時舞う旅人  25

複雑に絡まった糸が、ふとその一端を見つける事により呆気ないほどに簡単に解けてしまうように。
切欠を見つけたのは、意外な人物だった。

「……………」

何の気なしに、彼はそれを見下ろしていた。
ドアの前をしっかりと固める軍人の所為で、最近は中々人型を取ることができない。
その苛立ちもあっただろう。
いっそこの本でも引っ掻いてやろうかとそれを見下ろし、数秒。
書き連ねられた文脈にふと目を惹かれ、じっと穴が開きそうなほどにそれを見つめ、更に数秒。
パシッと彼の黒い尾が本を叩いた。
その音を聞き、コウは自分が読んでいたそれから視線を外す。

「メラノス?」

彼は答えるように自身の脇にあった本をぺしんと叩く。
何度も何度も、同じ箇所だけを。
コウは彼の行動を見つつ、何かを伝えたいのだと言う事を悟る。
しかし、肝心の内容が理解できない。
「何か進展は」とお節介にも思える言葉と共に部屋に入り、更に居座っているブロッシュをこれほど邪魔だと思った事は無い。
しかしながらさっさと出て行ってくれと言う訳にも行かず、コウは仕方なく自身の持っていた本を置いた。
そして、メラノスの尾にぺしぺしと叩かれていた文献を引っ張り、その箇所に視線を落とす。
ちょこんと机の上に座った彼の藍の眼がコウを見上げた。

「……………(流石に場所だけでは何とも…)」

彼が何を言っているのか、それを悟るべく努力はした。
だが、如何せん場所だけでその真意を知れと言う方が無茶だ。
さてどうするか…と考えたところで、状況は一転する。

「ブロッシュ軍曹!邪魔しちゃ駄目でしょう」

控えめに開かれた扉から鋭い声が飛んでくる。
自分にも何か出来る事が…と文献に視線を落としていた彼は慌ててそちらへと駆けていった。
きっちりと閉じられたドア越しに、彼がお叱りを受けているのがわかる。

「三行目と五行目を照らし合わせて、その内容を踏まえて十五行目を読んでみなよ」

ブロッシュが消えた事で、室内にはメラノスの秘密を知る人物だけになった。
彼はその黒い毛並みに包まれた愛くるしい前足をその部分に乗せ、先程から伝えたかった内容を告げる。
彼の手が退くなり、コウはその通りに視線を動かした。

「…エド。この文脈をこっちに置き換えて、でこれを…」
「…………………アル!お前も聞け!」

コウの指が文脈をなぞり、別の文献との間を緩やかに移動する。
それを追っていたエドは暫し理解の為の時間を要した。
しかし、その表情が真剣なものへと変化し、前に座っていたアルを呼びつける。

「この方法で行けば、こっちの文章が読み取れるよ」
「これも同じ」

一つ謎が解ければ、あとは芋蔓式だ。
三人と一匹は互いに顔を見合わせ頷きあった後、研究書の真髄を読み漁る。
この時は、まだそれが『希望』と言う名の一筋の光明だと信じて疑わなかった。
















厨房を借りていたコウは、出来上がった食事を片手に廊下を進んでいた。
兄弟が部屋に篭りきりになって、すでに三日が経っている。
不本意とは言え血肉を持たぬアルはいいとしても、生身のエドに食事は不可欠。

「また今日も無駄になると思うよ?」
「それでも、持っていかないわけにもいかないでしょ」
「そう言うもんかなぁ…」

ゆらゆらと尾を揺らしつつ、コウの前を歩くメラノスは静かに溜め息を吐き出す。
そう言うものだよ、と答えて彼女はその小さな身体を追い越す。
そして廊下を曲がった時、彼らの部屋が何やら騒がしい事に気づいた。

「?」

何があるのだろう、とコウは首を傾げつつ、開いたままになっている扉に近づいていく。
その騒ぎの原因が何かと言うことに気付いたメラノスが、自身の足元で不愉快に表情を歪めている事に気付かずに。
ひょいっと室内に顔を覗かせれば、そこにはどこから聞きつけたのか、アームストロングの姿。
彼の後ろで表情を青くしているロスとブロッシュを見れば、自ずと答えは浮かび上がってくるが。

「少佐にばれちゃったの?」
「あ、お帰り。そうみたいだね」

手近に居たアルに問いかければ、彼は苦笑と取れる声色でそう答える。
同時に肩を竦めるような仕草を見せ、鎧がガシャンと静かに音を立てた。
未だアームストロングに詰め寄られている様子で、エドはコウたちが戻った事には気づいていない。
先に気付いたのは彼ではなく、アームストロングの方だった。

「おぉ!コウも一緒か。久しぶりだな」
「はぁ…お久しぶりです」

頼むから頭を押さえつけてくれるな。
そう言いたそうな表情で、コウは自身の頭の上に手を乗せる彼に答える。
どうも、このでかい図体を持つ少佐は彼女の事を妹的に可愛がっている節があった。
嫌われるよりはマシだが、こうして無遠慮な力で子供のように扱われるのも複雑な心境である。
その内身長が縮みそうだなぁなどと、エドにとっては死活問題な事を考えていた。

「真実は時として残酷なものよ」

ブロッシュの言葉に頷きつつ、アームストロングが言う。
その言葉がエドに何かを気付かせた。
表情が変わった彼に、コウは未だ大きな手から頭を解放されないままに彼を見る。

「エド?」
「真実……?」
「どうしたの、兄さん?」

アルの問いかけに答えるように、彼はマルコーとの駅での会話を覚えているかと問いかける。
そして、彼は記憶のそれを唇で反芻した。

「「真実の奥の更なる真実」…………そうか…まだ何かあるんだ…。何か……」

エドはそう言うと弾かれたようにロスの方を向く。
そして、突然の行動に驚く彼女に向けて口を開いた。

「セントラルの地図って用意出来……」

出来ないか、と言う言葉は最後まで紡がれる事はない。
代わりにぐわっと奇声を発し、彼は仰け反った。
彼の奇怪な行動は、コウがその言葉を遮るように食事を載せたトレーをその鼻頭に打ちつけたからである。

「行動を起こす前に、まず食べて」
「コウ!何すんだよ!!」
「ここ二日まともに食事してないでしょ?年上の言う事は大人しく聞きなさい」

そう言って問答無用で彼に食事を持たせる。
渡されたそれとコウとを交互に見つめ、エドは渋々頷いた。
恐らく今すぐにでも動きたいのだろう。

「…容赦ありませんね…」
「ちゃんと食べなきゃ回る頭も回らなくなりますからね」

そう言って元々部屋に用意されていた水差しからグラスに水を注ぐ。
それをエドの前に差し出し、コウはロスに向けて微笑んだ。

「今のうちに地図を用意してくれますか?食べ終わったらすぐにでも動きたいと思いますから」

資料もあれば尚良し、そう言ってにっこりと笑うコウ。
どこか有無を言わせぬ力があるように感じるのは、きっと気のせいではないのだろう。
言葉を向けられたロスだけでなく、ブロッシュまでもがこくこくと頷いて部屋の外に出ていった。

06.06.02