時舞う旅人  23

ドサッと机の上に山のように詰まれた文書。
呆気に取られるエドとアル、そしてコウを前に、シェスカは得意げにそれらを指した。
彼女は笑顔のままに口を開く。

「ティム・マルコー氏の研究書の複写です」

ロスやブロッシュなどはすでに青ざめた様子だ。
一字一句間違えずに覚えていると言ったのは彼女だが、まさか本当に複写してしまうとは…。

「凄い量…」

驚きを隠せない様子だった彼らだが、コウの呟きにハッと我に返る。
すぐさま研究書の複写に歩み寄る彼ら。

「これ本当にマルコーさんの?」
「はい!まちがいなく」

元気よくそう答え、シェスカは文書を両手に持ち上げる。
そしてにこりと微笑みながら言った。

「ティム・マルコー著の料理研究書。「今日の献立一〇〇〇種」ですっ!!」

彼女の言葉にエドの笑顔が固まった。
ぺらぺらと文書の一束を持ち上げてその内容を読み取るコウ。
書かれてあるのは、どこの家庭でも手に入るような食材で作れる献立の数々。

「なるほど…。メラノス、手が要る」

肩の上から文章に視線を落としていたメラノスに小さく声を掛ける。
ロスやブロッシュは離れているし、シェスカを問い詰めているので聞こえてはいないだろう。
メラノスは溜め息一つと共に「高いよ?」と答えて彼女の肩を降りる。
そしてトコトコと扉の隙間から姿を消した。

「これ本当にマルコーさんの書いたもの一字一句まちがい無いんだな?」
「はいっ!まちがいありません」

内容が内容なだけに、同姓同名の別人のものだったのでは、と言う意見まで出た。
しかし、エドはシェスカのこの答えにニッと口角を持ち上げる。
錬金術師ならば、この研究書を同姓同名の別人のものだと思うような愚か者はいないだろう。
コウですら、その意図に気付いていた。

「よし!アル、これ持って中央図書館に戻ろう!」
「うん。あそこなら辞書も揃ってるしね」

そう言ってエドは文書の山の一つを持ち上げる。
そこでシェスカに対してのお礼を忘れていた事を思い出した。
彼は手帳に自身の登録コードと署名、そしてとある金額を書き連ね、そのページを千切り取る。
それを銀時計と共にロス少尉に手渡し、彼女に向けてこう言った。

「大総統府の国家錬金術師機関に行って、俺の年間研究費からそこに書いてある金額引き出してシェスカに渡してあげて」

彼はロスにそう言うと扉を出ようと前方不注意のまま歩き出す。
だが、二歩も進まないうちに壁にぶつかった。

「ってぇ…」
「…とんだ挨拶だね、鋼」
「あ、ごめん―――って!お前…っ!」

ぶつかった壁、もとい人物を見上げるなり、エドは彼を指差すようにして声を上げる。
突然現れた人物に、エドたちを警護する身であるロスやブロッシュに緊張が走る。
だが、ロスの方は想像以上の男前の出現に僅かに頬を染めた。

「あ、あの…」
「初めまして、かな。コイツらとは知り合いだからご安心を。な?」

人の良い笑みを浮かべてエドを指した彼は言うまでも無くメラノス。
コウは呆れたように溜め息をつき、付き合いきれないとばかりに文書の一山を持ち上げて歩き出した。
そんな彼女の腕からその半分を奪うと、メラノスはもう一山机から拝借して彼女の前を進んだ。

