。
怯えた表情も、ましてや照れた表情すら見せないコウ。
そんな彼女を見て、エンヴィーは楽しげに目を細めると、彼女を解放する。

「いいね、その強気な眼」

自分の眼に宿る、その冷たさを理解していない筈はないだろう。
まだ出会って数時間だが、彼女の性格は大体掴めた。
頭は悪くない…つまりは、愚かではない。
冷酷さを内部に隠し持った自分。
それでも、それを知りながらも屈しようとしない彼女の眼。

その強気なまでの眼で見られることが、何故か言いようもなく楽しい。







彼女の肩にかかる細い金糸のような髪を払うと、エンヴィーは出口の方へと歩き出した。
扉のすぐ脇までやってきてから、呆けているように自分を見るコウに声をかける。

「ついてこないと置いてくよ?」
「あ!ご、ごめんなさい…っ!!」

自分で自分の行動に驚いたのか、コウは酷く狼狽した様子でエンヴィーの元へと駆け寄った。












「大佐、受け付けからのお電話です」
「?受け付けからとは珍しい。代わろう」

そう答えて、リザから電話を受け取るロイ。
快く電話を交代したのは目の前に高々と詰まれた仕事からの逃避の様にも見える。
意気揚々と電話に応対するロイを見て、リザは静かに溜め息を落とした。



数分後、ガチャンと音を立ててロイが電話を戻した。

「何かあったんですか?」
「君も来たまえ」

電話を戻すなり立ち上がったロイに、リザが声をかける。
ロイは短く答えると、そのまま部屋を出た。
現状を理解出来ていないリザだったが、何も言わずにロイの後を追うようにして廊下へと歩きだす。
二人分の靴音が響き、そして遠のいていった。














「大佐がお越しになられるそうです。しばらくの間ここでお待ちになってください」

電話を切った受け付けの人がコウに向かってそう言った。

「わかりました」

静かに答えると、コウは先ほどまで座っていた長椅子に腰掛ける。
隣にはエンヴィーの姿もある。
もっとも、いつもの姿はそこにはなく、あるのは見覚えのない栗色の髪の男性だが。

「何だって?」
「大佐が来られるからもう少し待つようにって。別に大佐じゃなくてもいいんじゃないの?」
「あの大佐が一番動くのが早いと思うよ。…多分だけどね」

背もたれに腕を乗せたままの寛いだ姿勢でエンヴィーが答える。
コウはと言うと…自分のような者のために大佐を動かしたと言う罪悪感のような物に苛まれていた。







暫く言葉もなくただ時間を過ごしていると、二つ分の靴音が遠くから近づいてきた。
それが耳に届くと、エンヴィーは背もたれから腕を下ろして音の根源の方を向く。
角を曲がってきた人物に、人知れず笑みを浮かべた。

「!」

人物、こと焔の錬金術師、ロイ・マスタングはコウの姿を視界に捉えるなり目を見開いた。
少し後ろをついて来ていたリザも然り。
そんな二人の様子に、驚かれた本人コウは首を傾げた。

「あ、あの…私…」
「驚いたな…君は彼の血縁者か?」
「…“彼”?」

彼、と言われてロイと同じ人物を頭の中に思い浮かべることが出来ず、コウは更に疑問を深めた。
そんな彼女の様子を見て、ロイは「ああ」と思い出したように言葉を続ける。

「鋼の錬金術師…聞いた事くらいはあるだろう?彼の血縁者ではないのかね?」
「…ごめんなさい…。わからないです…」

俯いてしまったコウを見かねたリザが、彼女の肩を抱いて苦い表情をロイに向ける。

「大佐。彼女は記憶を失っているんですよ。あまり負担がかかるような質問は避けてください」
「あぁ、申し訳ない。ところで…あなたが彼女を?」

コウに軽く謝罪の意を示すと、今度は彼女の隣に立っていたエンヴィーに向かって話しかける。

「ええ。私が町で彼女を見つけました。軽く質問してみましたが、自分の名前以外は…。

一般的知識は問題ないようです。あくまで素人の判断ですが」

普段の言葉遣いを全く見せずに話すエンヴィーに、コウは俯いたまま驚いていた。
ここまできっちりと使い分けられる人も珍しい。
エンヴィーの話を聞いて、ロイは納得するように何度か頷いた。
そして、再びコウの方へと向き直る。

「君によく似た少年を知っている。エドワード・エルリックと言う名前に聞き覚えはないかね?」
「エドワード……エルリック…」

その名を唇に乗せると、コウの金色の眼が不安定に揺れた

05.04.27