「…コウからのお願いだから手伝ってあげるんだよ」

エドの脇を通る際に小さくそう言うと、彼を追い越して扉を出て行く。
コウも同じく彼の後を追って部屋を出て行った。

「あの方は…?」
「あ、あぁ。コウの親戚。この近くに住んでるんだ」

咄嗟の嘘だったが、特に気にする事でもないと判断したのか、それが真実だと思い込んだのか。
兎に角それ以上問い詰められる事は無かった。

「んじゃあ、ロス少尉。さっき頼んだ事よろしく。それから、シェスカありがとな」

そう言うと彼も急いで先に出て行ったコウたちの後を追う。
部屋に残された女性二人は、すでにこの場にはいないメラノスの大人姿に惚けていた。

「凄く格好のいい人ですね…。コウさんの家系は代々美形揃いなんでしょうか…」
「ほ、本当よね」

ロスは狼狽を隠すように手渡された手帳の切れ端に視線を落とした。
そこに書かれていた内容を順に読み取っていき、そして金額の部分で大きく目を見開く。
彼女に釣られるようにそれに視線を向けていたシェスカも続くように驚きに表情を染め上げた。

「キャ――!!なんですか、この金額!!」
「こんな金ポンと出すなんてなんて子なの、あの子!!」

恐ろしいほどの金額は、幸か不幸かメラノスの存在を彼女らの中から消し去ってくれた。















中央図書館に戻ったエドたち。
その一室を借りる手配をした彼らは早速作業に取り掛かっていた。
暗号化された錬金研究書の解読である。

「私も手伝っていい?」
「あぁ。寧ろ手を貸してくれ。解読に関しては意見が多いほど捗るからな」

早速腰を下ろして文書の一つを自身の前に引っ張ってきていたエドにコウが問いかける。
二つ返事の了承を聞くなり、彼女は必要と思える辞書やら文献を机の邪魔にならないところに運んできた。
そして自分も椅子の一つに腰を落ち着け、文書の解読に取り掛かる。
彼女が作業を始める前に、ふとエドが口を開いた。

「コウはどうやって暗号化してあるんだ?あ、嫌なら別に言わなくてもいいから」

エドはそう言うと彼女の答えを待つ。
自身の事を聞かれるとは思っていなかったのか、彼女は少しばかり驚いた様子だったがすぐに答えた。

「歌」
「歌?」
「そう。歌詞で暗号化してあるわ。何なら暇な時に解いてみる?」

挑戦的な笑みと共に、脱いだコートのポケットから手帳を取り出す。
落ち着いた深い緑色のそれの中に、彼女の言う『歌に隠した錬金研究書』が書かれているのだろう。
絶対解けないと言う自信があるのか、はたまたエドにならば読み取られてもいいと思っているのか。

「…遠慮しとく」

人の秘密を追求したいわけではない。エドはそう言って断った。
彼の答えが想像通りだったのか、コウはクスクスと笑って頷いた。
手帳を元の場所に戻しながら、自身の目の前にある料理研究書の一ページ目をめくる。
そんな彼女の膝の上にトンッと軽い重みが加わった。

「あら、メラノス。お帰りなさい」

その漆黒の毛並みを撫でると、彼女は微笑を浮かべた。
複写文書を運ぶ手伝いをしたメラノスだが、必要以上の長居は妙な事を追及される切欠になりかねない。
それを理解している彼は人知れず一室を後にしていた。
人気の無い場所でその姿を猫へと戻し、何食わぬ顔で散歩帰りの猫の如くこの部屋へと舞い戻ったわけだ。

「兄さん、この辞書は役に立つかな?」
「あー…どうだろうな。でも、全然って事は無いだろ」
「じゃあ、一応置いておくね」
「ありがとな。他にもいくつか見といてくれるか?」

エドの指示通りにいくつか資料となるであろう文献を運んできたアル。
彼も同じく机に向かって腰を下ろした。
三人がそれぞれに文書に向かう。

「マルコーさんの研究書なんだから、そう簡単じゃないんだろうね、きっと」
「多分ね」
「大丈夫だって!三人寄れば文殊の知恵!さっさと解読して真実とやらを拝ませてもらおうか!」

そう意気込み、今度こそ解読を開始した。
とりあえずはまず中身を読むことから。
そう判断したコウは手の中の文書に視線を落とし、その内容を拾い上げ始めた。

06.04.21